悪役令嬢は腐女子である

神泉灯

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111・黙秘権

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 時刻表を確認。
 次の電車は一時間三十分後。
 さすがは田舎のローカル線。
 本数の少なさを舐めてはいけない。
 俺は 糸 色 望の如く叫んだ。
「絶望した! ローカル線の少なさに絶望した!」
「そのネタは古いでやす」
「いや、マジでどうするんですか。こんな駅舎もない無人駅で、零度の寒さの中、一時間半も。
 暖まる手段が、数々の温かい飲み物しかないですけど。
 おまけに周囲は見渡す限り田んぼと畑だけですし。あと、山。
 スマホも圏外。今のご時世で、圏外のところがあるとは。これじゃ セルニアたちに連絡を取ることもできない」
 春樹さんは申し訳なさそうな表情で頭を下げた。
「申し訳ありやせん。若を御守りするのが、執事たるアッシの勤め。それが、アッシの失態によってこんなことになってしまうとは。謝罪の言葉もありやせん」
 俺は気まずくなる。
「あー、謝らなくても良いっすよ。すぎたことは仕方ありません。今はこの状況を解決する方法を考えましょう」
「ありがとうございます」
「とにかく、この極限状況をどうするかです。防寒施設も なにもない、吹きさらしの無人駅。連絡手段も移動手段もない。
 さて、どうする?」
「そうでやすね。最後の手段として、徒歩による移動を提案をいたしやす」
「歩きですか」
「ここから目的地の旅館まで、徒歩で約一時間ほど。歩いた方が体も温まりやすし、電車が来るよりも速く到着しやす」
 徒歩一時間か。
 体力のないゲーマーの俺にはきついが、確かに不可能ではない。
「わかりました。それが一番よさそうですね。
 しかし、問題があります。
 道は分かるんですか? 周りには、地図を売ってる店とか以前に、建物じたい見当たりませんし、人の姿もありませんけれど。道を聞くこともできません」
「それなら、大丈夫でやす。この旅行の話を聞いた時点で購入しやした」
 春樹さんのポケットから、りりぶ・温泉旅行ガイドが出てきた。
「……春樹さん、今回の旅行、楽しみにしてたんですか?」
「黙秘権を行使します」


 さて、俺達は駅を出た。
 寒い。
 俺はダウンジャケットを電車に置いてきたので、シャツにセータだけ。
 伊藤 春樹さんが、コートを差し出した。
「若はコートを羽織ってくださいやせ」
「いや、良いですよ。それは春樹さんのです。自分は我慢しますから」
「大丈夫でやす。アッシにはこれがありやす」
 コートのポケットから何かをとりだした。
「クマさんフードでやす。頭を温めれば、シャツ一枚分の保温になりやす」
 とても可愛らしいフードだった。
「そうですか。じゃあ、遠慮なくコートを着させていただきます」
 つっこみを入れてはいけない。


 見渡す限り、田んぼや畑が、うっすらと雪化粧で覆われていた。
 収穫期には、きっといろんな食べ物が収穫されるのだろう。
 でも今は、まるで世界の終わりのよう。
 人っ子 一人 見当たらない。
 もっとも、ヤの付く職業と間違われそうな、というか元本職の方が可愛いクマさんフードをかぶっている様を、人が見たらどう思うだろうか?
 そんなことを考えながら、進んで行くと、山の麓に到着した。


「この山を越えれば、目的の温泉旅館に到着しやす。ただ、多少 雪が積もっているので注意してくださいやせ」
「山登りか。死の座礁で基本的な知識はあるんですけど、生で体験するのは初めてです」
「大丈夫でやす。ゲームと違って道は舗装されていやすから」
「とにかく、行きましょう。ロープや はしごや 建築装置などは 必要ないみたいですし」
「湖瑠璃さまがおっしゃっていやしたが、若は時々 ゲームとリアルの区別が付かなくなるという意味を理解しやした」


 そして進む。
 そう言えばセルニアは今頃何しているんだろう。
 俺が置いてけぼりになってしまったことを心配しているだろうか。
 スマホの電波は相変わらず圏外。
「麗華さまのことをお考えですか」
「読心術ですか? まさか高畑くんと同じ超能力者」
「違いやす。神通力をお持ちの巖さまなら可能でやすが、アッシにそんな力はありやせん。
 ただの人生経験からのものでやす」
 春樹さんは神妙な顔で俺に言う。
「麗華お嬢さまは 若のことを心から大切に思っていやす。
 どうか、若も同じ心を、麗華お嬢さまに持っていただきたいのでやす」
 俺は誠実に答えた。
「もちろんです。俺にとって、セルニアは一番大切な女性です」
「その言葉、しかと心に届きやした。ありがとうございやす」


 その時だった。
 ガサリと後ろからなにかの音がした。
 なんだろう?
 俺が振り向くと、
「若!」
 春樹さんが俺を突き飛ばして前に飛び出した。


「ぬぅうううん!」
「フシュウウウ!」


 続く……
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