久遠の玉響

神泉灯

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三十話

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 妖魔喰いとゴウエンの暗黒の光りと、リョホウとメイリンの輝く暗黒が、激突した。
 土砂が巻き上がり、大気が震え、空間が軋む。
 戦闘の連続で疲弊した妖魔喰いとゴウエンは、本来の力より遥かに低下していた。
 人喰いを止めたことで力を失いつつあったメイリンと、最強の妖魔と同等の存在になったが、しかし妖魔に成ったばかりのリョホウは、その力は完全とはいえなかった。
 二つと二つの不完全な力の重なりと激突は、完全に拮抗し、紙一重の差もなく、結果、衝突点でその力だけが蓄積してゆくという現象が発生していた。
 しかし、拮抗点がわずかでもどちらかに傾けば、溜まった力が全てそのまま傾いたほうへ襲い掛かるだろう。
 二人と二人は一瞬たりとも気が抜けない。
「おのれえ、妖魔王の娘よぉおお」
「このクズどもがぁ、どこまで逆らう気だぁああ」
 異形の力の源は、歪んだ劣等感と優越感だった。
 他者より優れていたいという願望は、しかし他者より劣っているということを明確に自覚させられ、だがそれを認めず、認められず、徹底して他者を陥れ、貶め、脅してでも上に立とうとした。
 そして誰からも相手にされなくなった。
 それが自分が優れていることの証明なのだと勘違いし、そう思い込み続けた。
 二つの魂が生む力は、世界を歪んで見続けたことで誕生した。
 だが上に立つという願望は、裏返せば他者を頼りたいという感情に起因する。
 他者を徹底して支配したいということは、他者に完全に依存し頼りたいということでもある。
 自分はなにもせず、全てを他者に任せ、その恩恵だけを受け続ける。
 さながら、幼い子供が盲目的に親に甘えるように。
 だからゴウエンと妖魔喰いは知らない。
 他者に頼るより、自分で達成しようとする者が強いということを。
 他者に守られるより、他者を守る者こそが強くなるのだということを。
 リョホウはメイリンの手を握り締めていた。
 メイリンはリョホウの手を握り締めていた。
 けして放さないと誓ったその手を、今こそ放さないように。
「「死ねえええ!」」
 ゴウリュウと妖魔食いが理解できなかったことがもう一つ。
 他者を支配しようとする者は誰にも省みられることはない。
 暴虐なる君主は最後を迎えた時、見捨てられる。
 だが、他者を助けようとする者、力を貸そうとする者、救いを与える者は、時として助けた者から、力を貸した者から、救いを与えた者から、助けられ、力を貸して貰え、救いを与えられる。
「フェイア」
 コウライが刀剣をフェイアに向けた。
 その意味を即座に理解したフェイアは、かすかに残る力を搾り出すようにして、札に術を練りこみ、刀剣の平に貼り付けた。
「せい!」
 コウライは刀剣を投擲した。それは彼女の最後の力だった。フェイアの札を張り付かせた刀剣は、狙いを違わず妖魔喰いに命中するかに見えた。
 だがその寸前、妖魔喰いが放つ破壊の力は、フェイアの残りカスのような仙力などものともせずに、刀剣ごと札が砕け散った。
 だが、拮抗している力の激突の中では、一瞬意識が逸れるだけで、揺らぎが発生し、それはかすかに傾いた方向に、一気に襲い掛かる。
 そしてフェイアとコウライの攻撃は、それには十分だった。
「「GIAAAA!!」」
 放たれた膨大な輝く暗黒の光は、妖魔喰いを完全に捉えた。


 地面が大きく半円状に、直線状に抉られていた。土砂が吹き飛ばされたというより、消滅したように。
 妖魔食いの姿は見当たらない。
「やったか?!」
 ホウロが叫んだ。
 それは半ば勝利を確信して。
 だが、その期待を覆すかのように、地響きと共に、地中から妖魔喰い現れた。
 その体は右半分が消失しており、残りの左半分も回復不可能なほど傷んでいた。
 しかし残された二つの左目には、戦う意思が消えていない。
 フェイアは立ち上がって攻撃しようとした。だが、膝に力が入らず、途中で崩れ落ちるように倒れる。
「くぅっ」
 コウライも一つだけ残された武器、腰の短剣を抜こうとした。だが手に力が入らず、抜剣の途中で取り落とす。
「ちい」
 妖魔食いの下半身の触手が伸び、リョホウとメイリンに襲い掛かる。
 リョホウはメイリンの体を軽く押し倒した。
 そしてその位置を、リョホウが立ち、直前までメイリンがいた位置に無数の触手が襲い掛かり、通過した。
 血飛沫が上がった。
「「「リョホウ!」」」
 その場にいた人間と、妖魔王の姫が彼の名を叫んだ。
 妖魔喰いとゴウエンはリョホウを倒したことを、そして決定的な優位に立ったことを嬉々として叫ぶ。
 さながら勝利の雄叫びのように。
「これきしのことで我を滅ぼせると思ったか!」
「この程度で俺が殺せるとでも思ってるのか!」
 だが、最初で、最後だった。
「思っているよ。ゴウエン」
 叫ぶ妖魔喰いの背後に、無数の触手で貫いたはずのリョホウが無傷で佇んでいた。
 いつの間に移動したのか、誰も気付かなかった。
 妖魔喰い本人にさえ。
「「な!」」
 リョホウは妖魔喰いの首根を掴んだ。
 すさまじい力で万力のように締め上げる。
 妖魔喰いとゴウエンは忘れていた。
 あるいはその本質を理解していなかったのかもしれない。
 リョホウも妖魔になった。
 タカモクのように残像を残すほどの高速度で移動することも可能だ。
 血飛沫の正体は、妖魔喰いの触手が切断されたものだった。
 そして妖魔喰いがそうしていたように、知性あるものであれば、同種であっても喰らうことができる。
 妖魔喰いは一人だけではない。
 妖魔であるならば誰にでも可能なのだ。
 妖魔喰いの体が急速に干からび始めた。
 豪腕は細くなり、足は乾燥し崩壊をはじめ、筋骨隆々とした体躯は、皮と骨だけに変わる。
「Kuaaaaa!」
「てめぇえぇええ!」
 二つの悲鳴が響き渡った。
「「HIぎYAあAああA!!」」


 こうして、クオリ村を恐怖に陥れた二つの存在は、塵芥となって消滅した。
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