悪役令嬢は腐女子である

神泉灯

文字の大きさ
上 下
150 / 168

150・鍋焼きうどん

しおりを挟む
「ご、ごめんね、なんか迷惑かけちゃって」
 布団で半分ほど顔を隠しながら、宮が申し訳なさそうに言う。
「まさか、あんなとこ見られちゃうなんて思わなかったから。お、重かったでしょ? 抱っことかさせちゃって」
「いいから いいから、そんなこと気にすんな」
 あの後、とりあえず勢いで宮を抱き上げ、本人の許可を取って宮の部屋へ運び、ベッドへ寝かせたのだった。
「そんなことより、大丈夫なのか。
 調子、だいぶ悪そうに見えるぞ。もしかして、お見舞いの時からずっと痛んでいたのか?」
「あ、や、それは……」
 宮は口ごもったが、すぐに観念したように、
「うん、少しだけ。ほんとはまだ動かすとちょっと痛い、かな」
 微妙に気まずそうな声で呟いたのだった。
 宮のことだから、おそらく俺達に心配かけさせないようにと黙っていたんだろう。
 そういう周りに迷惑をかけないようにするのは宮らしいんだけど……
「あ、でも、もう大丈夫なんだよ。確かに痛いことは痛いんだけど、身動きできない程じゃないし、それにこれでも朝に比べれば、だいぶ良くなった感じなの。
 だからそんなに心配しなくても……」
「いや、まったくもって大丈夫そうには見えない」
「あれは、その……」
 その時、グー……、と宮のお腹から音が鳴った。
「あ……」
 宮の顔がみるみる真っ赤になる。
「もしかして、何も食べてないのか?」
 訊いてみると、宮はさらに顔を赤くして、
「う、うん。朝はあんまり食欲なくて、お昼はずっと寝てたから……」
 小声でそう言う。
 ふむ、だったら、俺がやることは決まっている。
「鍋焼きうどんとかなら食べられるか」
「え?」
「うどん、別に嫌いじゃないよな。良ければパパッと造るからそれでも食わないか」
 さっきほうじ茶のおかわりを入れたときに、台所にうどんのパックがあるのを偶然 見かけている。
 なので、そう提案してみたところ、宮はブンブンと顔の前で両手を振って、
「そ、そんなの悪いって! 平気だよ。ご飯くらい自分でなんとか……」
「その足じゃ、色々大変だろ。実際今だって痛むんだし」
「それは、そうなんだけど……」
 宮はしばらく悩んでいたようだったが、やがて布団から顔を半分隠しながら遠慮がちに、
「だったら、お願いしてもいいかな。やっぱりお腹空いちゃって」
「ああ、任せてくれ」
 俺は胸を叩いてうなずき返す。


 料理は冷蔵庫の中に一通り揃っていたため、すぐに鍋焼きうどんは出来た。
 普通の素うどんに椎茸とか野菜を混ぜただけの簡単なカツオだし風味のうどん。
「出来たぞ、宮」
 完成した鍋に一度 蓋をして、取り皿とレンゲ、付け合わせのきんぴらゴボウとともにトレイに乗せて、宮の前まで運んでいく。
「うわぁ、おいしそー! これ、きみが作ってくれたんだよね」
「ああ、あり合わせなんで少し適当な部分もあるけど……」
「えー、全然そんなふうに見えないよ。うちの冷蔵庫の中身からここまで出来るんだー。すごーい。きみって料理が美味いんだねー」
「そんな大げさなもんじゃないって」
 ただのうどんだしな。
 作り方さえ知っていれば誰にでも出来る代物だ。
 それより、せっかくだから温かいうちに食べてくれ。ほら」
 食べやすい量にまとめて取り分けて宮に差し出す。
「うん、ありがとう」
 宮は手に取ると、うどんを二 三本ほどちゅるるとすすった。
「すっごくおいしい」
「お、ホント?」
「うん、カツオブシの旨みにシイタケのほのかな出汁とかマッチして、とっても良い味だよ」
 満面の笑みでそう言ってくれる。
 その表情は社交辞令とかでなく、本当においしそうに食べてくれていて、そんなふうに喜んで貰えば、作った甲斐があったという物だ。
「なら、遠慮せずにどんどん食べてくれ。まだたくさんあるからな」
「うんっ、遠慮せずにもらうね」


 うどんを食べ終わり。
「ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした」
「でもまさか、きみにうどんを食べさせて貰うなんて思わなかったなー。
 って言うか、家族以外のご飯を食べるのって、外食くらいだから、初めてかも。
 小さい頃はお父さんとかがやってくれることはあったけど」
「俺は普段から玲に作ってやってるからな」
「なんか、いいね、こう言うのって。
 ご飯と時に一人じゃなくて、誰かが一緒に居るのって。あたし、いつも一人だから」
「そうなのか?」
 一人って、家族と一緒に食べたりしないんだろうか?
 というか、宮は常に誰かとわいわい楽しく笑いながら過ごしているイメージが合った。
「うん。お父さんは大体仕事で帰ってくるのが遅いから、夕ご飯は一人で済ませることがほとんどかな。休日とかもあんまり時間が合わないし。
 だからこっちに来てからは、こうやって誰かとご飯を食べるのは久し振りなんだけど。やっぱり一人で食べるより、ずっとおいしいね。へへへ……」
 本当に嬉しそうに笑う。
「宮……」
「あ、なんかちょっと湿っぽくなっちゃったかな。
 でも、ホントありがとね。ご飯お腹いっぱい食べて、だいぶ元気が出た感じだよ」
「気に入ってくれてなによりだ」
 そこまで満足して貰えれば、冥利に尽きるってもんんだ。
「んじゃ、ささっと片付けてしまうか。スポンジとか、流し台にある奴を適当に使っても大丈夫か?」
「あ、いいよ。その辺に置いておいてくれれば。それくらい、あとであたしが加太づけるから」
 宮が手をブンブンと振りながら言うが、
「いや、こんなのすぐだから、やっとくって」
「え、ほんといいって。ご飯作って貰って、さらに後片付けまでしてもらうなんて、そんなの過保護だよ。至れり尽くせりすぎだよ」
「でもな……」
 捻挫した右足じゃ、流し台に立つのも難儀だろう。
 それに俺自身、普段の常習的な家事ルーティンのせいで、目の前に未洗浄の食器があると、どうにも我慢ならんと言うかなんというか……
 玲のせいで主夫の道が染みついてしまった。
 宮は、
「とにかく、あたしが片付けるから、きみはゆっくりしててくれればいいって」
「いやぁ、やっぱり俺がやった方が」
 そう言って同時に鍋に手を伸ばそうとして、
「お」
「あ」
 鍋の取っ手の上で、ぴたっと手が重なる感じで、触れ合った。
 手の先から伝わるのはほんのり温かくて柔らかい感触。
 それはダイレクトな接触。
「うわ、ごめん」
 熱湯に手を突っ込んだチンパンジーの如く、俺は慌てて宮から手を離す。
「今のは、何というか、たまたまであって、けしてわざとじゃ……」
 焦りつつも説明しようと試みるものの、考えてみれば、今までのパターンからいって、このフレンドリーな宮は、そこまで気にとめていないと思った。
 こういったことにはあっさりしているし、いつもの軽いノリで、
「あはは、何そんなに慌ててるの? あたし別に気にしてないって」
 みたいな反応が返ってくる。
 と、思ったんだけど……
「あ、え、えっと……」
 俺の言葉に宮はなぜか動揺したようにふるふると首を振って、
「う、うん、わかってるよ。たまたま、なんだよね。たまたまぶつかっただけで。べ、別に気にしてないからさ」
 微妙に顔を赤くしながらそう言った。
 いつものような、あっけらかんとしたノリはなかった。
「そ、そうか……」
 いつもと違うフレンドリー宮の雰囲気に戸惑いつつも、俺はそう答える。
「……」
「……」
「「…………」」
 そしてそのままなぜか沈黙。
 二人して空になった鍋を挟んだ状態で黙り込んでしまう。
 な、なんだ? この空気は?
 今までにない雰囲気で、どこか据わりの悪い感じ。
 強いて言えばあの温泉での気まずさに近い感じというか。
 しかし現状は温泉で二人きりとかではなく、状況だけ見れば部屋の中で少し手が接触しただけなんだけど、なぜか俺達二人はマングースとお見合いしているウサギみたいになっている。
「……」
「……」
 そのままどれくらい経っただろう。
「あ、あのさ」
「ん、な、なんだ?」
「片付けなんだけどさ、やっぱり、きみに任せてもいいかな」
「え?」
「その、このお鍋の……」
 気付けば耳まで赤くなっていた椎名が鍋の取っ手に目を落としながら、モジモジといった。
「あ、おう! どんとこい。任せとけ」
「うん、ごめんね。迷惑かけて」
「いや、じゃあ、洗ってくるから」
 そう言って俺は鍋を掴むと、その場の妙な空気を振り払うかのように、早足で部屋を出て台所へ向かったのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

婚約破棄されたので王子様を憎むけど息子が可愛すぎて何がいけない?

tartan321
恋愛
「君との婚約を破棄する!!!!」 「ええ、どうぞ。そのかわり、私の大切な子供は引き取りますので……」 子供を溺愛する母親令嬢の物語です。明日に完結します。

姫騎士様と二人旅、何も起きないはずもなく……

踊りまんぼう
ファンタジー
主人公であるセイは異世界転生者であるが、地味な生活を送っていた。 そんな中、昔パーティを組んだことのある仲間に誘われてとある依頼に参加したのだが……。 *表題の二人旅は第09話からです (カクヨム、小説家になろうでも公開中です)

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

処理中です...