悪役令嬢は腐女子である

神泉灯

文字の大きさ
上 下
9 / 168

9・ちょっと待って

しおりを挟む
 その帰り道、俺は疑問に思っていたことを聞く。
「なあ、吉祥院さんはなんで腐女子になったんだ?」
「そうですね。きっかけはやはりアレだったと思います」
「アレ?」
「はい。六年以上前のことなのですが、わたくし 父とケンカして、近所の公園で泣いていたんです。
 お友達と遊ぶ約束をしていたのに、ピアノのお稽古のせいでダメになってしまって。
 わたくしには その時が、お友達に家に遊びに誘ってもらったのが初めてで、すごく楽しみにしていましたの。それなのに突然 海外から特別講師が来るから、遊びに行くのを断ってきなさいと。
 でも わたくしは友達とどうしても遊びたくて、それで父とケンカになって、家を飛び出して、誰もいない公園で一人でしくしくと泣いていましたわ。
 そんな時です。あの人が声をかけてくださったのは」
 思い出すように、吉祥院さんはどこか遠くを見るような目になった。
「その方は泣いているわたくしを、とても一生懸命に慰めてくれました。
 あの時のことは今でも忘れられません。
 そして、その時に その方が偶然 持っていて、わたくしに読ませてくれたのが、この作者の同人誌でしたわ」
「ちょっと待って」
 俺は思わず制止した。
「どうされました?」
「その女の人、何歳なの?」
 年齢によっては通報しなくてはならない。
 時効とかそんなことは関係ない。
 十歳の女の子に薄い本を見せるとはいったい何事か。
「あの人は、当時のわたくしと同じ年だったと思いますわ。それに女性ではありません。男の子です」
「ますます ちょっと待って」
「ますます どうされました?」
「その男の子は十歳くらいなのにBLの薄い本を持ってたの?」
「その通りです。
 その方は内容が美少年同士であることを理解されていなかったようですが、姉に頼まれたとかと言って、アニメショップで購入されたそうです。
 そして、その方と一緒にその本を読んだ時、わたくしは衝撃を受けました。
 美少年同士の恋愛がこんなにも素敵なものだとは。
 そして、すぐ側にいる男の子が、美少年同士だと全く気付かずに読んでいるというシチュエーションにも。
 ああ、あの方はもう気付いてしまったのでしょうか? 気付いたのなら目覚めたのでしょか? お目覚めになられてしまったのでしょうか!?
 わたくしはそう考えるだけで もう……もうっ! ぐへへへへへ……」
 思い出しただけで言葉を失うほど感極まっている吉祥院さん。
 吉祥院さんのダメ人間な要素が次々と見えてくる。
「ともかく、あの時のことがきっかけでわたくしはBLにはまったのですわ」
「……そ、そうなんだ」
 なんか 頭痛が痛い。


「わたくし、貴方にこの趣味を知られた時、もうおしまいだと思いましたわ」
「おしまい?」
「きっとドン引きするだろう。馬鹿にするだろう。みんなに言いふらすだろう。そう思ったのです」
「ヒドッ。俺をそんな風に思ってたんだ」
 ちょっと怒った風に言ってみる。
 吉祥院さんは笑って、
「ごめんなさい。あの時はまだ貴方のことをよく知らなかったので。同じクラスですが、お話ししたこともありませんでしたから。
 というより、男の人とお話をしたこと自体あまりなくて。貴方のことも少し怖かったのです」
「男と話をしたことがない?」
 吉祥院さんが?
 学校中の男子たちが吉祥院さんとお話ししたくてウズウズしているのに。
「男子はわたくしに対してよそよそしくて。女子のようには積極的に話をしてくれないのです。
 貴方もそうでした。
 いつもわたくしのことを見ているのに、話しかけることはありませんでしたわ」
「あ、いや、それは」
 乙女ゲームの悪役令嬢だから気になっていたとは言えない。
 それに話しかけようにも、高貴で優雅で完璧な令嬢だから、気後れしたというか。
 ……他の男子も、気後れしてたのか?
 吉祥院さんが続ける。
「そういうわけで、あの時はもう本当におしまいだと思ったのですわ。
 BL本と共に逃避行に走ろうかと思ったくらいで。
 ですが、わたくしの認識は間違っておりました。
 貴方は約束通り沈黙を守ってくださいましたし、わたくしの趣味をバカにすることもなく、普通に接してくださいました。
 それどころか何度も助けていただいて。
 今も貴方がいなければどうなっていたことか。
 貴方を信じることができなかった自分が恥ずかしいですわ。
 わたくし、貴方には本当に感謝しております」
 そして吉祥院さんは俺に、
「貴方に心からの感謝を」
 スカートの裾を指でつまんで頭を下げた。
 それはまさしく貴族の令嬢がするポーズで、吉祥院さんがすると物凄く様になった。


 校門を出たところで、吉祥院さんはもう一度頭を下げた。
「今日は本当にありがとうございます。
 貴方のおかげで本当に助かりました。
 それに不穏当かもしれませんが、少し楽しかったです」
 楽しかった。
 確かにその表現は不穏当かもしれないけれど、不適当ではないと思う。
 だから俺も笑顔でこう返した。
「どういたしまして。俺も楽しかったよ、吉祥院さん」
「あの……セルニアと」
 恥ずかしそうに、改まって吉祥院さんが言った。
「わたくしの呼び名のことなのですけれども、吉祥院さん、というのはとても他人行儀ではありませんか。
 自習する幽霊に共に立ち向かい、死線を乗り越えた仲ですわ。
 戦友として、名前で呼んで欲しいのです」
 吉祥院さんの表情は真剣だった。
 真実は墓の中まで持って行こう。
 俺はそう決心し、その申し出を受け入れることにした。
「わかった。セルニア」


 彼女はすごく嬉しそうな心からの笑顔になった。
 悪役令嬢だとは思えないほど明るい笑顔だった。


 こうして、俺と吉祥院・セルニア・麗華の奇妙な関係が始まった。
 なお、俺は家に帰った後、セルニアが抱きついてきた時の感触を思い出してしまい、またオッキして寝付けず、学校の時の妄想で三回も抜いてしまった。
 賢者タイムに入った後、自己嫌悪でしばらく眠れず、枕を涙で濡らした。
 ごめんなさい、吉祥院さん。
 君を心の中で汚してしまったよ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

【完結】結婚式前~婚約者の王太子に「最愛の女が別にいるので、お前を愛することはない」と言われました~

黒塔真実
恋愛
挙式が迫るなか婚約者の王太子に「結婚しても俺の最愛の女は別にいる。お前を愛することはない」とはっきり言い切られた公爵令嬢アデル。しかしどんなに婚約者としてないがしろにされても女性としての誇りを傷つけられても彼女は平気だった。なぜなら大切な「心の拠り所」があるから……。しかし、王立学園の卒業ダンスパーティーの夜、アデルはかつてない、世にも酷い仕打ちを受けるのだった―― ※神視点。■なろうにも別タイトルで重複投稿←【ジャンル日間4位】。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜+おまけSS

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! アルファポリス恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 連載希望のコメントをいただきましたので、 連載に向け準備中です。 *他サイトでも公開中 なろう日間総合ランキング2位に入りました!

今、目の前で娘が婚約破棄されていますが、夫が盛大にブチ切れているようです

シアノ
恋愛
「アンナレーナ・エリアルト公爵令嬢、僕は君との婚約を破棄する!」  卒業パーティーで王太子ソルタンからそう告げられたのは──わたくしの娘!?  娘のアンナレーナはとてもいい子で、婚約破棄されるような非などないはずだ。  しかし、ソルタンの意味ありげな視線が、何故かわたくしに向けられていて……。  婚約破棄されている令嬢のお母様視点。  サクッと読める短編です。細かいことは気にしない人向け。  過激なざまぁ描写はありません。因果応報レベルです。

婚約破棄、ありがとうございます

奈井
恋愛
小さい頃に婚約して10年がたち私たちはお互い16歳。来年、結婚する為の準備が着々と進む中、婚約破棄を言い渡されました。でも、私は安堵しております。嘘を突き通すのは辛いから。傷物になってしまったので、誰も寄って来ない事をこれ幸いに一生1人で、幼い恋心と一緒に過ごしてまいります。

処理中です...