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一章

53・どうしてわかったの!?

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 午後二回行われる公演も終了し、日も落ち始めた頃、曲芸団に戻った私たちは、曲芸団員から聞き込みをしていたラーズさまたちから報告を受ける。
 しかし その内容は、私が聞く限り、今までの証言を裏付けるだけで、新たな手掛かりは得られなかった。
投擲短剣スローイングダガーはどうでしたか?」
「ダメだった。感覚拡大センスアップの魔法を使ったが、血の臭いはまったくしなかったよ」
 ゲームでは、凶器は投擲短剣が使われていたので、調査をお願いしておいたのだけど、やはり違ったみたいだ。
 それに事件当日、投擲短剣などの保管小屋には、曲芸団員が二人おり、紛失していないかなどの確認をしていたという。
 その二人の証言では、無くなっている物はなにもなかったそうだ。
「あと、モランは魔法が一つだけ使えるそうだ。水を氷にする初歩的なもので、売店で販売している飲み物を冷やすのに、モランの魔法で作った氷を使用しているそうだ。
 クレア、事件の時、確かにモランは魔法を使わなかったんだな?」
「ええ、魔力は感知しませんでした」
 だから魔法は事件に関わりがないとしか思えない。
「ところで、スファルさまは?」
 さっきからスファルさまの姿が見えない。
「気になる事があるからと、一人で調査するといって、どこかへ行ってしまったんだ」
 なんだろう? 気になる事って。
「ちょっといいかな」
 ハードウィックさまが何かに気付いたのか、ラーズさまに質問する。
「午前九時半から公演開始の十時まで、容疑者の四人がなにをしていたか、確認は取れたかい?」
「モラン以外、見た者はいないようだ。どうやら一人で練習していたらしい」
「そうか」
 なんだろう?
 そんな時間、事件とは関係ないだろうに。
 ブレッドさまが意味有り気に口を笑みに形作る
「ふふふ、ワトソン君。君も捜査術が身に付いたじゃないか」
「ブレッド男爵。僕はハードウィックだ」
「そうだった、ジョン。って、今、君もブレッドと」
「分かった分かった、ホームズ。さあ、捜査を進めよう」
 何やってるんだろう、この二人。


 私たちは事件現場であるコックス団長の簡易小屋に向かった。
 現場保全ということで、衛兵隊が今日まで立入禁止にして、鍵をかけて見張りを立てていたけど、三十分ほど前ようやく解除されたそうだ。
 見張りの衛兵隊がいなくなった簡易小屋を、私たちは早速、調査することにする。
 しかし簡易小屋は狭いので七人全員は入れない。
 入れるのはせいぜい三人程度。
 当然のようにみんなは私に調査を任せてきた。
「頑張ってくれ。それと、これは根拠のない勘なんだが、俺はモランが犯人だと思う」
 ラーズさまが言うと、セルジオさまとキャシーさんも、
「吾輩も同じ意見である」
「あんな邪道な筋肉、見るからに怪しいわ」
 筋肉で決めつけないでください。
 まあ、正直言うと、私もゲームの知識とは関係なしに、モランさまが怪しいとは思ってるけど、肝心の証拠がない。
「その証拠を見つけてくれ」


 簡易小屋の床には凝固した血溜まりが残っている。
 生々しい臭いは無くなってるけど、それでもあまり直視したくない。
 家具は、簡易ベッドが一つ。衣装箱が三つ。鏡台が一つ。小さな書き物机が一つ。背凭れのない椅子が一つ。
 簡素なものだが、旅を続ける曲芸団だから、当然だろう。
 ブレッドさまは真っ先に壁を調べ、一通り見ると、
「外の方を調べてくる」
 といって外へ出て行ってしまった。
 ハードウィックさまと二人で簡易小屋の中を調べる。
 ベッドの下。衣装箱の中。鏡台の裏に、引き出しの中。書き物机の下に、引き出しの中。椅子の裏。
 手掛かりはなにもない。
 不意にハードウィックさまは、
「ところで 君は、始めからモランが犯人だと知っているんだね」
 まるでゲームの知識の事を見抜いているかのようなことを言いだした。
「え!? な、なんのことでしょう?」
 私はうろたえてしまった。
「事件当日、君たちがコックス団長の簡易小屋にいたのは、コックス団長が殺されるかもしれない事を、事前に知っていたからなんだろう。そして、殺人が行われるのを阻止しようとした。
 コックス団長や曲芸団員に警告しなかったのは、事件が起こるかもしれないことを知っているということを、説明するわけにはいかない理由があったからだ。だから、立入禁止区域に入って、コックス団長やモラン、そして事件発生現場のこの簡易小屋を見張っていた。そうだね?」
 どうしてわかったの!?
 重大な点はまだ見抜かれてないみたいだけど、もうほとんどバレてる。
「僕も犯人はモランだと思う。確かな証拠がないから、まだ何も言ってないけどね」
 ハードウィックさまは私を追求することなく、話を変えた。
 このまま話の流れに乗ろう。
「どうしてモランさまが犯人だと思うのですか?」
「まずアリバイだ」
「アリバイなら、モランさまだけではなく、他の方もありますが」
「いや、そうでもない。君の仲間の聞き込み結果を聞いたが、モラン以外の三人にはアリバイに穴がある」
 気付かなかった。
「それはどこに!? いったい何時ですか!?」
「公演準備が終わった九時三十分頃から演目開始の十時までだ」
「それはどういう意味ですか?」
「モランは午前の公演の準備を終えた後、売店にいた。コックス団長と会う予定時間が近付いた十時十分まで。だからその時間帯の彼のアリバイを証言する者がいる。
 しかし、他の三人は準備の後、練習のため一人でいた。目撃者もいない。この時間なら、犯行が可能かもしれないな」
「それは、モランさま以外の三人の犯行の可能性を示すもので、モランさまを疑う理由にはならないのでは?」
「そのとおりだけど、犯人はコックス団長を刺したのに、その刺された本人にまったく気付かれない方法を用いた。
 それだけじゃない。マーロウを含めた容疑者全員の誰がコックス団長を刺したとしても、コックス団長が出血するまで、時間差があるんだ。
 どう考えても、コックス団長は刺された後、しばらく出血することなく平気でいたのは明らかだ。
 刺したのに、刺された本人はそれに気付かず、しかも出血しない。
 どんな方法なのかは分からないが、この方法ならアリバイを完璧にすることができる。それなのに、肝心のアリバイに穴を作ってしまうなんて失敗をするかな。
 穿ち過ぎかもしれないけど、完璧なアリバイを持っているモランこそ、僕は怪しいと思う。
 それとマーガレットとディーパンは、マーロウの無実を信じていた。そして冤罪を晴らしてくれと僕たちに頼んだ。マーロウが有罪になれば、真犯人にとって都合がいいはずだ。彼らが真犯人なら、そんなこと頼むだろうか」
「ユスタスさまは?」
「彼はわからないと答えたんだ。彼は、マーロウが本当に犯人なのか分からなかったので、いわば中立的な立場を取ったにすぎない。真犯人なら、寧ろマーロウが犯人だと主張するはずだ。
 それに、率直に言って、ユスタスは頭が良いとは思えない。今回の犯行のトリックを考えることができるとは、僕には思えないな」
「モランさまが、マーロウが犯人だと主張しているのも、疑う理由だと?」
「そうだ。それにモランのマーロウ犯人説を裏付ける、モラン自身の証言には矛盾があった」
「矛盾?」
「コックス団長とマーロウの対立についてだ」
 対立って、新しいショーの安全性についてよね。
 それのどこに矛盾が……
「あ!」
「気付いたようだね。コックス団長とマーロウは、事件当日この簡易小屋で話し合い、新しいショーの安全性でお互い納得した。だからマーロウにはコックス団長を殺す動機がなくなった。だけどモランはそのことを知らないんだ。なぜなら、二人が話し合ったのは、モランが団長と会った後だから」
「モランさまは二人がまだ対立していると思っている」
「その通り。だからモランは、二人の対立を理由にマーロウが犯人だと言っているわけだ。この事実をもう少し掘り下げて考えると、モランは始めからマーロウを犯人に仕立て上げるつもりで、犯行に及んだんじゃないかな」
「では、それをコリン隊長に説明すれば、マーロウさまの疑いは晴れるのでは」
「いや、無理だろう。偶然が重なっただけだと言われれば、それまでだ。モランが犯人だと示す確たる証拠が必要なんだ」
「なら見つけましょう! なんとしてでも!」
 私は簡易小屋の中をもう一度、捜査し始めた。
 なんでもいい。
 証拠じゃなくても、手掛かりとなる物があれば、そこからモランの犯行の証明する糸口になるかもしれない。
 でも、なにもない。
 ほとんどモランが犯人だと分かっているのに、どうしてなにも残ってないの?
 ……あれ?
 なにも残ってない?
 どうして?
 どうしてコックス団長の、あの血まみれになった正装が、どこにもないの?
 私は簡易小屋を飛び出した。
「おい! どうした!?」
 ハードウィックさまが私に付いて来る。
「大変です! このままじゃ証拠が隠滅されてしまいます!」
「なにか気付いたのか!?」
「とにかく急ぎましょう!」
「どこへ?!」
「焼却炉です!」
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