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一章

55・いや 全然 誤魔化せてないよ

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「素晴らしい。君たちが犯行方法を解き明かしてくれたおかげで、僕の推理は完璧となった」
 ブレッドさまがそう言い始めた。
「推理?」
「うむ、僕の方は犯人たちが誰なのか分かった。それと、コックス団長に姿を見られずに刺した方法も」
 ブレッドさまにはモランことを言っていないので、他の人を犯人だと思ってるみたい。
 一応、ブレッドさまの推理を先に聞いてみよう。
「犯人は誰なのです? そして、どのような方法なのですか?」
「ふふふっ、まずは簡易小屋に戻ろう。そこで説明しようじゃないか」
 簡易小屋に戻った私たちは、ブレッドさまに手招きされて小屋の裏へ回る。
「ここだよ。犯人が簡易小屋に入った個所は。そう、人に見られることのない、簡易小屋の裏側からだったんだよ」
 そういって簡易小屋の壁を示す。
 木材で出来た、組み立て方式の、まさに簡易な小屋の壁板。
 旅をして巡業する曲芸団の性質上、こういった物を使うのは必然だろう。
「まさか、壁板を取り外して中に入ったとおっしゃるのではないでしょうね」
 ブレッドさまの得意気な笑みが一瞬崩れた。
 しかしすぐに元に戻り、
「その通りだ。ふふっ、少し示せば誰でもわかることだろうね。
 そう、扉のある表側はクレア君たちが見ていた。そして扉には鍵がかかっている。そうなると、入ることができる個所は一つしか残っていない。簡易小屋の裏の壁だ。壁板は簡易小屋というその性質上、比較的簡単に取り外しができる。犯人たちはそれを利用したのだよ」
「しかし、小屋を分解するのは一人では無理ですよ。最低二人でないと」
「その通り、普通なら 二人がかりでないと取り外すことはできないだろう。しかし曲芸団員の中で、一人で小屋を分解できる人間がいる。
 そう、ディーパンだ。あの筋力の持ち主であるディーパンなら、簡易小屋の壁板だけを外すのは、造作もないことだろう」
「では、ディーパンさまが犯人だと?」
「いいや、ディーパンは壁板を外しただけだ。実行犯はほかにいる。そして協力者がもう一人。犯人が一人だとなぜ決めつけるのだね? ユスタスとマーガレットがいるじゃないか。
 マーガレットが目撃されないか周囲を見張る役。ディーパンが壁板を外す役。そしてユスタスが小屋に入り、コックス団長を刺す役だ。
 ジョン。君も気づいたように、三人には午前の公演の準備が終わってから、出番が来るまでの時間、アリバイがない。
 彼らは事前に立てた計画を遂行するため、その時間、この簡易小屋に来て、コックス団長が仮眠をとっている間に、殺人計画を実行した。
 クレア君たちが見ている、簡易小屋の扉を避けて、裏の壁板を外し、コックス団長を刺す。
 コックス団長が刺されたとき、誰の姿も見ていないのは、寝ていたからだ。
 彼らは犯行後、壁を元通りにし、何事もなかったかのように、ショーに出演する。
 動機は、マーガレットにコックス団長が言い寄っていた事だろう。
 迷惑に思っていたマーガレットは、兄のディーパンに相談し、二人はコックス団長を殺害することにした。
 そして計画では、犯人になるのはユスタス一人だったと思われる。マーガレットを崇拝していたユスタスは、マーガレットのために犯行に加担した。そして一人で罪をかぶるつもりだった。
 しかし、予定外にマーロウが容疑者として捕えられた。そこで、三人は計画を変更し、ユスタスが犯人として名乗り出るのを中止した。
 問題はなぜコックス団長が刺された後、長時間 平気で出歩いていたのかだったが、それも君たちが解決した。
 これで三人の犯罪を立証できる」
 ブレッドさまは説明を終えると、パイプに煙草を入れて火を付け、紫煙を吹かす。
 この人、今の説明で、本当に三人を犯人だと主張するつもりなのだろうか?
 うん。
 本気だ。
 ブレッドさまは完璧な推理を披露したつもりで、得意気になっている。
「ホームズさま。今の推理には問題点が四つあります」
 ブレッドさまは鼻白んだようだった。
「そ、それは興味深い。どういった問題点だね?」
「まず、アリバイの偶然。三人のアリバイの穴は、偶然できたものです。三人が証言した練習していたという場所に、誰かが偶然通りかかれば、彼らの嘘がすぐに判明してしまう。そんな不確実な計画を実行したのですか。
 次に、目撃者の偶然。簡易小屋の裏は確かに人がいないように思えますが、完全ではなく、曲芸団員や客が通ることもたまにですがあります。ほら、今も」
 子供が二人、簡易小屋の裏が見える場所にいる。
 それを母親らしき人が、
「こら、ここは入っちゃだめなの。こっちへいらっしゃい」
 と子供を連れて行った。
「このように、目撃されてしまう可能性は充分あります。そんな所で小屋の壁を外すという、目立つ行為をしたのですか。いくらマーガレットさまが見張っていたとしても、壁板を外している最中、あるいは元に戻している最中は、誤魔化しようがありません」
 そしてハードウィックさまが、
「それに、コックス団長が仮眠をとっていたのも偶然だ。確かにコックス団長は夜遅くまで起きていて眠気が残っていた。しかし、必ず計画時間に仮眠をとっているとは限らない。他の時間かもしれないし、そもそも仮眠を取らなかった可能性もある。あまりに偶然に頼った計画じゃないか。
 最後に、クレア君たちが簡易小屋を見ていた事を、曲芸団員は誰も知らない。なぜ知らないはずなのに、誰かが小屋を見ていること事を前提とした計画を立てることができたんだい」
「つまり、三人がコックス団長を殺害しようと計画するなら、単純に正面の扉から堂々と入ってコックス団長を刺し、その後はお互いがお互いのアリバイを証言する、というのがもっとも確実だと考えるはずなのです」
 私とハードウィックさまの指摘に、ブレッドさまはしばらく無言でいたが、
「ハッハッハッ、中々の推理じゃないか。レストレード君だと、たとえマーロウの無実を晴らしても、この三人を犯人と言いだすかもしれないのでね。ちょっと君たちで試してみたんだ」
 いや 全然 誤魔化せてないよ。
「さて、君たちの推理を聞かせてもらおうか。誰が犯人なのか? まあ、僕はもう分かっているんだが、確認のためにね。念のためなんだよ。ハッハッハッ」
 まったく、この人は。
「犯人はモランです」
 私はモランが犯人だと確信する理由を説明した。
 モランだけがマーロウを犯人だと主張しているが、マーロウの動機となるコックス団長との対立が解消していること。
 モランの完璧とも思えるアリバイは、簡易小屋に入った十数秒だけ、誰にも見られることのない、穴があること。
 そしてコックス団長に触れたのは、まさにその時間であり、その瞬間だけが犯行可能で、ほかの三人はコックス団長に触ってもいないこと。
「なるほど、僕の推理通りだ。君たちもやるじゃないか」
 こいつ、殴りてぇ。


 モランが真犯人だと確信した私たちは、モランを再調査することにした。
 凶器の特定や動機など。
 それらの調べはすぐについた。
 後はモランに犯行を認めさせる。
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