悪役令嬢は腐女子である

神泉灯

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32・褐色美少女

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 セルニアの控え室に来た。
 部屋の前には猪鹿蝶さんがいた。
「お久しぶりでやす。中で麗華お嬢さまがお待ちしておりやす」
 そして中に入ると、ドレス姿のセルニアがいた。
「来てくださったのですね」
 喜ぶセルニアは、物凄くキレイだった。
 ウェディングドレスを彷彿させる、薄い桃色のドレスは、腕が肩まで露出していて、胸が少し強調されているようなデザイン。
 ただでさえ大きい胸の攻撃力が、さらにアップしていた。
 それなのに、清楚かつ優雅さを損なわない、見事なデザインは、セルニアの魅力を格段に引き上げていた。
「……あ……う……」
 咄嗟に言葉が出ない。
「どうされました?」
「……い、いや……あの……」
 湖瑠璃ちゃんがクスクスと笑って、
「お兄さまは お姉さまに見とれているのです」
「ふえっ!?」
 セルニアは吃驚して顔を赤くし、
「そ、そうなのですか? わたくしに、見とれているのですか?」
「……えっと、その……」
 やべぇ。
 マジで言葉が出てこない。
 俺は顔を赤くしているのを自覚して、俯くしかなかった。
「そ、そうですか」
 セルニアは理解したのか、彼女も顔を赤くして俯いてしまった。
 湖瑠璃ちゃんが俺たちの様子を見て、
「あらあら。お姉さまの緊張を解して貰いたかったのですけど、ますます緊張させてしまいましたね」
 と からかった。


「では、わたしは外に出ていますね」
 湖瑠璃ちゃんが外に出てセルニアと二人になった。
「そ、それでなんか緊張しているから、リラックスさせて欲しいって聞いたんだけど」
「ええ、その、緊張しているといいますか、曲の練習を聞いていただきたくて」
「聞くだけで良いのか?」
「はい、聞いていただくだけですわ」
「わかった」
 俺が了解すると、セルニアは早速 練習を始めた。
 その曲は優雅で洗練され、音楽に疎い俺でも凄いことが分かる。
 さすがは世界トップクラスだけはある。
 しかし、不意にセルニアは、
「あれ? なんだか違いますわね」
 と 呟き、同じパートを繰り返し始めた。
「やっぱり違う。おかしいですわ」
「セルニア、どうしたんだ?」
「それが、曲のイメージと、弾いた音のイメージが一致しなくて。すみませんが、バッグをとっていただけますか」
 端に置いてあった小さなバッグを指差した。
「これか。はい」
 俺が渡すと、セルニアはバッグの中から楽譜を取り出した。
 そして、
「ああっ!?」
 おかしな声を上げた。
「どうした?」
「どうしましょう? 楽譜を間違えて持ってきてしまいましたわ」
 セルニアは泣きそうな顔になっている。
「楽譜がないとまずいよな」
「いえ、暗譜しているので問題はありませんの。ただイメージが噛み合わないだけで」
 それは結局まずいってことだ。
「セルニア、楽譜のタイトルはなんだ?」
「それは……」
 セルニアから楽譜のタイトルを聞き出すと、
「よし、ちょっと待っててくれ」
 俺は控え室を飛び出した。
「え!? あの どこへ?!」


 俺は隣の控え室のドアをノックした。
 忘れ物対策の古典的手法。
 人から借りる。
「はーい、どなたですかー?」
 中から明るい調子の、イントネーションにクセのある声が返ってきた。
 日本語だ。
 コンクールの参加者は海外の人がほとんどだったから、日本人に出会えるとは思っていなかったのだけど、ともかく 日本語が通じるのなら 好都合。
 なぜなら 俺は、英語の成績は問題ないけど、発音がカタカナだから。
「すいません。俺、隣の参加者の知人なんですけど、ちょっと問題が発生しまして、助けて欲しいんです」
「問題発生? どうしたの?」
 そして中の人はドアを開けてくれた。
 俺と同じくらいの年齢の、褐色の肌をした、黒髪黒目の美少女。
 髪をツインテールにしていて、活発な印象を受けた。
 この人、日本人じゃなくて、たぶん東南アジアの人だ。
 そういえば 東南アジアって、何気に日本語を話せる人が多いって聞いたことある。
 クセがあるのは訛りか。
 ともかく、言葉が通じるんだから問題はない。
「実は、コンクールで弾く曲の楽譜を間違えて持ってきてしましまして、もし 持っていたら貸して欲しいのですが」
「いいよ」
 褐色美少女は軽い調子でOKしてくれた。
「え? いいんですか?」
「なに? 貸して欲しいから頼んできたんじゃないの?」
「いえ、コンクール出場者なら、ライバルに手を貸すのは渋るだろうと思っていたから」
「楽譜 貸した程度で負けるようじゃ、わたしの実力は その程度ってだけのこと」
 割り切った考えの持ち主だ。
 そして、それだけ自分の実力に自信があるのだろう。
「ところでさ、お隣って 吉祥院さんでしょ。君、兄弟か親戚? でも 顔、似てないよね。もしかして 恋人? ヒュー、やるねー。あの 吉祥院さんを射止めるとはねー。この このー」
「否定はしない。しかし 違う。でも否定はしない。否定しませんとも」
「なるほど。まだ 恋人じゃないけど、狙ってはいるわけね」
「その通り」
「じゃ、愛しの彼女の心を掴むために、早く持って行ってあげて」
「ありがとう」
 こうして俺は楽譜を借りることに簡単に成功した。
 そして、俺は彼女のフレンドリーさにつられて、いつの間にか ため口になっていたことに気付いたのは、後になってからだった。
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