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一章
66・君がこの世に生まれる前からね
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ジョルノ曲芸団の事件を解決し、私たちはお世話になった人たちに別れの挨拶を告げ、次の目的地に旅立った。
まずアドラ王国から南に位置する海に面する国へ移動する。
完全回復薬を錬金術師に調合して貰ったのだけど、その材料は貴重なため高価で、八つしか作れなかったのに、それだけで私たちの路銀が心許なくなった。
そこで、冒険者組合に張り出されていた依頼を二つ解決した。
一つは蜥蜴人の群れの討伐。
街道に走竜を使役する二十体ほどのリザードマンの集団が出没し、野盗のように行商人を襲っていると言う。
死傷者が多数出ており、被害件数が多いことから、行商組合が依頼を出した。
そして私たちは、街道近くの森で野営していたリザードマンの集団を先に発見した。
不意打ちで私が火炎暴風の一撃をリザードマンの集団に浴びせた所に、ラーズさまたちが乱戦に持ち込む。
魔法で大ダメージを受けたリザードマンを、ラーズさまたちが殲滅するのにさほど時間はかからなかった。
もう一つは大鬼の四人組。
村の近くに住み着いており、時折村を襲い、村人に怪我を負わせては、食料を奪って行くと言うことで、討伐して欲しいとのことだった。
これも、ラーズさまたちの手にかかれば、赤子の手を捻るように倒せた。
一応、リザードマンやオーガから魔王バルザックの情報を引き出そうと試みたものの、そいつらはそもそも魔王軍に属しているわけではない、はぐれの魔物だったので、なにも知らなかったようだ。
ともかく、依頼達成料で路銀を手に入れた私たちは、その国の海港から、カナワ神国行きの船に乗った。
カナワ神国。大陸の東南に位置する国で、神々の一柱が地上に降り立ち建国したと言い伝えられる国。
気候は熱帯雨林に属しており、国土の九割以上は樹木に覆われていると言う。
国を治める帝は、前世のファンタジー作品でも有名な妖精エルフ。
エルフはとにかく寿命が長いことでも有名だけど、その長命のエルフ族の中でも、カナワ神国の帝は世界最年長と言われている。
この国で、大地の剣ディフェンダーと業炎の剣ピュリファイアを手に入れられるかもしれない。
かもしれないと言うのは、魔王軍の動向がまだ分からないからだ。
大地の剣ディフェンダーは、ゲームでは魔王軍の侵攻が本格的に始まり、カナワ神国がその攻撃を受けてからでないと入手できなかった。
そして今の所、カナワ神国が魔王軍の攻撃を受けていると言う話しは聞いていない。
もし、魔王軍の侵攻がまだまだ先の事になるなら、大地の剣ディフェンダーを入手できるのは、それに伴い先の話ということになる。
神金の剣エクスカリバーを打って貰うことができるカノイ皇国は、カナワ神国から北に位置する国で、少し遠い。
となれば、一番先に入手できるのは、消去法で東南海の島プラグスタの業炎の剣ピュリファイアだ。
「というのが、私の考えなのですが、どうでしょう?」
「わかった。それで行こう」
ラーズさまは私の話に賛同した。
だけどセルジオさまは水夫たちと、
「フン! フン! フン フン フン!」
「うーむ、なんと見事な筋肉」
「だが 俺たちも負けてないぜ!」
「見ろ! 海で鍛えた船乗りの筋肉を!」
と、自慢の筋肉をお互い披露し合っていた。
そしてキャシーさんは、私と同じ年頃の良家のお嬢様と言った感じの三人組の女の子と、いつの間にか仲良くなった上、
「良い、守られているだけのか弱い女なんてもう時代遅れよ。男と一緒に戦う強さを持っている。それが本当の良い女ってものなの。分かった」
「「「わかりました! お姉さま!!!」」」
と、なぜか尊敬の眼を受けて、良い女に付いて講釈している。
ちなみにスファルさまは、力なく甲板に突っ伏した状態で、
「……気持ち悪い……早く着いてくれ……でないと吐きそう……っていうか、吐く。おぼろろろろろ……」
海に向かって、見たくない 嗅ぎたくない 聞きたくない物を、吐き出し始めた。
ラーズさま以外、誰も私の話を聞いていない。
五日間の船旅は、海の魔物に遭遇することなく、スファルさまが船酔いと戦っていただけで済み、お昼手前の時刻、無事カナワ神国の港町に到着した。
そして早速料理店を探す。
船にいる間は、保存の効く固いビスケットと干し肉のスープが中心だったので、私たちは調理したての新鮮で温かい美味しい食べ物に飢えていた。
そして、手頃な料理店を探していると、高級そうな料理店の店先で店員に呼び止められた。
「失礼。クレアさま御一行ではありませんか?」
「そうですが」
「貴女がたをお客様がお待ちです。こちらへどうぞ」
と私たちを店に案内した。
私たちは怪訝に目を合わせ合う
一体誰だろう?
それに、この港町には到着したばかりなのに、どうして私たちが来ていることを知っていて、しかもこの道を通ると分かったのか。
どういうことなんだろう?
疑念に思いながら店員に案内されると、店の奥にある大きなテーブルに、私たちを呼んだらしい人がいた。
背丈は普通だけど、体格は華奢な、若い男性。
肌は色白で、艶やかで真っ直ぐな長い黒髪に、光を反射しない深淵の闇の様な瞳。
喪服の様な黒い正装を着こなし、膝には白猫を乗せて、その背を撫でている。
ラーズさまは彼の姿を見ると、
「おまえは……」
と少し驚いた表情。
そして、男性はラーズさまを見ると、穏やかな微笑みで、
「やあ、久しぶりだね、ラーズ君。助言通り、君を剣へ導いてくれる人を見つけることができたね」
ラーズさまの知り合い?
そして彼は私に友好的な微笑みで、
「君がクリスティーナだね。今はクレアと名乗っているそうだけど」
「私の事を知っているのですか?」
「もちろん。君がこの世に生まれる前からね」
ドクン。
私は胸の鼓動が一つ強く打ったのを感じた。
なに今の言葉?
まるで私が前世の記憶があることを知っているみたいな言い方だ。
「それじゃあ、自己紹介するね。僕はカスティエル。この猫はクキエルだ。僕の事はお兄さんと呼んでくれると嬉しいな。こいつはクキでいい」
カスティエル。クキエル。
エル。神の、という意味合いを持つ言葉で、天使の名前に多くみられる特徴だ。
「その名前……貴方達は天使なのですか?」
「そうだよ。神々の命を受けて地上に降りてきた。君たちに、ちょっと手助けしろとね」
「手助け?」
「そう、手助けさ」
スファルさまが我が意を得たりと言った顔で、
「やっぱりお嬢さんは神託を受けた聖女なんだな! 天使が手助けするくらいなんだから!」
そして、しまったという表情になり、
「あ、これ秘密だった」
カスティエルさまはスファルさまに、
「アハハハ。噂には聞いていたけど、スファル君は本当に面白い人間だね。
でも、違うよ。彼女は神託を受けた聖女じゃないんだ」
「へ?」
「まあ、詳しい話しの前に、まず席に着きなさい」
カスティエルと名乗った天使の注文で、私たちの前にフルコースが並べられる。
「おお……」
匂いは食欲を刺激し、唾液が口に溢れる。
だけど、ここでがっついてはいけない。
淑女たるもの、礼節を保たなければ。
私はわき上がる食欲を抑え訊ねる。
「あの、私たちに一体どういった要件でしょうか?」
「まあまあ、そう焦らないで。先ずは食事にしよう。ここの料理は最高だよ。もちろん僕の奢りだ。ほら、遠慮しないで食べて」
「わかりました。では、いただ……」
私は食べようかと思った時、ガラモで見た、槍で串刺しにされている子供のミイラを思い出してしまった。
この料理、とても美味しそうだけど、口にして大丈夫なのだろうか?
なにせ彼は天使だ。
天使は神の命を遂行するためなら、どこまでも冷酷になれる。
ラムール王朝の廃都ガラモは、天使の軍勢によって滅ぼされ、子供でも容赦しなかった。
温和で友好的な態度だけど、その裏になにかあるのではないかと勘ぐってしまう。
カスティエルさまは私の内心を見透かしたかのように、
「毒なんか入ってないから安心して。君たちに危害を加えるつもりはないよ。言っただろう。僕は神々から君たちを手助けするように言われて来たんだ」
うーん、どうしよう?
「ガラモの事を気にしてるのかな? あの都市の住人を、子供でも構わずに殺したことに君は批判的なんだろう」
「まあ、そのとおりなんですが……」
「あれは仕方がなかったんだ。ガラモを滅ぼした時、実は僕も関わっていたんだけど、あの時、住人達に死を与えていなければ、彼らはやり直しのチャンスを失っていた」
「やり直しのチャンス?」
「生まれ変わりだよ。君がよく知っている輪廻転生」
やっぱりこの人、私が前世の記憶を持っている事を知っている。
「全ての魂は、その命を終えても、巡り巡って再び生を受け、人生をやり直すことで、天国に招かれるチャンスを得ることができるんだ。でも、ガラモの住人はそのチャンスをもう少しで失うところだった」
「ガラモを滅ぼしたのは救済だというのですか?」
「そうだよ。住人達は、男も女性も、大人も子供も、みんな邪神に魂を自分から差し出す寸前だったんだ。邪神に魂を差し出せば、二度と生まれ変わることはできない。邪神の支配する世界、地獄に永遠に捕えられ、天国に招かれるチャンスも永遠に無くなる。
それに、僕たちはガラモを滅ぼす前に、命を奪う以外の方法を模索し、いくつか試みた。彼らが改心すれば、命を奪う必要もなくなるからね。
だけど、彼らは邪神の誘惑に乗せられて、僕たち天使の声に耳を傾けることはなかった。邪神こそ永遠の楽園へ導いてくれると思い込んでしまっていた。
彼らを救う方法は、一つしか残っていなかったんだよ。だから僕たちは、それを実行した」
セルジオさまが思案気に、
「うーむ。輪廻転生。生まれ変わり。そういう話は聞いたことはあるが、それは真実であるということかな、天使殿」
「そうだよ。魂は流転する。でも、みんなには秘密にしておいてね。何度でもやり直せるなら、今の人生をいい加減に適当に生きてしまっても構わない、なんて考える人も出てきてしまうだろうから。
だから、神々はこの事を公に伝えていない。生まれ変わる時に、記憶も取り上げてしまう。前の人生の記憶があったら、その知識が次の人生に影響を与えてしまうから。つまり、みんな公平 平等にってことだね」
「しかし、自分は転生し前世の記憶があると称する者はおる。その者たちはどうなるのですかな?」
「それはとても特別な例外。神々の意思によって、成さなければならない使命がある者に必要な力として、残しておいたものだよ。
もっとも、転生者を自称する人たちの中で、本当に前世の記憶を持っている人は滅多にいないんだけどね。
そうだよね、クレア君」
うん。
この人、確実に私が転生者だって知っている。
それだけじゃない。
たぶん、ゲームの事も。
どういうことなの?
私が前世を思い出したことはただ偶然なんかじゃなくて、天使や、その上の存在である、神々が関係しているってこと?
私がこうしていることも、天使や神々の意思が絡んでいる?
いったいどうして?
なにが目的で?
「さあ、前世や来世のお話しなんて終り。今の人生の楽しもうじゃないか。
みんな、お腹が空いているんだろう。早くしないと、せっかくの料理が冷めてしまうよ」
まずアドラ王国から南に位置する海に面する国へ移動する。
完全回復薬を錬金術師に調合して貰ったのだけど、その材料は貴重なため高価で、八つしか作れなかったのに、それだけで私たちの路銀が心許なくなった。
そこで、冒険者組合に張り出されていた依頼を二つ解決した。
一つは蜥蜴人の群れの討伐。
街道に走竜を使役する二十体ほどのリザードマンの集団が出没し、野盗のように行商人を襲っていると言う。
死傷者が多数出ており、被害件数が多いことから、行商組合が依頼を出した。
そして私たちは、街道近くの森で野営していたリザードマンの集団を先に発見した。
不意打ちで私が火炎暴風の一撃をリザードマンの集団に浴びせた所に、ラーズさまたちが乱戦に持ち込む。
魔法で大ダメージを受けたリザードマンを、ラーズさまたちが殲滅するのにさほど時間はかからなかった。
もう一つは大鬼の四人組。
村の近くに住み着いており、時折村を襲い、村人に怪我を負わせては、食料を奪って行くと言うことで、討伐して欲しいとのことだった。
これも、ラーズさまたちの手にかかれば、赤子の手を捻るように倒せた。
一応、リザードマンやオーガから魔王バルザックの情報を引き出そうと試みたものの、そいつらはそもそも魔王軍に属しているわけではない、はぐれの魔物だったので、なにも知らなかったようだ。
ともかく、依頼達成料で路銀を手に入れた私たちは、その国の海港から、カナワ神国行きの船に乗った。
カナワ神国。大陸の東南に位置する国で、神々の一柱が地上に降り立ち建国したと言い伝えられる国。
気候は熱帯雨林に属しており、国土の九割以上は樹木に覆われていると言う。
国を治める帝は、前世のファンタジー作品でも有名な妖精エルフ。
エルフはとにかく寿命が長いことでも有名だけど、その長命のエルフ族の中でも、カナワ神国の帝は世界最年長と言われている。
この国で、大地の剣ディフェンダーと業炎の剣ピュリファイアを手に入れられるかもしれない。
かもしれないと言うのは、魔王軍の動向がまだ分からないからだ。
大地の剣ディフェンダーは、ゲームでは魔王軍の侵攻が本格的に始まり、カナワ神国がその攻撃を受けてからでないと入手できなかった。
そして今の所、カナワ神国が魔王軍の攻撃を受けていると言う話しは聞いていない。
もし、魔王軍の侵攻がまだまだ先の事になるなら、大地の剣ディフェンダーを入手できるのは、それに伴い先の話ということになる。
神金の剣エクスカリバーを打って貰うことができるカノイ皇国は、カナワ神国から北に位置する国で、少し遠い。
となれば、一番先に入手できるのは、消去法で東南海の島プラグスタの業炎の剣ピュリファイアだ。
「というのが、私の考えなのですが、どうでしょう?」
「わかった。それで行こう」
ラーズさまは私の話に賛同した。
だけどセルジオさまは水夫たちと、
「フン! フン! フン フン フン!」
「うーむ、なんと見事な筋肉」
「だが 俺たちも負けてないぜ!」
「見ろ! 海で鍛えた船乗りの筋肉を!」
と、自慢の筋肉をお互い披露し合っていた。
そしてキャシーさんは、私と同じ年頃の良家のお嬢様と言った感じの三人組の女の子と、いつの間にか仲良くなった上、
「良い、守られているだけのか弱い女なんてもう時代遅れよ。男と一緒に戦う強さを持っている。それが本当の良い女ってものなの。分かった」
「「「わかりました! お姉さま!!!」」」
と、なぜか尊敬の眼を受けて、良い女に付いて講釈している。
ちなみにスファルさまは、力なく甲板に突っ伏した状態で、
「……気持ち悪い……早く着いてくれ……でないと吐きそう……っていうか、吐く。おぼろろろろろ……」
海に向かって、見たくない 嗅ぎたくない 聞きたくない物を、吐き出し始めた。
ラーズさま以外、誰も私の話を聞いていない。
五日間の船旅は、海の魔物に遭遇することなく、スファルさまが船酔いと戦っていただけで済み、お昼手前の時刻、無事カナワ神国の港町に到着した。
そして早速料理店を探す。
船にいる間は、保存の効く固いビスケットと干し肉のスープが中心だったので、私たちは調理したての新鮮で温かい美味しい食べ物に飢えていた。
そして、手頃な料理店を探していると、高級そうな料理店の店先で店員に呼び止められた。
「失礼。クレアさま御一行ではありませんか?」
「そうですが」
「貴女がたをお客様がお待ちです。こちらへどうぞ」
と私たちを店に案内した。
私たちは怪訝に目を合わせ合う
一体誰だろう?
それに、この港町には到着したばかりなのに、どうして私たちが来ていることを知っていて、しかもこの道を通ると分かったのか。
どういうことなんだろう?
疑念に思いながら店員に案内されると、店の奥にある大きなテーブルに、私たちを呼んだらしい人がいた。
背丈は普通だけど、体格は華奢な、若い男性。
肌は色白で、艶やかで真っ直ぐな長い黒髪に、光を反射しない深淵の闇の様な瞳。
喪服の様な黒い正装を着こなし、膝には白猫を乗せて、その背を撫でている。
ラーズさまは彼の姿を見ると、
「おまえは……」
と少し驚いた表情。
そして、男性はラーズさまを見ると、穏やかな微笑みで、
「やあ、久しぶりだね、ラーズ君。助言通り、君を剣へ導いてくれる人を見つけることができたね」
ラーズさまの知り合い?
そして彼は私に友好的な微笑みで、
「君がクリスティーナだね。今はクレアと名乗っているそうだけど」
「私の事を知っているのですか?」
「もちろん。君がこの世に生まれる前からね」
ドクン。
私は胸の鼓動が一つ強く打ったのを感じた。
なに今の言葉?
まるで私が前世の記憶があることを知っているみたいな言い方だ。
「それじゃあ、自己紹介するね。僕はカスティエル。この猫はクキエルだ。僕の事はお兄さんと呼んでくれると嬉しいな。こいつはクキでいい」
カスティエル。クキエル。
エル。神の、という意味合いを持つ言葉で、天使の名前に多くみられる特徴だ。
「その名前……貴方達は天使なのですか?」
「そうだよ。神々の命を受けて地上に降りてきた。君たちに、ちょっと手助けしろとね」
「手助け?」
「そう、手助けさ」
スファルさまが我が意を得たりと言った顔で、
「やっぱりお嬢さんは神託を受けた聖女なんだな! 天使が手助けするくらいなんだから!」
そして、しまったという表情になり、
「あ、これ秘密だった」
カスティエルさまはスファルさまに、
「アハハハ。噂には聞いていたけど、スファル君は本当に面白い人間だね。
でも、違うよ。彼女は神託を受けた聖女じゃないんだ」
「へ?」
「まあ、詳しい話しの前に、まず席に着きなさい」
カスティエルと名乗った天使の注文で、私たちの前にフルコースが並べられる。
「おお……」
匂いは食欲を刺激し、唾液が口に溢れる。
だけど、ここでがっついてはいけない。
淑女たるもの、礼節を保たなければ。
私はわき上がる食欲を抑え訊ねる。
「あの、私たちに一体どういった要件でしょうか?」
「まあまあ、そう焦らないで。先ずは食事にしよう。ここの料理は最高だよ。もちろん僕の奢りだ。ほら、遠慮しないで食べて」
「わかりました。では、いただ……」
私は食べようかと思った時、ガラモで見た、槍で串刺しにされている子供のミイラを思い出してしまった。
この料理、とても美味しそうだけど、口にして大丈夫なのだろうか?
なにせ彼は天使だ。
天使は神の命を遂行するためなら、どこまでも冷酷になれる。
ラムール王朝の廃都ガラモは、天使の軍勢によって滅ぼされ、子供でも容赦しなかった。
温和で友好的な態度だけど、その裏になにかあるのではないかと勘ぐってしまう。
カスティエルさまは私の内心を見透かしたかのように、
「毒なんか入ってないから安心して。君たちに危害を加えるつもりはないよ。言っただろう。僕は神々から君たちを手助けするように言われて来たんだ」
うーん、どうしよう?
「ガラモの事を気にしてるのかな? あの都市の住人を、子供でも構わずに殺したことに君は批判的なんだろう」
「まあ、そのとおりなんですが……」
「あれは仕方がなかったんだ。ガラモを滅ぼした時、実は僕も関わっていたんだけど、あの時、住人達に死を与えていなければ、彼らはやり直しのチャンスを失っていた」
「やり直しのチャンス?」
「生まれ変わりだよ。君がよく知っている輪廻転生」
やっぱりこの人、私が前世の記憶を持っている事を知っている。
「全ての魂は、その命を終えても、巡り巡って再び生を受け、人生をやり直すことで、天国に招かれるチャンスを得ることができるんだ。でも、ガラモの住人はそのチャンスをもう少しで失うところだった」
「ガラモを滅ぼしたのは救済だというのですか?」
「そうだよ。住人達は、男も女性も、大人も子供も、みんな邪神に魂を自分から差し出す寸前だったんだ。邪神に魂を差し出せば、二度と生まれ変わることはできない。邪神の支配する世界、地獄に永遠に捕えられ、天国に招かれるチャンスも永遠に無くなる。
それに、僕たちはガラモを滅ぼす前に、命を奪う以外の方法を模索し、いくつか試みた。彼らが改心すれば、命を奪う必要もなくなるからね。
だけど、彼らは邪神の誘惑に乗せられて、僕たち天使の声に耳を傾けることはなかった。邪神こそ永遠の楽園へ導いてくれると思い込んでしまっていた。
彼らを救う方法は、一つしか残っていなかったんだよ。だから僕たちは、それを実行した」
セルジオさまが思案気に、
「うーむ。輪廻転生。生まれ変わり。そういう話は聞いたことはあるが、それは真実であるということかな、天使殿」
「そうだよ。魂は流転する。でも、みんなには秘密にしておいてね。何度でもやり直せるなら、今の人生をいい加減に適当に生きてしまっても構わない、なんて考える人も出てきてしまうだろうから。
だから、神々はこの事を公に伝えていない。生まれ変わる時に、記憶も取り上げてしまう。前の人生の記憶があったら、その知識が次の人生に影響を与えてしまうから。つまり、みんな公平 平等にってことだね」
「しかし、自分は転生し前世の記憶があると称する者はおる。その者たちはどうなるのですかな?」
「それはとても特別な例外。神々の意思によって、成さなければならない使命がある者に必要な力として、残しておいたものだよ。
もっとも、転生者を自称する人たちの中で、本当に前世の記憶を持っている人は滅多にいないんだけどね。
そうだよね、クレア君」
うん。
この人、確実に私が転生者だって知っている。
それだけじゃない。
たぶん、ゲームの事も。
どういうことなの?
私が前世を思い出したことはただ偶然なんかじゃなくて、天使や、その上の存在である、神々が関係しているってこと?
私がこうしていることも、天使や神々の意思が絡んでいる?
いったいどうして?
なにが目的で?
「さあ、前世や来世のお話しなんて終り。今の人生の楽しもうじゃないか。
みんな、お腹が空いているんだろう。早くしないと、せっかくの料理が冷めてしまうよ」
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