悪役令嬢は腐女子である

神泉灯

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72・くっせえわ

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 その日の放課後、宮と文化祭定例会議が終了した。
 六時を回っている。
「いやー、今日も疲れたね」
「そうだなー。でも あと少しだ。今週の日曜日はついに松陽祭。それまで踏ん張ればあとは楽しい祭り」
「そうだね。あ、そうだ。ちょっと頼みがあるんだけど」
「なんだ?」
「欲しいCDがあるんだけど、近くにレコード店ってあるの?」
「松陽商店街にあるけど。通販とかは?」
「待ちきれないのよ」
「なるほど、分かった。俺が案内するよ」
「ホント!? ありがとー」
 というわけで、宮をレコード店に案内することになった。


 松陽商店街に向かう途中、俺と宮は話をする。
「ところで宮って、なんのCD買うんだ? やっぱりピアノ関係?」
「違うよ。エンジェル・プリンスっていうアイドルグループ。可愛い男の子の歌声に癒やされるのよね」
 あれ、それって……
「それなら上永先生が好きだぞ」
「へー、そうなんだ。なら話で盛り上がりそう。君はどんな曲聴くの?」
「俺 あんまり音楽聴かないからなー。ヨウツベでバズったヤツを聞くくらい。例えば くっせえわ とか」
「違うよ。くっせえわ は違うよ。うっせえわね、うっせえわ」
「ああ、そうだった」
 という、何気なく自分の頭の弱さを暴露してしまったような気がする会話をしながら、松陽商店街に到着した。


 甘い香りが漂ってきた。
 宮が麻薬中毒患者の如き形相で、
「こ、この匂いは、サーターアンダギー」
 どうやら近くでサーターアンダギーの屋台が出ているようだ。
「それって沖縄のドーナツのことだっけ」
「違う!」
 宮が全力で否定してきた。
「え? 違うの?」
「ぜんっぜん 違うわよ! ドーナツとサーターアンダギーは全くの別物! 似て非なる物だー!!」
 なんか物凄い力説している。
 たぶん沖縄民の譲れないこだわりなんだろう。
「えっと、そうなんだ。じゃあ、一つ買っていこうか?」
「う、それは、そのー……」
 なにやら目が泳ぎ始めた宮。
「どうした? 食べたいんだろ」
「いやー、なんていうか、その……」
 宮は急に遠くを見る眼をした。
「夜更かししたときの夜食って、どうしてあんなに美味しいんだろうね。罪の味は蜜の味ってことかな」
「なるほど。体重が増えたんだな」
「そうなのよー!」
 頭を抱える宮。
「というわけで、今回は我慢するわ。我慢よ、我慢」
 宮は修行僧のように誘惑を振り切りながらレコード店を目指したのだった。


 そしてレコード店に到着。
「あるかなー、エンジェル・プリンス」
 と鼻歌交じりで探し始め、俺も探すのを手伝う。
 俺はすぐに発見した。
「おーい、これじゃないか?」
「お、どれどれ」
 俺はCDを手にしようとし、そして宮もCDを手にしようとして、手と手が触れるという、ラブコメの定番をしてしまった。
「うあ……」
 なんか、赤面してしまった。
 セルニアの手もそうなんだけど、女の子の手って、どうしてこんなに気持ちいいんだろう。
「どうしたの?」
「い、いや、手が触れたから、その……」
 宮はニヤッと意地悪い笑みを浮かべた。
「えー、なに? 手が触れただけで意識しちゃってるのー。君って意外と純情だねー。可愛いー」
 そして宮は俺の手を握ると、さらに両手で触り始めた。
「ホーレホレ。どう? 恥ずかしい? 気持ちいい? ホーラ、サワサワサワー」
「だ、だめぇ……いやぁ……ラ、ラメェエエエ……」
「ニヒヒヒ」


 という、アホなことをしてCDを入手した。
 宮がレジにCDを持って行き、俺は入り口のところで待つことにした。
 すると、不意に俺のズボンの裾を誰かが引っ張ってきた。
 見ると、五歳くらいの男の子がいた。
「どうした? 君、一人? お母さんかお父さんは?」
「……ママ?」
「そうだよ、ママと一緒じゃないのか?」
「ママ……ママァ……ママどこー!」
 といきなり泣き出した。
「うぇえええん」
 どうやら迷子らしい。
 たまたま目に付いた俺の裾をわけも分からず引っ張っただけで、しかも俺が母親のことを聞いたから、独りぼっち状態だと言うことを自覚させてしまった。
 なんとか泣き止ませないと。
「わかったわかった。とりあえず俺を見ろ。俺を見るんだ」
「み、見る」
「いない いない、バーバリアン」
「ビェエエエエエン!」
「あっちむいて、ホルスタイン」
「ウッギャアアアン!!」
 ダメだ!
 俺の渾身のギャグは、むしろ火に油を注ぐ結果となってしまった。
 周りからは、児童虐待の疑いの眼が向けられている。
 このままでは、お巡りさんが呼ばれてしまうことに。
 どうしよう?


「どうしたの?」
 宮がレコード店から出てきた。
「その男の子、トラウマになりそうなくらいの恐怖体験したみたいな泣き方してるけど」
「宮、どうすれば良い? この子、迷子みたいなんだけど、泣き止まないんだ」
「あー、迷子ね。分かった、私に任せて」
 宮はカバンを俺に渡すと、子供の頭を撫で始める。
「ほーら、良い子 良い子。泣かない 泣かない」
 宮は慈愛の瞳で語りかける。
「ううぅ、えぐえぐ……」
 お、静かになり始めた。
「そう、良い子ねー。安心して、お姉ちゃんがお母さんを見つけてあげるから」
 と、優しく抱きしめた。
「……うん、ありがとう、お姉ちゃん」
 おお、泣き止んだ。
 なんか、普段は元気いっぱいの宮の母性本能が炸裂したという感じだ。
「とりあえず、迷子センターとかってある?」
 俺に聞いてきたので、
「ああ、近くにある」
「じゃあ、サーターアンダギー買ってあげて、そこへ連れて行こう」


 そして俺はサーターアンダギーを三つ買い、それを三人で食べながら迷子センターで一緒に母親を待つ。
 そして二十分後、母親が来た。
「本当にありがとうございます」
 母親が頭を下げてお礼を言う。
「いいんです。気にしないで」
「そうッスよ。これくらいお安いご用です」
 男の子は、
「お姉ちゃん、お兄ちゃん。ありがとー」
 と明るい笑顔になった。
 そして宮に、
「お姉ちゃん、僕が大きくなったらお嫁さんになってー」
「あらー、おませさんねー」
 宮は軽く受け流していた。


 二人の姿が見えなくなった。
「宮って子供の扱いが上手いんだな」
「私、長女なんだ。弟や妹が七人も居てね。だから子供の扱いには慣れてるんだ」
「そうなんだ。賑やかそうな家族だな」
「まあね。ちょっと落ち着かないけど、でも 寂しくはなかったな」
「ん? 今は違うのか?」
「ここには一人で引っ越してきたの」
「どうして?」
「ピアノの関係で。上永先生にどうしても直接 習いたくて、無理言って転校させて貰ったんだ」
「上永先生に習いたい? なんでまた?」
「知らないの? 上永先生って、音楽大学首席で卒業してるんだよ」
「……マジ?」
「マジ」
「知らなかった」
 あのダメ教師が、首席で卒業。
「音楽界じゃ、期待の若手ピアニスト。百年に一人の逸材とかって言われてるの。ピアノじゃ凄い人なんだよ」
「……ちょっと、想像できない」
 普段の痴女っぷりからは不可能だ。
「まあ、私も直接 会って、上永先生の普段の様子を知ってビックリしたけど」
「うん、夢が崩れたんじゃないといいんだけど」
「でも、ピアノを聞かせて貰ったんだけど、やっぱり凄かった。私はもちろん、吉祥院さんでも、足下に及ばないと思う」
「そんなに凄いのか?」
「凄かったよ。あの人に指導して貰えば、私はもっともっと上達する。そう思えるんだ」
 宮の瞳には、ピアノへの情熱に溢れていた。
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