悪役令嬢は腐女子である

神泉灯

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143・百合ー!

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 五分後。
「どう、準備は良い?」
「はい、私はオーケーです」
 マリちゃんから借り受けた衣装を装着した俺の前で、セーラー服の湖瑠璃ちゃんが、少し緊張した面持ちでうなずいた。
「こっちはいつでも大丈夫ですよ」
「うん、ここのシーンを初めから通してやるってことで良いんだよな? 終わりの部分まで一通りって感じで」
 マリちゃんがうなずく。
「はい、お願いします」
 マリちゃんが気にしているシーン。
 それは、ロミオとジュリエットが、降りしきる雨の中で、お互いの想いを確かめ合う場面であり、お互いの想いである以上、当然 相手役がいなければ成り立たない。
 だから相手役のジュリエットとして、湖瑠璃ちゃんが必要だった。
 そのことを俺が確認すると、湖瑠璃ちゃんはなぜか、少し動揺した。
「え? わ、わたしがやるのですか? お兄さまと、あのシーンを。そ、そうですね。まあ、そうなりますね。もちろん、やります」
 少し慌てた様子だったが、すぐに気を取り直したようにうなずいた。
 明里ちゃんがカチンコを準備する。
「それじゃ始めるよー。二人とも準備は良い。三、二、一……キュー!」
 カチンと鳴らす。
「わたし、わからないの」
 湖瑠璃ちゃんが真剣な表情で、シーン最初のセリフを口にした。
「わからない?」
「うん、わからない。わたし……わたし、あなたのこと好きになっても良いの?」
 胸の前で手を握りしめながら、真っ直ぐにこっちを見つめてくる。
「ごめんね、こんな所まで来て、今さらこんなことを言って。でも、でも、わたし不安なの。不安で心許なくて。だって……
 だって、まだあなたの口から聞いてないの。あなたの気持ちを、言葉にして、聞いてない」
 そう口に出すなり、全身を投げ出すように抱きついてくる湖瑠璃ちゃん。
 いや、それは台本に書かれた通りのものなのだけど。
 いつもはどこか軽いノリの湖瑠璃ちゃんが、真剣な表情でこんなことをしてくると、妙な気分になる。
「本当は許されないことだっていうのはわかってる。あの人が好きなあなたを好きになるのは許されないことなのも。でも、お願い。聞かせて欲しいの。そうでないとわたし、どこかへ行ってしまいそうで……」
「わかった」
 俺は湖瑠璃ちゃんの顔を見下ろしながらうなずき返す。
 そこで、ワンテンポ置いて、台本に書かれている、ロミオのセリフを口にする。
 シーンのクライマックスとなる言葉。
「俺も、お前のことが……好きだ。心の底からそう思っている。だから、これからもずっといっしょにいたい。
 それが俺の、偽りのない気持ちだ」
「ああ……」
 感極まったようにうなずく湖瑠璃ちゃん。
 背中に回されていた小さな手に、さらにきゅっと力が込められる。
 そして、そのまま二人が見つめ合うシーンと入っていく。


「「……」」


 で、この後に待っているのは、実は、キスシーンだったりする。
 台本には、濃厚な接吻シーンと書かれている。
 なお、ホントにやること、とも書かれていた。
 女の子同士がキスをする。
 例えそれが演技だとしても、マジで女子同士でキスをする。


 百合ー!!


 俺は高畑くんとは別のベクトルで超能力に覚醒しそうな気分だった。
 まあ、それはともかく、キスシーンまでやる必要はないだろう。
 さすがに湖瑠璃ちゃんにそこまでするのはマズいよねー。
 さて、我ながら演技も結構上手く出来たと思うし、マリちゃんの演技の参考になると思うんだけど。
 俺は、演技を終了しようとして、
「じー……」
 マリちゃんが真剣な目でこちらを見ているのに気づいた。
 こちらの動きを一挙手一投足見逃すまいとしている。
 レーザー光線でも出すんじゃないかっていうくらいの熱心な眼差しで、模範演技が終わるだろうと思ってない目だ。
 ……これは、まさか……
 マリちゃんの隣では、明里と美優も、好奇心で目を興奮気味に輝かせている。
 その目は語っていた。
「「そのまま いっちゃえ」」
 三人六つの眼差しは、どれも模範演技を次のステップまで続行するよう促しまくっている。
 さらにトドメに、
「じー」
 目の前の湖瑠璃ちゃんまでも、先を促すような目でこちらを見ていた。
 少しだけ恥ずかしそうに頬を少し赤らめている。
 その瞳の奥で、
「これはそうゆうシーンなのです。ちゃんと最後までやらないと、マリちゃんの参考にならないでしょう。別にこれはただの演技で、深い意味はありませんから。というわけで遠慮なくしちゃってください」
 と言っていた。
 湖瑠璃ちゃん、そういう禁断の何かに興奮する気があるのだろうか?
 どうしよう?
 状況的には四面楚歌。
 もはや、この先をやらずしてすませられる状況ではないような気がする。
 しかたない、フリだ。
 これはただの演技で、キスのフリ。
 セルニアに知られてもカウントしない方向で行けば、なんとかごまかせる……
 わけがねー!
 そうだよ、セルニアに知られたらヤバいだろ。
 ごまかせるわけないよ。
 セルニアが知ったら怒るに決まってる。
 大激怒 間違いなし。
 キスしたらダメだよ。
 でも、四人ともめっちゃ期待してるんだけど。
 キスしなかったら許さないっていう感じなんだけど。
 どうすんの、この状況。
 え?
 どうすればいいの?
 これどうすればいいんだよ?
 してもしなくても、俺の進退きわまってるんだけど。
 どうすればいいのー!?


 ピンポンパンポーン


 壁にあったスピーカーが鳴った。
「お知らせします。生徒会長、吉祥院・湖瑠璃さん。吉祥院・湖瑠璃さん。まだ残っていましたら、職員室まで来て下さい。繰り返します。生徒会長、吉祥院・湖瑠璃さん……」
 流れたのは、湖瑠璃ちゃんを職員室に呼び出す放送。
「……」
「あ、なんでしょう? 生徒会関係のお話でしょうか?」
 数秒の沈黙を挟んで、湖瑠璃ちゃんはそう言った。
「わからないけど、とりあえず呼ばれたなら行った方がいいんじゃないか」
「はい、そうですね。それではわたし、ちょっと行ってきます。マリちゃん、あとはお願いしますね」
「あ、はい」
 そして湖瑠璃ちゃんは、少し慌てたふうに部室を出たのだった。
「あーあ、いーとこだったのになー。もうちょっとでキスシーン完了だったのにー。もったいないことしたねー」
「でもでもぉ、美優はドキドキだったよぉ。ホントにキスしちゃうのかと思ったぁ。マリちゃんはどうだったぁ?」
「はい。なんというか、とても新鮮でした。男の人が誰かを想うときの空気とか、そう言うものが少しだけですが、理解できたような気がします」
「そう、参考になったようで良かったよ」
「はい、模範演技、ありがとうございました」
 演技の足しになってくれたようで、良かった。
 とりあえず、セルニアに怒られることもないし。
 良かった、良かった。
 俺は胸をなで下ろしたのだった。
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