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一章

127・正義は勝つのよ!

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 私の渾身のパンチで玉座まで吹っ飛んだバルザック。
「……あ……あが……」
 手ごたえからして顎が割れているはず。
 脳震盪も起こしている。
 だけど、それでもバルザックは玉座の肘かけに手を乗せて立ち上がろうとしている。
「お、おのれ……これきしのことで……
 妾は負けぬ……負けるわけにはいかぬのだ……民草を……皆を助けなければ……妾が負けてしまえば……また、多くの民草が、死に追いやられる……
 これ以上、人間に無辜の民を殺されて、たまるものかあ!」
 執念とも言える強い信念で、バルザックは立ち上がった。
 でも、それも一呼吸だけの事。
「……あぁ……」
 足腰の力が入らずに、再び倒れる。
 私はバルザックが落とした神銀の剣カリバーンを拾い、彼女に突きつける。
「諦めなさい、バルザック。貴女の負けよ」
 バルザックは憎悪の目を向ける。
「そんなこと、認めるものか……妾は負けぬ……多くの命を妾は背負っているのだ……負けるわけにはいかぬ……」
「貴女の負けよ。私たちと戦う前から貴女は負けていた。貴女が憎む、邪悪な人間と同じやり方をした時点で、貴女は敗北していたのよ」
「ならば……ならばどうすればよかったというのだ?! 罪なき者が虐げられ死に追いやられるのを黙って見ていればよかったと言うのか!?」
「諦めなければよかったのよ! 貴女は諦めずに人間と和平を結ぶ努力をし続ければよかったの!
 貴女は前世で人間だった。なら人間の友達もいたはず。その人たちは貴女のことが好きで信頼していたはずよ。そして貴女もその人たちが好きで信じていた。
 友達を信じるように、善良な人間の心を信じればよかったのよ! 正義を信じる人たちの力を信じればよかったのよ!
 貴方は邪悪な人間と同じやり方をした。それは善より悪が強いと思ったからでしょう。
 でも、それは違う。
 悪より善の方が強い!
 知ってるはずよ!
 正義は勝つのよ!」


 魔王バルザックは呆気にとられたような顔になった。
 そして次には笑い出す。
「ハハハ……フハハハハハ……」
 バルザックは玉座に力無く座る。
「おまえはあの者に似ているな」
「あの者?」
「妾が人間だった前世の友だ。おまえは前世の友に似ている。
 あの者もおまえと同じ信念を持っていた。誰よりも正義を信じ、それを貫こうとした。
 だがあの者は、邪悪な人間に殺された。なんの非もなかったと言うのに、ただそこにいただけで、車で轢き殺された。
 それだけではない。殺した人間は罪に問われなかった。裁判で無罪となったのだ」
 無罪って?
「それは日本での話よね。日本で人を殺して、無罪になったの?」
「そうだ」
「どうして?」
「あの者が、ゲームが好きだったからだ。俗に言う、ゲームオタクなのだ。妾もゲームオタクだった。
 それが無罪の理由だ」
 ゲームオタクだから、犯人は無罪?
「なによ、それ? どうしてそれが、犯人が無罪になる理由になるのよ?」
「犯人はこう主張した。自分は信号を確かめて車を運転していた。そこにスマホゲームに熱中して歩いていたあの者が、赤信号に気付かずに、横断歩道を渡ってきた。ブレーキを踏む暇もなかったと」
「それで無罪になったの」
「そうだ」
「でも、違うのね。貴女の友達はその時ゲームをしてなかった」
「当然だ。あの者は歩きながらゲームをするなどと、そんな危険なことなどせぬ。歩きながら音楽を聴くこともしなかった。周囲の状況がわからなくなるからと言ってな。
 それに、あの者はスマホゲームの類が嫌いだった。小さな画面では迫力がなく、それをいじっていると苛立つからと。だから、そもそもあの者はスマホにゲームを入れていなかったのだ」
「貴女はそのことを裁判で証言したのに、それでも無罪になったのね」
「そうだ。オタクは空想に浸っているので嘘が上手い。だからオタクの証言は信憑性がないとな。
 それなのに、あの者がゲームオタクだという部分だけ採り上げられ、スマホゲームをしていた証拠とされた。
 裁判官も、轢いた犯人の方に同情的だった。不注意なオタクなどによって健全な若者の未来が潰されようとしていると。
 そして犯人は無罪になった。
 そればかりか、被害者であるはずの妾の友のほうが糾弾され、それは家族にまで及んだ。
 娘の不注意で死んだのに、その責任を人になすりつけ、無実の人間を犯罪者に仕立て上げようとした、とな。
 実家に嫌がらせをする者が連日、来るようになった。事件とは無関係な者どもだというのに、正義面してあの者の家族を責め立て続ける。
 そして、会社にまで押し掛け、皆、仕事を失った。
 妾は友の家族を助けようとした。
 しかし、力の無いあの時の妾が、一人で誰かを助けることなどできるわけがなかった。
 だから他の者の助力を求めた。ネットで友の死の真実を広め、もう一度裁判を起こすための基金を募った。
 だが、誰も助けてはくれなかった。
 集まった募金は本当に微々たるもの。弁護士の相談料にもならなかった。
 多くの者が不正を糾弾するが、口先だけだ。実際に行動に移す者はほとんどおらぬ。手を貸そうと思う者も稀だ。
 妾は現実を知った。
 思い知らされた。
 正義と偽る邪悪な者が世にのさばり、正義を語る弱者は口先だけで何もせぬ。
 正義が勝つ?
 これでも正義が勝つと言えるのか?
 あの日本でさえ、人間が人間を殺しても、偏見と差別を利用すれば簡単に無罪になることができるのだぞ。
 正義が勝つ。そんなこと、妾は信じられぬ。信じることができぬ。
 正義が勝つなどという言葉は、弱き愚か者たちを欺くための虚言としか思えぬ。
 妾には信じることができぬのだ!」
 バルザックは涙を流し始めた。
「あの者がいてくれれば妾も信じていられたかもしれぬ。あの者が生きていてくれたのなら諦めることなどなかったかもしれぬ。
 だが、あの者はいない。もうどこにもいない。死んでしまった! 妾はあの者に二度と会うことができぬのだ!
 ……会いたい。一度で良い。懐かしき友に会いたい……」
 それは二つの死の分かれ。
 友達の死。
 そして自分自身の死。
 奇跡が起きるはずもない。
「その友達の名前は?」
「……妾はあの者をこう呼んでいた」


 そして彼女は、その友の名を口にした。


 ドクンッ!
 私は胸の奥の鼓動が強く打ったのを感じた。


 どうして?
「……負けだ……妾の負けだ」
 どうして?
「負けを認める。だから、妾を殺すがよい。もしここで殺さねば、妾は何度でも同じことを繰り返すであろうよ」
 どうして?
「……どうした? 殺さぬのか? まさか妾が再び人間と和平を結ぼうとすると思っておるのか? そんなことをするつもりは妾にはない」
 どうして?
「魔物は滅ぶ。滅ぼされる。人間に、神々に、あらゆるものから迫害され、虐殺され、絶滅へと追いやられる。妾に考えられる対抗策は、ただ戦うこと。戦い続けることのみ。だから、戦いを止めたければ、妾を殺す以外にないぞ」
 どうして?
「どうして その名前を知ってるの?」
「なに?」
「偶然のはずない。そんな変な名前、他にあるはずない。それに、そう呼ぶのは一人しかいなかった。偶然一致するなんてありえない」
「いったいなにを言っている?」
「どうして貴女がその名前を知っているの?!」
「おまえはなにを言っているのだ?」
 私には信じられなかった。
 これはいったいなんなの?
 偶然でないのなら奇跡?
 あるいは誰かの策略?
 それとも性質の悪い悪戯?
「こんな……こんなことって……」
 確かめる方法は、簡単で、単純で、一つしかない。


「貴女、ミサキチなの?」


 魔王バルザックの顔が驚愕に彩られた。
「なぜその名を知っている!?」
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