悪役令嬢は腐女子である

神泉灯

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119・ビーチ

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 で、結局 その後 脱出のチャンスが訪れることなく時間は経過した。
「じゃ、そろそろ上がりますか」
 眞鳥さんの声で、みんなが上がっていく。
「気持ち良かったですね、お姉さま」
「ええ、たっぷり堪能しましたわ」
 みんなが湯船から上がるまで、ひたすら俺は耐えていたのだった。
 宮が、
「あたしも もう少ししたら上がるから、みんなは先に行ってて」
「温泉が好きなのですね」


 しばらくして宮は、
「じゃあ、今から あたしが脱衣所を確認しに行くから。みんなが部屋に戻ったか見てくる」
「わかった」
 頼む。
 これでなんとか脱出できてくれ。
 さすがに限界が近い。
 温泉に入ってから 一時間近く、湯船に ほとんど浸かりっぱなし。
 あまりの熱さに頭がクラクラする。
 宮が戻ってきた。
「もう大丈夫だよ。みんな行ったし、誰も来る気配ないから。今のうちに出て」
「……あ……ん、ああ……」
「……ちょっと、聞こえてる?」
「……お、おう……」
「え、なんかやばい目になってるよ。ねえ、ねえったら」
 宮が俺の体を揺さぶっているのが分かるのに、その感覚がどんどん鈍くなっていった。


 温泉から 立ち上る湯気の 遙か上空に広がる 満天の星。
 田舎の澄んだ空気で 綺麗に見える。
 それが どんどん近づいてくるような感じがして、俺は気付けば ビーチにいた。
 火照った体が、ビーチの冷気で冷えていく。
 砂浜には座礁した鯨やイルカがたくさんいる。
 それらは成体なのに、なぜかへその緒が付いていた。
 赤い服を着た女性が俺に囁く。
「ストランディング。繋がりあう。座礁する。途方に暮れる。
 あなたをビーチで待っている」


 やべえ!
 臨死体験してる!
 戻れー!
 何度も早死にしてたまるか!
 俺は現世に帰るぞ!
 俺は帰還者!
 真実を運ぶ架け橋になる男!!


 俺は目を覚ました。
 頭の上から吹き付けてくる優しい風。
 後頭部には柔らかく心地良い感触。
 少しずつ意識が覚醒していく。
 ぼんやりとした視界には、白い天井と人の姿。
「良かった、目を覚ましたんだ」
「……う、ああ……」
 まだ意識がハッキリしない。
「無理しないで。少し前まで、完全に湯あたりしてたから」
「そうか、俺はビーチから帰還したのか。ヴォイドアウトが起きなくて良かった」
「まだ、完全に目を覚ましてないんだね。夢とごっちゃになってるみたい。
 もう、大丈夫だから、そのまま眠ってて」
「わかった。そうする」
 俺は起きるのが きついので、その言葉に甘えた。
 この声は誰なのだろう?
 上手く認識できないなか、俺は再び意識が沈んでいった。
 だが、向かう先は夢の中で、ビーチではない。
 かすかに聞こえてくる声は、囁くように言った。
「先手必勝だからね、吉祥院さん」


 俺の右頬に柔らかい何かが触れた。
 それは、セルニアが藤姫神社の展望台でしてくれたものに、とても感触が似ていた。


 俺は覚醒した。
「俺はサム。ただのサムだ」
「あ、戻ってきた」
 目の前には宮の顔があった。
 俺は脱衣所のベンチに寝っ転がっていた。
「よかった。完全に目が覚めたんだ。これ、ポカリ」
「ああ、ありがとう」
 俺は物凄い喉の渇きに、宮が差し出してくれたポカリを受け取ると、一気に飲み干した。
「プハー! スタミナ10%アップ」
「これでもう大丈夫だね」
 俺は喉が潤うと、状況を把握した。
 長時間、湯船の一番熱いところに浸かっていた為に、湯あたり起こして、ビーチに行ってしまい、ぎりぎり帰還した。
 そして 現在、扇風機の風を受けながら、宮に介抱されていたということだった。
「宮、ありがとう。っていうか、色々迷惑かけたな」
「ううん。そんなことないよ。迷惑とか、全然そんなことないから」
 ブンブン首を振る宮の顔が、少し赤くなっている。
「どうした? 顔が赤いぞ」
「これは、あたしも 少し湯あたりしてたから、まだ ちょっと顔が火照ってるだけだから」
「そうか。考えてみれば、宮も長時間湯船に浸かってたんだったか」
「うん、そうそう。それだけだから。
 じゃあ、あたしはもう行くから。早く着替えて、部屋に戻ってね。またさっきみたいなことになると大変だから。
 それじゃ あたしはこれで」
 宮は足早に去って行った。


 なんだ?
 なんか 宮の様子がおかしいような気がするんだけど、なぜだ?
 俺はそこで、自分の体の状態に気付いた。
 俺、裸だ。
 バスタオルを掛けているだけの状態で、寝ていた。
 つまり宮は、湯船から脱衣所に運び、そしてバスタオルを掛けるまでの間、俺の生まれたままの姿を、じっくりたっぷりねっぷりと観察できたと言うことであり、そして じっさい、じっくりたっぷりねっぷりと観察したから、あんな態度になったと。
 なるほど。
 数々の戦いをくぐり抜けた歴戦の勇者である俺のたくましさに、メロメロのメロンメロンになってしまったということか。
 ふっ、俺も罪な男よのう。
 さ、早く着替えて部屋に戻るとするか。


 と、脱衣所を出ようとして、
「さあー、温泉で酒盛りですよ-」
「ああぁーん、襲われたりしないかしらぁーん」
 玲と上永先生に、ばったり鉢合わせした。


「「「……」」」


 しばらくの沈黙のあと、玲が聞く。
「女湯でなにしてるんですかー?」
「いや、これは、なんというか」
 上永先生が、
「そんなの決まってるじゃなぁい。女体の神秘を見にきたんでしょぉん。わかったわぁん。美人の女教師がたっぷり教えてあげるぅん」
「いや、違うんです。そーいうんじゃないんです。ちょっと間違えただけで。いや、あの、腕掴まないで。温泉はもう良いですから。入りませんから。
 もう温泉はこりごりだー」
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