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144・隠れている
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それからしばらくして湖瑠璃ちゃんが戻ってきて、何事もなかったかのように演劇は続けられた。
先程の模範演技が少しは役に立ったらしく、マリちゃんの演技が前よりも少し迷いが晴れたような表情でロミオ役をこなしていた。
そうしているうちに時間が経過し、再びスピーカーからアナウンス。
「全校生徒にお伝えします。下校時刻が迫っています。まだ校舎内に残っている生徒は速やかに、帰り支度をすませて下校しましょう。
繰り返します。下校時刻が迫っています……」
いつのまにかそんな時間になっていた。
「あ、もうこんな時間ですね」
湖瑠璃ちゃんが壁の時計を見て、
「残念ですね。まだまだお兄さまに見ていただきたいことや、話したいことがあったのですが」
明里ちゃんも残念そうに、
「楽しいと時間が経つのが早いってホントだねー。まだおにーさんが来てから三十分も経ってない気分だよー」
「美優もぉ、もっとおにぃさんと遊んでたかったなぁ」
三人を宥めるようにマリちゃんが、
「気持ちはわかりますが、でも今日の所はもうおしまいにしないと。先生たちに注意される前に後片付けをやってしまいましょう」
「はーい」
と言うわけで後片付けを始める。
演技で使った小道具を元の位置に戻したり、着ていた衣装をクローゼットに収納したり。
手分けして役割分担し、共同して速やかに作業を進めていく。
「あ、明里。そこの熊鍋用の鍋は棚の上に置いて貰えますか」
「りょーかーい」
「美優はぁ、あっちのシングル アクション アーミーを片付けるねぇ」
「お兄さま、ちょっとこっちのこれを手伝って下さい」
「あいよ」
そんな感じで片付けは進んで行き、最後に残った信楽焼きの狸、演劇のクライマックスでなぜか使用するそれを、湖瑠璃ちゃんとふたりで隣の準備室まで戻して帰ってきてみると、
「あら? みなさんは?」
「おや? いない」
三人の姿が無くなっていた。
すっかり人の気配のなくなった演劇部。
テーブルの上には一枚のメモ用紙。
そこにはこう書かれていた。
「ちょっと用事を思い出したので、あたしたちは先に帰りまーす。湖瑠璃ちゃんはおにーさんと二人で戸締まりとかよろしくね」
なにか急用でもできたのだろうか?
まあ、片付けは全部終わって、あとは戸締まりだけだから問題ないけど。
しかし湖瑠璃ちゃんは、
「もう、みんな余計なことをするんですから……」
どうしたんだろう?
「こうゆうことばっかり率先して積極的に動いて。もっと他にやることがあるでしょうに……ぶつぶつ……」
メモ用紙に目を落としながら、なんか渋い顔をしていた。
「どうした? なにかあったのか?」
不思議に思って聞いてみると。
「え? あ、いや、何でもありません。それより後は戸締まりだけですから、ぱぱっとすませてしまいましょう。ぱぱっと」
「そうだな」
俺は首肯して、窓を閉めていく。
残っていたのは本当になんてことのない作業だったので、五分とかからずに全て終わった。
「ふう、これで終わりですね」
「そうだな。じゃあ、時間も時間だし、さっさと帰るか」
俺はテーブルの上に置いてあった鞄を持ち上げて、そう言った時だった。
コンコン!
いきなり部室のドアが強めに叩かれた。
何だ?
もしかして、なにか忘れ物でもして、三人が戻ってきたのか?
でも、少し強めのノックなんだけど。
なんて考えていると、湖瑠璃ちゃんが小声で、
「お兄さま、こちらへ」
腕を引っ張ってきた。
次の瞬間、
「まだ残っている人がいるのですか!」
バンッ、と強烈な勢いでドアが開かれた。
そこから現れたのは、荒い闘牛のような息をした、三十歳くらいのメガネをかけた女の人。
見回りの先生なのか、メガネをギラギラ光らせながら厳しい眼差しで部屋内を見回している。
(まずいです。よりによって大奥センセイだ)
さっき一瞬で俺を引っ張り込んだ、掃除ロッカーの隙間から部室内を見て、湖瑠璃ちゃんが短い嘆息をする。
(大奥先生?)
(はい、大奥奈美恵センセイ。三十四歳独身で、趣味は週一回のヨガ教室。教職と神様に人生の全てを捧げている、超が付くほど固い性格で、規則とか道徳とかにすごくうるさいんです)
(それはまた、典型的なお局さまタイプだな。ある意味お嬢さま学校らしい……)
(おまけに大奥センセイ、こっちの言うことにあんまり耳を貸さないんですよ。だからお兄さま、見付かったら色々面倒なことになると思います。いなくなるまでやり過ごしましょう)
(わかった。隠れるのは得意だ。単独潜入作戦で、ロッカーやトイレやゴミ箱の中によく隠れている)
そう決まった俺達は、大奥先生が立ち去るまで、ロッカーの中で息を潜めることに。
しかし問題が一つある。
俺達が隠れている場所はロッカーだ。
だが、ロッカーというものは人が二人同時に入れるようには作られておらず、高さ百八十センチ、奥行き五十センチ程度の空間の中は、明らかに定員オーバー。
(ちょ、湖瑠璃ちゃん。足踏んでる、足踏んでる)
(ごめんなさいませ。でも仕方ないんです。狭いんですから)
完全密着状態で、湖瑠璃ちゃんでなければ俺のロリ魂が炸裂していたことまちがいなし。
でも、どうして俺、湖瑠璃ちゃんだけには反応しないんだろう?
(あん、お兄さま。変なふうに動かないで下さい)
(ごめん、湖瑠璃ちゃん)
(あ、なにか固いものがお腹に当たっていますが、もしやこれは……おおおぉ……)
(ベルトの金具だ。なにを想像したの)
(お兄さま、少しは期待させて下さい)
そんな感じのロッカーの中で隠れていた間、大奥先生は着替えスペースを調べたり、ソファの後ろを覗き込んだり、色々小姑的なチェックをしていたが、やがて、
「誰もいないみたいですね。物音が聞こえたような気がしましたけれど。気のせいでしたか。
それにしても、電気は点けっぱなしだし、鍵まで置きっぱなしで、そのまま帰ってしまうなんて。まったく、なってません。
これだから学院内の規律が乱れて、ひいては日本の教育現場が崩壊して、私の婚期も遅れて……くどくどくどくど……」
そうメガネの位置を何度も指で直しながら、一人ぶつぶつと愚痴を言って、部室から立ち去っていった。
廊下を叩くヒールの音が遠ざかるのを確認してから、俺達はロッカーから崩れるようにして這い出した。
「ふうぅー」
なんかすごい疲れた。
とりあえずこの場はしのげたけど、あの調子ではいつ戻ってくるかわからない。
再び誰かと遭遇しないうちに、迅速にこの場から退散しよう。
「湖瑠璃ちゃん、早いとこ帰ろうか」
俺はそう促して、ドアを開けようとしたが、
「……あれ?」
ガチャガチャ。
ドアノブが回らない。
「……なんか、鍵がかかってる」
先程の模範演技が少しは役に立ったらしく、マリちゃんの演技が前よりも少し迷いが晴れたような表情でロミオ役をこなしていた。
そうしているうちに時間が経過し、再びスピーカーからアナウンス。
「全校生徒にお伝えします。下校時刻が迫っています。まだ校舎内に残っている生徒は速やかに、帰り支度をすませて下校しましょう。
繰り返します。下校時刻が迫っています……」
いつのまにかそんな時間になっていた。
「あ、もうこんな時間ですね」
湖瑠璃ちゃんが壁の時計を見て、
「残念ですね。まだまだお兄さまに見ていただきたいことや、話したいことがあったのですが」
明里ちゃんも残念そうに、
「楽しいと時間が経つのが早いってホントだねー。まだおにーさんが来てから三十分も経ってない気分だよー」
「美優もぉ、もっとおにぃさんと遊んでたかったなぁ」
三人を宥めるようにマリちゃんが、
「気持ちはわかりますが、でも今日の所はもうおしまいにしないと。先生たちに注意される前に後片付けをやってしまいましょう」
「はーい」
と言うわけで後片付けを始める。
演技で使った小道具を元の位置に戻したり、着ていた衣装をクローゼットに収納したり。
手分けして役割分担し、共同して速やかに作業を進めていく。
「あ、明里。そこの熊鍋用の鍋は棚の上に置いて貰えますか」
「りょーかーい」
「美優はぁ、あっちのシングル アクション アーミーを片付けるねぇ」
「お兄さま、ちょっとこっちのこれを手伝って下さい」
「あいよ」
そんな感じで片付けは進んで行き、最後に残った信楽焼きの狸、演劇のクライマックスでなぜか使用するそれを、湖瑠璃ちゃんとふたりで隣の準備室まで戻して帰ってきてみると、
「あら? みなさんは?」
「おや? いない」
三人の姿が無くなっていた。
すっかり人の気配のなくなった演劇部。
テーブルの上には一枚のメモ用紙。
そこにはこう書かれていた。
「ちょっと用事を思い出したので、あたしたちは先に帰りまーす。湖瑠璃ちゃんはおにーさんと二人で戸締まりとかよろしくね」
なにか急用でもできたのだろうか?
まあ、片付けは全部終わって、あとは戸締まりだけだから問題ないけど。
しかし湖瑠璃ちゃんは、
「もう、みんな余計なことをするんですから……」
どうしたんだろう?
「こうゆうことばっかり率先して積極的に動いて。もっと他にやることがあるでしょうに……ぶつぶつ……」
メモ用紙に目を落としながら、なんか渋い顔をしていた。
「どうした? なにかあったのか?」
不思議に思って聞いてみると。
「え? あ、いや、何でもありません。それより後は戸締まりだけですから、ぱぱっとすませてしまいましょう。ぱぱっと」
「そうだな」
俺は首肯して、窓を閉めていく。
残っていたのは本当になんてことのない作業だったので、五分とかからずに全て終わった。
「ふう、これで終わりですね」
「そうだな。じゃあ、時間も時間だし、さっさと帰るか」
俺はテーブルの上に置いてあった鞄を持ち上げて、そう言った時だった。
コンコン!
いきなり部室のドアが強めに叩かれた。
何だ?
もしかして、なにか忘れ物でもして、三人が戻ってきたのか?
でも、少し強めのノックなんだけど。
なんて考えていると、湖瑠璃ちゃんが小声で、
「お兄さま、こちらへ」
腕を引っ張ってきた。
次の瞬間、
「まだ残っている人がいるのですか!」
バンッ、と強烈な勢いでドアが開かれた。
そこから現れたのは、荒い闘牛のような息をした、三十歳くらいのメガネをかけた女の人。
見回りの先生なのか、メガネをギラギラ光らせながら厳しい眼差しで部屋内を見回している。
(まずいです。よりによって大奥センセイだ)
さっき一瞬で俺を引っ張り込んだ、掃除ロッカーの隙間から部室内を見て、湖瑠璃ちゃんが短い嘆息をする。
(大奥先生?)
(はい、大奥奈美恵センセイ。三十四歳独身で、趣味は週一回のヨガ教室。教職と神様に人生の全てを捧げている、超が付くほど固い性格で、規則とか道徳とかにすごくうるさいんです)
(それはまた、典型的なお局さまタイプだな。ある意味お嬢さま学校らしい……)
(おまけに大奥センセイ、こっちの言うことにあんまり耳を貸さないんですよ。だからお兄さま、見付かったら色々面倒なことになると思います。いなくなるまでやり過ごしましょう)
(わかった。隠れるのは得意だ。単独潜入作戦で、ロッカーやトイレやゴミ箱の中によく隠れている)
そう決まった俺達は、大奥先生が立ち去るまで、ロッカーの中で息を潜めることに。
しかし問題が一つある。
俺達が隠れている場所はロッカーだ。
だが、ロッカーというものは人が二人同時に入れるようには作られておらず、高さ百八十センチ、奥行き五十センチ程度の空間の中は、明らかに定員オーバー。
(ちょ、湖瑠璃ちゃん。足踏んでる、足踏んでる)
(ごめんなさいませ。でも仕方ないんです。狭いんですから)
完全密着状態で、湖瑠璃ちゃんでなければ俺のロリ魂が炸裂していたことまちがいなし。
でも、どうして俺、湖瑠璃ちゃんだけには反応しないんだろう?
(あん、お兄さま。変なふうに動かないで下さい)
(ごめん、湖瑠璃ちゃん)
(あ、なにか固いものがお腹に当たっていますが、もしやこれは……おおおぉ……)
(ベルトの金具だ。なにを想像したの)
(お兄さま、少しは期待させて下さい)
そんな感じのロッカーの中で隠れていた間、大奥先生は着替えスペースを調べたり、ソファの後ろを覗き込んだり、色々小姑的なチェックをしていたが、やがて、
「誰もいないみたいですね。物音が聞こえたような気がしましたけれど。気のせいでしたか。
それにしても、電気は点けっぱなしだし、鍵まで置きっぱなしで、そのまま帰ってしまうなんて。まったく、なってません。
これだから学院内の規律が乱れて、ひいては日本の教育現場が崩壊して、私の婚期も遅れて……くどくどくどくど……」
そうメガネの位置を何度も指で直しながら、一人ぶつぶつと愚痴を言って、部室から立ち去っていった。
廊下を叩くヒールの音が遠ざかるのを確認してから、俺達はロッカーから崩れるようにして這い出した。
「ふうぅー」
なんかすごい疲れた。
とりあえずこの場はしのげたけど、あの調子ではいつ戻ってくるかわからない。
再び誰かと遭遇しないうちに、迅速にこの場から退散しよう。
「湖瑠璃ちゃん、早いとこ帰ろうか」
俺はそう促して、ドアを開けようとしたが、
「……あれ?」
ガチャガチャ。
ドアノブが回らない。
「……なんか、鍵がかかってる」
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