悪役令嬢は腐女子である

神泉灯

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124・大切な物

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 セルニアは内ポケットから何かを取り出した。
 良く見覚えのあるそれは、ネックレスにした水晶のリング。
 俺がクリスマスの時に送った、冬の光。
「これを取りに戻ったのですわ」
「え? それを取りに戻った?」
「はい。気付いたのは、涅槃亭から旅館に戻ってすぐでしたわ。
 部屋について着替えをしているときに、クビに掛けていたはずの冬の光がなくなっていることに。
 すぐに探しましたがどこにもなくて。
 それで、落としたのなら涅槃亭だろうと」
「……」
 俺は沈黙してセルニアの説明を聞いていた。
「ですので、直接 山に戻ることにしたのですわ。大体の見当は付いていましたし、急げば間に合うと思って。
 ところが、涅槃亭にもなかったのです。それで後の心当たりは、ご飯を食べた後、涅槃亭の離れた場所で景色を眺めていたときでした。
 あの時しか 心当たりがなかったのですわ。それで探していたのですが、すると、涅槃亭のところが少し騒がしくなって。見に行ってみると、そこに熊が。
 いえ、あなたの言われたとおり、実際はリアルな熊の着ぐるみショーだったですけれども。
 でも、わたくしは冬の光を早く見つけなければと焦っていたせいか、そんなことにも気付かなくて。
 とにかく、急いで冬の光を探していましたわ。それでなんとか見つけたのですが、しかしリフトに戻ると、とっくに最終便が出発していました。
 涅槃亭も閉まっていましたし。近くに熊がいるかもしれないですし。色々焦って、あそこに隠れていたのですわ。
 そこにあなたが助けに来てくださったのです。
 やはり、あなたはわたくしの王子ですわ。わたくしがピンチの時は、いつも助けてくれる。とても素敵な方」
 セルニアはうっとりとした表情で、そう言ったのだった。


 俺はセルニアから一通りの説明を聞いて、頭が真っ白になった。
 ……セルニアは何を言っているんだ?
 自分がなにをしたのか分かっているのか?
 俺はとにかく落ち着いて、確認しようと思った。
「セルニア、確認するんだけど。まず、山に戻ったのは、そのリングを探すためなんだよね?」
「はい。あなたにいただいた大切なリングですわ。なくしてしまうわけには参りません」
「でも、天気予報 見てたんだよね。確認したんだよね。天候が荒れるって」
「まあ、大丈夫だと思って」
「それで、大丈夫だと思って山に戻って、でも熊に遭遇したんだよね」
「いえ、あれは着ぐるみでで」
「でも、その時は本物だと思ったんだよね」
「ええ、まあ」
「なのに 逃げずに、そのリングを探していたの?」
「そうですわ。熊になど負けるわけにはいきません。なにがなんでも見つけなくてはと」
「で、リフトに乗り遅れて、立ち往生して、死にかけたんだけど……」
「でも、あなたが助けに来てくださいましたわ」
 セルニアは潤んだ瞳で俺を見ていた。


 そんなセルニアに、俺は無性に腹が立った。
 セルニアは何を考えているんだ。
 自分がなにをしたのかわかっているのか!?


 パンッ!


 その音は、俺がセルニアを平手打ちした音だった。
「……」
 セルニアは俺になにされたのか分からないように、キョトンとして頬を押さえていた。
 俺はそんなセルニアに怒鳴りつける。
「セルニア! 何を考えているんだ!?」
「……え?」
 セルニアは自分が叩かれたことが、上手く理解できないかのように、呆然としていた。
 俺はセルニアの両肩を掴んで迫る。
「何を考えているんだと聞いているんだ! 自分が何をしたと思ってるんだ!?」
 セルニアは俺に対するかすかな恐怖と、大きな動揺で答えようとしていた。
「え、それは、だから、これをなくしてしまったから」
「こんなガラクタのためにセルニアは死にかけたんだぞ!
 分かっているのか! 死ぬんだ! 本当に死にかけたんだ!
 こんなガラクタなんかのために!!」
「ガ、ガラクタ?」
 自分の大切な物を、それを贈った人から言われたことが、ショックなのは明らかだった。
「そうだ、こんな物はガラクタだ。
 どんなに思いが詰まっていても、どんなに大切な人から贈られたとしても、それは命には替えられない! こんなものはお金で買える! いくらでも買い直すことができる!
 でも! セルニアは一人だ! 本当にセルニアは一人しかいない! セルニアの命は一つだけなんだ! たった一つの命がなくなったら終わりなんだ! 完全に終わるんだ! 死んでしまったら生き返ることはないんだよ!!」
 そうだ、俺はそのことをよく知っている。
 死んだ後の、無限とも思える闇を。
 それは 二度と戻ることができないものなのだと知っている。
 俺がこうして二度目の生を受けたのは、奇跡的な偶然にすぎない。
 ただの偶然だ。
 そんな偶然など何度も起きない。
 セルニアはワナワナと唇が震えていた。
「あ、その、わたくし、そこまで考えてなくて。も、申し訳、ありません」
 俺はセルニアの瞳を真っ直ぐと見つめた。
「頼む、セルニア。もう二度とこんなことはしないでくれ。俺はセルニアに死んで欲しくない。セルニアに生きていて欲しい。
 プレゼントなら、これからもいくらだってする。今回みたいな旅行だって、生きていればこれからもたくさんできる。
 でも、死んでしまったら、もう それはできない。
 訪れるのは永遠の闇だ。
 だから、物なんかより、自分の命の心配をしてくれ。なにがあっても、まず自分のことを考えてくれ。自分を大切にしてくれ。
 お願いだ、セルニア」
 セルニアはボロボロと泣き出した。
「ご、ごめんなさい。わたくし、あなたに、そこまで心配掛けてしまって……本当にごめんなさい……」
 セルニアは泣きながら俺にしがみついた。
 ただ声を上げて泣いていた。
 俺はそんなセルニアを、大切に愛おしく抱きしめた。
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