悪役令嬢は腐女子である

神泉灯

文字の大きさ
上 下
120 / 168

120・かゆ うまい

しおりを挟む
 そっとドアの隙間から洗面室を覗き込めば、ロカイユ装飾の鏡に映るエデュアルトとバッチリ目が合ってしまった。
「何だ? 」
 タオルで頬を擦りながら、不機嫌そのものでエデュアルトが鏡の中のアメリアを睨みつける。
 つい今しがた、兄と義姉に見せていた親しみはどこにもない。数多の令嬢へ向ける軽薄な笑みでもない。
 不意に現れたアメリアを心底鬱陶しがっている、冷ややかなものだ。
 アメリアはその怜悧な眼差しに挫けそうになりながらも、胸を拳で軽く叩いてから、そっとドアを開ける。
「私、わかったわ」
 洗面室に滑り込むと、後ろ手に鍵を閉めた。
「何をだ? 」
 カチリと鳴る音はエデュアルトにも聞こえているはずだが、彼はそのことには触れない。
 アメリアが今から、誰にも聞かれてはならない会話を始めようとしていることを、何となく察しているようだ。
「あ、あなたが……私に……い、いかがわしいことをした理由が……」
 アメリアは頬を赤らめ、言葉をつっかえた。
 生まれて初めて異性に触れられた下着の中が、ずくりと疼いた。あんなところが体を刺激するなんて知らなかった。
 エデュアルトは彼女が何故、赤面しているのか気づいているくせに、壁に凭れ腕を組み、表情筋を崩さない。
 アメリアは唾を飲み下すと、前のめりになった。
「昨夜、お義姉様の香水をお借りしたの」
「だから何だ? 」
「あなた、お義姉様を思い出して、私にキスを仕掛けたのね。そればかりか、あ、あんなことを」
 言うなり、アメリアは首の付け根まで真っ赤になる。
 反比例して、エデュアルトの顔色は白い。
「俺がエイスティン夫人を思い出して、お前にキスしただと? 意味がわからんな」
「わたしはわかるわ」
 断言する。
 アーモンド型の澄んだ目がギラギラと瞬いた。
「あなた、お義姉様のことが好きなんでしょう? 」
 エデュアルトが息を呑んだ。
 それはほんの瞬きよりも短い時間だったが、アメリアは見逃さなかった。
「バカバカしい。彼女は人妻だぞ」
 鼻で笑われるが、騙されたりはしない。
 アメリアは挑む目つきとなる。
「あのジュリアって人、お義姉様と同じ髪色をしていたわ。体型もよく似てる」
「そんなもの、たまたまだ」
「そうかしら? 彼女、わざと似せているみたいだったわ」
「くだらん思い込みはやめろ」
 嫌そうに顔を歪める。
 しかし、その態度こそがアメリアを確信へと導いていく。
 従来の彼ならば鼻で笑って一蹴し、飄々と話を変えているはずだ。アメリアを逆にやり込める会話へと転じて。
「俺が友人の妻に懸想しているだと? それなら根拠を示せ」
 これほど一つの話に固執することこそが、図星である証拠だ。
 加えて、アメリアは決定的なことを言い当てる。
「それなら何故、目を潤ませていたの? 」
「何だと? 」
「誤魔化しても無駄よ」
 顔を洗って誤魔化してはいるが、彼の黒い瞳はしっとりと濡れている。
「子供が大人の事情に入り込むな」
 エデュアルトは舌打ちすると、やや乱暴にタオルで目尻を擦る。
「もう子供じゃないわ」
 エデュアルトには、未だにアメリアは五つ、六つの子供にしか映っていない。
 アメリアは歯痒さと切なさがない混ぜになり、行き場のない想いを声に出した。
「私は二十一よ。いつでも結婚出来るんだから」
「男を知らない小娘が生意気な口をきくな」
 エデュアルトが吐き捨てた台詞に、カッと全身の血が沸いた。
「し、知ろうと思えばいつでも出来るわ。知ろうとしないだけよ」
「へえ」
 エデュアルトが意地悪く頬を歪める。
「それなら、今、知ってみるか? 」
 あっとアメリアが小さく叫んだ時には、すでに二人の距離は詰まっていた。
 エデュアルトが真正面に立つ。背が高く体格の良い彼に詰め寄られていた。妙な圧迫を感じて、アメリアはジリジリと踵を引いた。一歩下がれば、一歩踏み出し。それを何度か繰り返すうちに、とうとうアメリアは壁に背中を打ちつけ、逃げ場を失う。
 どん、とエデュアルトが片手を壁につける。
 ますます圧が凄まじい。
「ちょ、ちょっと……ブランシェット卿」
 エデュアルトの表情筋は全く機能しておらず、冷たさで凝り固まってしまっている。
 アメリアが畏怖を抱くには充分だ。
「あ、あの? 何だか怖いわ? いつもと全然違うみたい」
「お前が知る俺の顔は、ごく一部だけだろ。知ったふうな口をきくな」
 生意気なやつめ。彼の最後の言葉をアメリアが聞くことはなかった。
「や、やだ」
 ドレスの裾を捲り上げられ、薄いズロースの腰のゴムが伸びた。エデュアルトがゴムと皮膚の間に易々と手を差し入れたからだ。
「や、やめて」
 アメリアは体をよじる。
 覚えのある指遣いが薄手の生地の中を緩慢な仕草で這い回す。臍の真下から、後肛まで。
 やがて微かな繁みまで辿り着くと、慣れた仕草であの部分を指の腹で潰した。
 アメリアの背筋を震えが駆け抜ける。
「な、何するの! 」
「男を教えてやってるんだよ」
 ニヤリ、とエデュアルトの口元が歪んだ。
「いや! 離して……ああ! 」
 眠っていた官能を揺さぶるように、エデュアルトの指は緩慢に蠢いて、アメリアの息を荒くさせていく。下腹部がずくずくと小刻みに動く。触れられた指が火傷しそうに熱い。逃げようと腰を捩れば、さらに指は動き、クチュクチュと卑猥な音を上げた。
 アメリアが知るエデュアルトは、軽薄な噂通りに飄々とした態度で小馬鹿にするおどけ者だ。
 このような「雄」なんて、知らない。
「エデュアルトお兄様! 」
 アメリアは、封印した呼び名を叫んだ。
 それは彼に、アメリアが一回り下の「子供」であることを思い出させる。
 たちまちハッと硬直する。
 目が合って。
 エデュアルトはすぐさま「いつもの放蕩者ブランシェット子爵」の顔に戻った。
「わ、わかったか? あんまり知ったかぶりをするなよ。子供の分際で」
 エデュアルトは、荒々しい息を繰り返すアメリアに向けて、いつも通りの上から目線で言い捨てた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。 お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。 ◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。

転生した世界のイケメンが怖い

祐月
恋愛
わたしの通う学院では、近頃毎日のように喜劇が繰り広げられている。 第二皇子殿下を含む学院で人気の美形子息達がこぞって一人の子爵令嬢に愛を囁き、殿下の婚約者の公爵令嬢が諌めては返り討ちにあうという、わたしにはどこかで見覚えのある光景だ。 わたし以外の皆が口を揃えて言う。彼らはものすごい美形だと。 でもわたしは彼らが怖い。 わたしの目には彼らは同じ人間には見えない。 彼らはどこからどう見ても、女児向けアニメキャラクターショーの着ぐるみだった。 2024/10/06 IF追加 小説を読もう!にも掲載しています。

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜+おまけSS

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! アルファポリス恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 連載希望のコメントをいただきましたので、 連載に向け準備中です。 *他サイトでも公開中 なろう日間総合ランキング2位に入りました!

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

処理中です...