悪役令嬢は腐女子である

神泉灯

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88・エロモナス

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 七日目。
 アルバイト最終日。
 俺は鳥鍋を作り、氷美に運んだ。
 まだ雪は降っていないが、もう季節は冬だ。
 熱い鍋で体が温まり、栄養も付くだろう。
 氷美は感慨深げに言う。
「あんたも今日で終わりか。良く最後までやれたわね」
「まあな。氷美もこれから大変だろうけど、頑張ってくれ」
「……もしかして、今 起きてる鳳上家の騒動 知ったの?」
「ああ。犬飼さんからじゃないぞ。別ルートから。まさか そんな事情があったなんて。まあ、俺にはなにも出来ないけど、最後の晩飯は気合いを入れて作ったから」
「ありがと。アルバイトの報酬、期待して良いわよ」
「よっしゃ!」


 そんな話をしていた時だった。
 犬飼さんが焦った顔で入ってきた。
「大変です、氷美お嬢さま。鳳上 団十郎さまが お見えになられました」
 氷美は嫌悪の表情で歯ぎしりした。
「美味しい晩ご飯の時間だってのに、飯がまずくなるヤツが来たわね」
 団十郎って、そんな問題のあるヤツなのか?
 どういう人間だ。
「二人とも、わたしから離れないで」
 氷美は普段は見せたことのない怯えがあった。
 そして、その問題の団十郎が姿を現した。


「ぐふふふ、ここに居たか、可愛い子ネコちゃん」
 スケベ親父だ。
 見るからに身も心も変態スケベ親父だ。
 氷美は睨んで、
「何しに来たの?」
「決まっているだろう。例の話の答えを聞かせてもらいに来たんだ」
「断るに決まってるでしょ!」
「そんなこと言って良いのか? わしは鳳上家の当主になるのだぞ」
「まだ決まってないわ」
「もう決まったも同然だ。そして 当主のわしの一声で、母親の治療費の援助を打ち切りに出来る。しかし、わしの物になれば、母親は治療を受け続けることが出来るのだぞ。ぐふふふ」
 俺は愕然として、団十郎氏に聞いた。
「ま、まさか、あんた 氷美を性処理させる奴隷にするとかって話をしてるのか!?」
「ほう、まだ若いのに理解が早いのう。その通りだ。わしの性奴隷になれと話している」
「あんた 本気なのか!?」
「そうとも、じっくり調教してやろう。わしがなくては居られない体にし、身も心も快楽で溺れさせてやるわい。ふひひひ」
「そんなことが許されると思ってるのか!? 氷美は嫌がってるんだぞ!」
「だから なんだ? わしの言うことに口を挟む権限など、執事 如きにあるわけもなかろう。黙っておれ」
「このバカ野郎!」
 俺は怒りにまかせ、団十郎氏を殴りつけた。
「ぶぼぉっ!」


 氷美は青ざめる。
「ちょっと あんた! なにしてるの! これは私の問題よ! あんたが そんなことする必要なんて無いんだから! 早まらないで!」
「ダメだ! 氷美! 言わせてくれ! このクソ親父には言ってやらなきゃダメなんだ!」
 団十郎氏はワナワナと体を震えさせる。
「き、貴様、わしを殴りつけおって。どうなるかわかっておるのか!?」
「わかってないのは あんただ! あんたはなにも分かっちゃいない!」
 氷美は少し感動した瞳で呟く。
「あんた、そこまで私を心配してくれているの……」
 対照的に団十郎氏は怒りで震えている。
「なにがわかっていないというのだ? わしは鳳上家の当主となる。鳳上家のすべてはわしのもの。つまり その娘もわしの物だ」
「だから分かっちゃいないんだ! 無理矢理はダメなんだ! 主従関係は合意の上でないとダメなんだよ! 愛がないと性奴隷にならないんだ!! それなのに無理矢理 性処理させるなんて あんた なにも分かっちゃいない! 真の性奴隷が なんたるかを俺が教えてやる!!」
 氷美がなんとも言えない表情で、
「あのさ、なんか話がおかしな方向に行ってない?」
「いいや! なにも おかしな事は無い! 真の主従プレイという物をこの変態スケベ親父に教えてやるんだ!」
 団十郎氏は怪訝に、
「真の主従プレイ?」


「ストレートに指摘するぞ! テメェ!童貞だな!」
「ギク ギク ギックーン!!」
「やっぱりな」
「な、なぜわかったんじゃ?」
「テメェの話は明らかにイニシャル・エーブイなどのフィクションを元にしているからだ。だから すぐに嘘だと分かる。
 いいか、ハッキリ言おう! 女が調教とかで 感じているとか イッたとか 快楽落ちするとかは、全部 演技だ!」
「な! なんじゃと!? アレが演技だというのか!?」
「女は実は男ほど気持ち良くなってはいない。そういう演技をしているんだ」
「な、なぜ そんな演技をするのだ?」
「それは、愛だ!」
「あ、愛?」
「そう。イヤよイヤよも好きのうちというやつだ。
 愛があるから男の喜ぶ演技をしてくれる。愛があるから性処理してくれる。愛があるから気持ち良くなっている振りをしてくれ、愛があるからイッた振りをしてくれる。
 そう言う演技をしてくれているのは、瞳がハートマークになるくらい愛してくれているからだ。
 愛がなければそう言うプレイは出来ない。
 そうして性奴隷は、いやん ご主人様の エロモナスとか 言って色々プレイをしてくれるんだ!
 テメェはその辺のことをまるで分かっちゃいないんだ!」
「……な、なんということだ。そこまで奥が深い物だったとは……」
「これを機に勉強し直すんだな」
「それほどまでに詳しく知っているお主は、経験者なのか?」
「いいや、俺も童貞だ。しかし、来たる日に備えて勉強は欠かしていない」
「ふ、そうか。わしは勉強不足だったようだ。わしは心を入れ替えて女心を勉強し直そう。
 若者よ、言わせてくれ。お主は童貞かもしれん。しかし、心の経験者だ」
 団十郎氏の瞳には、ある種の清々しさがあった。
 もはや変態スケベ親父ではない。
 変態紳士に生まれ変わったのだ。
「さらばだ、心の経験豊富な若者よ」
「また会おう、オッサン」
 こうして、変態紳士との友情を胸に、俺達は別れを告げた。


 こうして俺は鳳上 氷美の窮地を救った。
 振り返れば、氷美は きっと尊敬の眼差しを向けていることだろう。
「これで大丈夫だ、氷美。あのオッサンは もうこれ以上つきまとったりしない」


 氷美は俺に、心底 軽蔑した侮蔑の眼差しを向けていた。


「……あの、氷美? どうして そんな目で俺を見るの?」
「話しかけないで。汚らわしい」
「えっと? 氷美?」
「気安く名前で呼ばないでくれる。あんたに名前で呼ばれると汚れるから」
「あの、なんていうか、年頃の女の子には刺激が強かった話みたいだね。それじゃ、俺のアルバイトは今日で終わりだし、お給料貰って帰ろうかなー、なんて」
「あんたの報酬は慰謝料として私が貰っとくわ。あんたの汚らわし話で私の心が傷ついたから、全額 私が受け取るわよ」
「え!? いや、あの、犬飼さん」
 俺は犬飼さんに助けを求める眼を向けたが、
「残念ですが、フォローしようがありませんな」
 そして氷美は、
「じゃあ、さっさと帰ってくれる。館から今すぐ出て行って。汚らわしい。ぺっ」
 と 床につばを吐きかけて去って行った。
 そして犬飼さんも、
「では、お引き取り願いましょうか」
「……はい」


 俺のアルバイト生活は、一週間ただ働きした結果に終わった。
 なお、鳳上家の当主は、氷美に決定したと聞いたけど、俺には完全に関係が無くなったのだった。
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