悪役令嬢は腐女子である

神泉灯

文字の大きさ
上 下
111 / 168

111・黙秘権

しおりを挟む
 時刻表を確認。
 次の電車は一時間三十分後。
 さすがは田舎のローカル線。
 本数の少なさを舐めてはいけない。
 俺は 糸 色 望の如く叫んだ。
「絶望した! ローカル線の少なさに絶望した!」
「そのネタは古いでやす」
「いや、マジでどうするんですか。こんな駅舎もない無人駅で、零度の寒さの中、一時間半も。
 暖まる手段が、数々の温かい飲み物しかないですけど。
 おまけに周囲は見渡す限り田んぼと畑だけですし。あと、山。
 スマホも圏外。今のご時世で、圏外のところがあるとは。これじゃ セルニアたちに連絡を取ることもできない」
 春樹さんは申し訳なさそうな表情で頭を下げた。
「申し訳ありやせん。若を御守りするのが、執事たるアッシの勤め。それが、アッシの失態によってこんなことになってしまうとは。謝罪の言葉もありやせん」
 俺は気まずくなる。
「あー、謝らなくても良いっすよ。すぎたことは仕方ありません。今はこの状況を解決する方法を考えましょう」
「ありがとうございます」
「とにかく、この極限状況をどうするかです。防寒施設も なにもない、吹きさらしの無人駅。連絡手段も移動手段もない。
 さて、どうする?」
「そうでやすね。最後の手段として、徒歩による移動を提案をいたしやす」
「歩きですか」
「ここから目的地の旅館まで、徒歩で約一時間ほど。歩いた方が体も温まりやすし、電車が来るよりも速く到着しやす」
 徒歩一時間か。
 体力のないゲーマーの俺にはきついが、確かに不可能ではない。
「わかりました。それが一番よさそうですね。
 しかし、問題があります。
 道は分かるんですか? 周りには、地図を売ってる店とか以前に、建物じたい見当たりませんし、人の姿もありませんけれど。道を聞くこともできません」
「それなら、大丈夫でやす。この旅行の話を聞いた時点で購入しやした」
 春樹さんのポケットから、りりぶ・温泉旅行ガイドが出てきた。
「……春樹さん、今回の旅行、楽しみにしてたんですか?」
「黙秘権を行使します」


 さて、俺達は駅を出た。
 寒い。
 俺はダウンジャケットを電車に置いてきたので、シャツにセータだけ。
 伊藤 春樹さんが、コートを差し出した。
「若はコートを羽織ってくださいやせ」
「いや、良いですよ。それは春樹さんのです。自分は我慢しますから」
「大丈夫でやす。アッシにはこれがありやす」
 コートのポケットから何かをとりだした。
「クマさんフードでやす。頭を温めれば、シャツ一枚分の保温になりやす」
 とても可愛らしいフードだった。
「そうですか。じゃあ、遠慮なくコートを着させていただきます」
 つっこみを入れてはいけない。


 見渡す限り、田んぼや畑が、うっすらと雪化粧で覆われていた。
 収穫期には、きっといろんな食べ物が収穫されるのだろう。
 でも今は、まるで世界の終わりのよう。
 人っ子 一人 見当たらない。
 もっとも、ヤの付く職業と間違われそうな、というか元本職の方が可愛いクマさんフードをかぶっている様を、人が見たらどう思うだろうか?
 そんなことを考えながら、進んで行くと、山の麓に到着した。


「この山を越えれば、目的の温泉旅館に到着しやす。ただ、多少 雪が積もっているので注意してくださいやせ」
「山登りか。死の座礁で基本的な知識はあるんですけど、生で体験するのは初めてです」
「大丈夫でやす。ゲームと違って道は舗装されていやすから」
「とにかく、行きましょう。ロープや はしごや 建築装置などは 必要ないみたいですし」
「湖瑠璃さまがおっしゃっていやしたが、若は時々 ゲームとリアルの区別が付かなくなるという意味を理解しやした」


 そして進む。
 そう言えばセルニアは今頃何しているんだろう。
 俺が置いてけぼりになってしまったことを心配しているだろうか。
 スマホの電波は相変わらず圏外。
「麗華さまのことをお考えですか」
「読心術ですか? まさか高畑くんと同じ超能力者」
「違いやす。神通力をお持ちの巖さまなら可能でやすが、アッシにそんな力はありやせん。
 ただの人生経験からのものでやす」
 春樹さんは神妙な顔で俺に言う。
「麗華お嬢さまは 若のことを心から大切に思っていやす。
 どうか、若も同じ心を、麗華お嬢さまに持っていただきたいのでやす」
 俺は誠実に答えた。
「もちろんです。俺にとって、セルニアは一番大切な女性です」
「その言葉、しかと心に届きやした。ありがとうございやす」


 その時だった。
 ガサリと後ろからなにかの音がした。
 なんだろう?
 俺が振り向くと、
「若!」
 春樹さんが俺を突き飛ばして前に飛び出した。


「ぬぅうううん!」
「フシュウウウ!」


 続く……
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。 これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。 それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

姫騎士様と二人旅、何も起きないはずもなく……

踊りまんぼう
ファンタジー
主人公であるセイは異世界転生者であるが、地味な生活を送っていた。 そんな中、昔パーティを組んだことのある仲間に誘われてとある依頼に参加したのだが……。 *表題の二人旅は第09話からです (カクヨム、小説家になろうでも公開中です)

転生した世界のイケメンが怖い

祐月
恋愛
わたしの通う学院では、近頃毎日のように喜劇が繰り広げられている。 第二皇子殿下を含む学院で人気の美形子息達がこぞって一人の子爵令嬢に愛を囁き、殿下の婚約者の公爵令嬢が諌めては返り討ちにあうという、わたしにはどこかで見覚えのある光景だ。 わたし以外の皆が口を揃えて言う。彼らはものすごい美形だと。 でもわたしは彼らが怖い。 わたしの目には彼らは同じ人間には見えない。 彼らはどこからどう見ても、女児向けアニメキャラクターショーの着ぐるみだった。 2024/10/06 IF追加 小説を読もう!にも掲載しています。

もう、愛はいりませんから

さくたろう
恋愛
 ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。  王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜+おまけSS

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! アルファポリス恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 連載希望のコメントをいただきましたので、 連載に向け準備中です。 *他サイトでも公開中 なろう日間総合ランキング2位に入りました!

ヤンデレお兄様から、逃げられません!

夕立悠理
恋愛
──あなたも、私を愛していなかったくせに。 エルシーは、10歳のとき、木から落ちて前世の記憶を思い出した。どうやら、今世のエルシーは家族に全く愛されていないらしい。 それならそれで、魔法も剣もあるのだし、好きに生きよう。それなのに、エルシーが記憶を取り戻してから、義兄のクロードの様子がおかしい……?  ヤンデレな兄×少しだけ活発な妹

処理中です...