悪役令嬢は腐女子である

神泉灯

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123・山小屋

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 辺り一面 真っ白だった。
 前も後ろも、右を見ても、左を見ても、上も下も、全方向白の大洪水。
 他に見える物と言ったら、葉が一切ない木々だけ。
 状況は悪化に向かっている。
 遭難の可能性に気付いてから、俺達は正規の道路へ戻る道を見いだそうとしてみたものの、進めば進むほど自分たちがどこに居るのか分からなくなっていき、さっきまで見えていた目印のリフトさえも、見えなくなってしまった。
 音を立てて吹き付ける雪と風。
 視界を覆う、辺り一面の雪のカーテン。
「セルニア、大丈夫か?」
「はい、大丈夫ですわ」
 俺の言葉に笑顔でそう答えていたが、体は小刻みに震えている。
 セルニアの格好は、普通の服にダウンジャケット。
 そして俺が春樹さんから渡された、百均などで売っている、緊急用のアルミシートを羽織っているだけ。
 足も雪山用ではない、普通のブーツ。
 これでもし雪が湿った物だったら、服が濡れてとっくに凍死していた可能性があった。
 とにかく、本格的にまずい状況だ。
 ちゃんとした道に戻れないと判断し、朝まで休める場所を探したほうがいいか。
 だが それもすぐに解決できる問題じゃない。
 どうする?
 このままじゃセルニアが。
 しかたない。
 このままじゃセルニアが持たない。
 俺はマグライトを地面に置くと、防寒具を脱ぎ始めた。
「ちょっと、なにをなさっているのですか?」
「セルニア、俺の防寒具を着るんだ」
「それでは今度はあなたが凍えてしまいますわ」
「わかっている。だが、セルニアはもう限界だ。いったんセルニアの体温を保護して、それから次の手を考える」
「でも、それは……」
「いいから着るんだ!」
 俺は強めの語気で言った。
「あ、待ってくださいませ」
「セルニア!」
 俺はセルニアに防寒具を強引に着せようとして、しかし セルニアは、
「違いますわ。あそこです。あそこにあるのは山小屋ではありませんこと」
 地面に置いたマグライトの明かりに灯されて、かすかに浮かび上がっているシルエット。
 それは山小屋に見えた。
「セルニア! 行ってみよう!」
「はい!」


 山小屋は百メートルも離れていなかった。
 当然ながら、電気も何もなく真っ暗だった。
 しかし こういう山小屋には遭難者用の設備がある。
 俺達は戸を開ける。
 幸い鍵はかかっておらず、すんなり入ることが出来た。
 中にいくつか段ボールなどが置かれている。
 マグライトで照らしながら物色すると、カンテラと アルミ缶に入った灯油が見つかった。
「やった、これがあれば。こうして、で、こうすると。よし」
 灯が灯り、ぼんやりとした光が周囲を照らす。
 全体に光が行き渡り見てみると、畳八畳ほどの大きさだった。
 床は木の板だが、灯油ポリタンクと古いストーブがあった。
 コンセントとかを使わない、電池だけで灯油を発火させて、発熱させるタイプのストーブ。
「あの、これはいったいなんでしょう?」
 ストーブを見たセルニアが、不審者を発見した敵兵のように、頭上にクエスチョンマークを浮かべていそうな表情。
「灯油ストーブだろ。これがどうかしたのか?」
「まあ、これが灯油ストーブですの。実物を見たのは初めてですわ」
「あ、そうか。セルニアの家って、完全空調設備だから、ストーブとか置いてないのか」
「そうですのよ。だから使い方とかがよく分からなくて」
「じゃあ、この際だから教えよう」
「お願いします」
 俺は灯油タンクから簡易ポンプを使って、本体に灯油を入れ、一分ほど待って芯に灯油が染みるのを待つ。
 それから点火スイッチを押すと、静電気のような音が鳴り、本体の中に小さな炎が見え始めた。
「まあ、こんなシンプルな使い方でしたの。シンプルイズベストですわね」
 うっとりとした表情で燃える炎を見つめるセルニア。
 ストーブのおかげで凍死は免れる。
 あとは、この山小屋にある物資の確認だ。
 まずは灯油量の確認。
 よし、量は十分だな。
 段ボールの中を確認しないと。
 水や食料は無し。
 中に入っているのは、座布団や毛布の類いだけ。
 どうやら そこまで本格的な遭難などは想定していないようだ。
 そうなると、朝まで凌いで、その後 自力で下山するか、それとも救助を待つかの二択を考えるしかないな。


 俺は毛布をセルニアに渡し、
「セルニア、とにかく休もう。この小屋にいる限り、凍死は大丈夫だ。後は朝まで待って、周囲の状況を見てから考えよう」
「わかりましたわ」
 俺達は座布団を敷き、ちょこんと座る。
 さて、朝まで何して過ごすか。
 まあ、ストーブがあるから寝ても大丈夫なんだが。
 冬山遭難で定番の、
「寝るな、寝たら死ぬぞ」
 は問題ない。
 ただ、まだ眠くない。
 遭難したのだから、一種の興奮状態で、物凄い目が覚めている。
 下手すると一睡もできないかもしれない。
「……」
「……」
 沈黙だけが流れていく。
 外からは吹雪の音。
 一種の閉鎖空間。
 そして俺とセルニアは二人っきり。
 山奥だから、いつものように湖瑠璃ちゃんたちが出歯亀してくることもない。
 あれ?
 もしかして これ、すごいチャンスなんじゃないのか?
 どう考えても邪魔が入ってくることはないシチュエーション。
 遭難した男女。
 燃え上がる恋は 愛へと変わり、お互いの体を求め合う。


「セルニア、俺、本当に心配したんだ」
「申し訳ありません。お詫びに、わたくしの体を好きにしてください」
「セルニア! 可愛いウサギのようだ! 食べてしまいたい!」
「あなたは雄々しいクマのようですわ! わたくしを食べてしまっちゃってください!」
「フォオオオ!」
「あぁああん!」


 落ち着けぇえい!
 こんな状況で何考えてる俺。
 いくら なんでも やっちゃいかんだろ。
 なにか別のことを考えるんだ。
 なにか別のことを……
「あ、そうだ、セルニア」
 別の話題を思いついた俺は、セルニアに話しかける。
「はい、なんでしょう」
「どうして涅槃亭に戻ろうと思ったんだ? 天気予報とか確認しなかったのか? そんな軽装で、リフトの時間もぎりぎりだっただろうし。っていうか、実際 乗り遅れて孤立したんだし」
「あ、それはですわね……」
 そう言ってセルニアは内ポケットからある物を取り出した。
 それは……


 続く……
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