悪役令嬢は腐女子である

神泉灯

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46・ゴートゥー

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 吉祥院 権造さん 率いる ブラックドック突入事件から三日後、俺はセルニアの部屋にいた。
「玄関の修理は終わったよ」
 俺はセルニアに報告する。
「本当にごめんなさい。お父さまの暴走で、貴方のお家が」
「いや、もういいんだ。玄関は新品同然になったし」
 ブラックドックが破壊した玄関は、吉祥院 権造さんが弁償し、話はついた。
 そしてセルニアのほうでも、話は付いた。
 セルニアの腐女子を認めることになったのだ。
 変な日本語になっているけど、とにかくOKになった。
 お父さんは 本心では快く思ってないのは明らかだけど、しかし 自分の考えが今の時代感と乖離しているとは理解していたらしい。
 だから、自分を変えることはできないが、セルニアを変えようとするのは止めるとのこと。
 新しい時代を生きる若者たちの考えを尊重するとのことで。
  そして、セルニアの部屋に隠されていたBL本は全て表の棚に出されていた。
 まあ、元々そんなにたくさんあるわけじゃないけど、これで家では隠しておく必要は無くなったのだ。
 本当の自分を隠すことなく生きられる。
 それが これからの時代で生きていく人たちが求めていることだ。
 そしてセルニアは、少なくとも家族には隠しておく必要は無くなった。
 学校では まだ公言する勇気は無いけれど、いつか隠しておく必要がなくなると良い。


 あと、上永先生だ。
 あの時の騒動で、セルニアが腐女子だと言うことを知ったのだ。
 まあ、上永先生の前で あれだけ話したのだから、分かるに決まっている。
 しかし 上永先生は、
「もちろん秘密にするわよぉーん。人間 誰にでも隠し事はあるわよねぇーん。先生にもぉ、色んな秘密がぁ、たくさんあるしぃ。あんなことやこんなことやそんなことな秘密がたぁっくさぁん。
 というわけでぇ、先生に秘密を知りたくなぁいぃ? 二人っきりで教えてあげるわよぉん」
 とか俺を誘っていたが、全力で断らせていただいた。
 まあ、とにかく秘密にしてくれるとのこと。
 アレでも教師だ。
 生徒の秘密は守るだろう。
 ……たぶん。


 セルニアは俺に一冊の本を出した。
「実は今日お呼びしたのは、事後報告だけではありません。
 この本を一緒に読んで欲しいのですわ」
 セルニアがファンの先生が、新しい本を出したそうだ。
 それも一般向けで。
「この先生が、初めてBL以外のものを描かれることに挑戦しているそうです。もちろんBL要素も少しはあるそうですが。
 どうでしょうか? 朝倉海翔さん という素敵な幼馴染みのいる 貴方にも、大丈夫だと思うのですが」
 いったい なにが大丈夫なのか、ちょっとツッコミたくなったけど、やめておいて、俺は了承した。
「もちろんOKだ」
 そして俺たちは同じテーブルで肩を寄せ合って本を読み始めた。


 内容は現代能力者アクションバトル物。
 作者によれば、一度 こういうものに挑戦したかったとか。
 ゲーマーの俺から見て面白く、まだ一巻目だけど、これから先の展開に期待できそうだった。
 そして、ふと 俺は 昔のことを思い出した。
 小学生の頃、こうして女の子と一緒に公園でマンガを読んだときの記憶。
 一人の女の子が悲しそうに泣いていて、だから俺は話しかけたのだ。
 何を話したのかは覚えていない。
 ただ俺は一生懸命 女の子を慰めた。
 そして、その時 持っていたマンガを一緒に読んだ。
 姉の玲に頼まれて買ってきたマンガを女の子と一緒に読んだのだ。
 女の子は凄くキラキラした瞳で夢中になって読んで、すっかり泣き止んだ。
 俺はそれが嬉しくて、そのマンガを女の子にプレゼントした。
 女の子は宝物のように抱きしめて、そして帰ったのだった。
 懐かしいな。
 あの女の子、今はどうしてるんだろう?


 セルニアが俺に瞳を向けてきた。
「このマンガ、とても面白いですわ。貴方もそう思いませんこと」
 セルニアはキラキラした瞳で俺に聞いてきた。
「ああ、とても面白いよ」
 答える俺は、ふと デジャブを感じた。


 ……あれ?


 ちょっと待て。
 そう言えば 以前、 セルニアがBLにはまった きっかけを話してくれたよな。
 夜の学校に忍び込んだときに教えてくれた。
 親と喧嘩して、家を飛び出して、公園で泣いているときに、男の子が慰めてくれた。
 で、その男の子が持っていた、姉に頼まれて買ったというBLマンガを一緒に読んで、それで腐女子になったと。
 そして 男の子は、そのマンガをセルニアにプレゼントしたとか。
 さて、俺の小学生の頃の記憶では、俺は公園で泣いている女の子を慰めて、姉の玲に頼まれて買ったマンガを一緒に読んだ。
 でもって、それを女の子にプレゼントした。
「セルニア、ちょっと失礼するよ」
 俺は いったんマンガを読むのを止めて、棚に置いてある、セルニアが男の子からプレゼントされたという本を手にした。
 セルニアは怪訝な表情で、
「どうされました?」
 俺はそれに答えず、本の表紙を凝視した。


 ……あの時の本と同じ表紙だ。


 そうだよ。
 そういえば、玲も腐女子だ。
 俺に頼んだ本もBL物だったんだ。
 でもって、セルニアの話と俺の記憶は完全に一致している。
 そして本も同じ。
 つまり……


 俺はセルニアに笑顔で答えた。
「なんでもないんだ、セルニア。さあ、マンガの続きを読もうじゃないか」
「なんだか なにかを全力でごまかすような 不自然なまでに素敵な笑顔で あまつさえ汗が滝のように出ていまして 体も物凄まじく震えていて 不信感 全開ですが、まあ わたくしの気のせいですわね」
 セルニアは 気付いているのに 全く気付いていない。
 俺は それに乗じて、何事もなかったかのように、セルニアと一緒に マンガの続きを読んだが、全く頭に入らなかった。


 やべぇ。
 これ、メチャクチャ やばい。
 権造さんに あんな偉そうなこと言っておいて、実はセルニアを腐女子にしたきっかけが自分だってことが知られたら……


 ゴートゥー・マリアナ海溝。


 この秘密、誰にも知られないようにしなければ。
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