魔王殿

神泉灯

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69・最後の戦い

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 亡者の何人かが怯えに負けて後退りしたが、誰かが叫んだ。
「怯むな! 見ろ! 死神は王女の体を使っているではないか! 時空通路を突破したことで消耗しているのだ! 他者の体を使わねばならぬほどの状態ならば、死神といえども勝てぬわけがない!」
 その声そのものにも恐怖が混じっていたが、しかし逃げ場のない現状において、魔人たちは覚悟を決めたようだ。
 あるいは他に方法がないと判断したからなのか。
 少女の中の死神は、右手の小太刀を正眼に、左手の小太刀を上段に構え、戦闘状態に移行する。
 Giooooo!
 四本足の体毛のないゴリラのような魔人が、手にしている剣を振り上げて跳躍した。
 SyaA!
 同時に眼が不自然に釣り上がり唇が頬まで裂けた女性が這うように疾走し、長い髪が巻き上がったかと思うと、それが槍のように一直線上に伸びてきた。
 一本一本が極細の、しかし強靭な耐久性と攻撃力を持っていることが予想された。
 死神は右手小太刀を横薙ぎに払い、迫る兇髪を切断する。
 続けて左手小太刀で頭上に迫った体毛のないゴリラの四本足を切断する。
 衝撃で四本足だった体毛のないゴリラは弾かれ、激痛で悲鳴を上げて床をのた打ち回る。
 光を宿した刃をそれに向けて振ると光の白刃が走り、左右真っ二つにし、次には塵と消えた。
 だが小太刀を振り下ろしたさいに生じる隙を逃さず、兇髪が少女の体に巻き付き束縛する。
 続けて耳と眼のない人形が手にする音の鳴らない弦楽器をかき鳴らし、両手足を結合させた奇妙なミイラが喉から音に成らない声を張り上げた。
 BoronBoronBoronBoron……
 TiiiiiYaaaaa……
 二つの超音波は複合して倍増効果を発揮し、正確に空気を伝達して少女の体を捉えた。
 だが少女の姿が撓んだかと思うと、次の瞬間破裂したのは、少女の体を束縛している髪長女だった。
 二人の魔人は戦慄する。
 超音波の攻撃を、どうやったのか束縛されている髪に伝達させて、その持ち主へと与え、自身の身から逸らしたのだ。
 慄きが攻撃を与える隙となり、目と耳のない人形の額に投擲された刀が突き刺さる。
 衝撃で首が不自然に後方に曲がり、次の瞬間その体は消滅する。
「まずいな」
 死神の呟きに、内在意識の少女が尋ねる。
〈どうしました?〉
「体力を思ったより消耗する。奴らを殲滅するまで持つかどうか」
 か弱い少女の体で戦うために、自身の力を増強付加させている。
 アルディアスの鎧と同じ効果だが、現在は固定された存在ではなく、力をそのまま変換使用しているためか、消耗が著しく激しい。
〈大丈夫ですの?〉
「なんとかするしかないな」


 道化師の姿をした魔人が、懐から蝋燭を取り出し火を点ける。
 そして両手を合わせて影絵を壁に作った。
 それは牙を剥いた巨大な獣の口だった。
 しかし所詮は影でしかない。
 その影絵は道化師の動きに合わせて少女の影に迫った。
 予感した死神は跳躍したが、少し遅れ、少女の影の腕の部分に、影絵でしかないはずの獣の牙が掠る。
 すると、少女の体に同じ箇所に一筋の傷が入った。
 影の攻撃が影に命中すると、実態にも同じ損傷を受ける。
 だが、ある程度予想していた死神は、着地すると同時に小太刀を掲げると、長い槍に変形させた。
 再び迫る影の獣の牙に合わせて、槍を地面に突き刺した。
 的確に牙の根元らしき影の部分に命中し、影はそのまま現実に繋ぎ止められたかのように動かなくなり、そして影の持ち主である道化師の手も動かなくなった。
 九つの眼球を剥き出しにした歪な玉蜀黍を連想させる頭の魔人の、その眼球が飛び出るほど見開くと、眼球は弾丸のように発射された。
 地面に映る影に体重をかけていた死神は、命中直前に遥か頭上に跳躍し、突然戒めを解かれて態勢を崩した道化師の真上に到達、次には高速度で落下し、道化師の頭に両足を叩き付けた。
 その頭部が胸部にまで減り込み、着地した死神はその肩を軽く叩き、光の戦士の力を流し込んだ。
 内部で作られているのか、事前に頭部に溜め込んであったのか、玉蜀黍頭から次々と発射される眼球の弾丸を、少女の体は機敏に回避し、一呼吸の間に眼前に迫った。
 玉蜀黍頭は自分の頭を掴み、力任せに引きちぎった。
 その四散した肉片に混じって、無数の眼球の弾丸が爆散した。
 狙い定めることをやめ、散弾と同じ、弾数で命中させることを期待したのだろう。
 だがその時には少女の体は、弾道範囲外の位置、玉蜀黍頭の股下に屈んで入り込んでいた。
 そして股間から失われた頭部にかけて、槍が突き抜ける。
 霧散した瞬間、両手足を接合させた木乃伊と、芋虫の胴体をした少年が両脇から迫った。
 少年が芋虫の胴体の両脇にある斑模様から、血飛沫を噴出させ少女の体に浴びせかける。
「ちっ」
 舌打ちして死神は不可視の防壁を展開。
 鮮血は少女の体を避け、球面を成して地面に降り注ぐ。
 有機体で構成された床が、蛋白質の燃焼する独特の臭気を漂わせて、融解し始めた。人間芋虫の体液は、強酸だ。
 手足首を切断し、左右を縫い止めていた木乃伊が、声にならない声を張り上げる。
 それは結界に影響を及ぼし、強度が崩壊して行く。
「くそ」
 死神は焦り始めた。
 予想以上に手強い。
 不安定な状態で力を強引に戦闘に割いたためか、存在を維持するのが困難になってきた。
〈大丈夫ですか〉
 内在意識の少女が問いかける。
「なんとかする」
 答えて死神は思案するが、打開策を検討する間もなく、防壁結界が崩壊した。
 強酸の血液が大量に降り注ぐが、少女の体に付着するか否かの瞬間、その体を中心に暴風が巻き上がり、鮮血を弾き飛ばした。
「おおおおお!!」
 体重の軽い木乃伊は力なく吹き飛ばされ、芋虫は支えとなる手足が多いためか、その場で堪えた。
 死神は自身が引き起こした竜巻の風圧に自ら乗り、さながら凧のように舞い上がる。
 そして風速の勢いと自身の能力を上乗せさせて、芋虫に突っ込んだ。
 芋虫はさらに鮮血を噴出し、口から糸を吐き出した。
 だが少女の体を包む風が全てをそらす。
 そして芋虫の脇を少女の体が通過した。
 数メートル滑るように着地し、一呼吸遅れて、芋虫の胴体と、少年の上半身が分離した。
 手足を接合した木乃伊が、いつの間に体制を立て直していたのか、少女のすぐ脇に位置し、その声にならない声を張り上げようとする。
 不意に真上から落下してきた刃が、頭蓋骨を貫通して口を縫いとめ、木乃伊の歌声は強制的に止められた。
 次に来る木乃伊の位置を予想して、先ほど眼と耳のない人形に投擲した剣を巻き込んで飛ばし、落下地点を狙い定めて、風の流れを調整しておいたのだ。
 残り一体。
 死神は、偽りの天使に目を向けた。
 能面のように無表情だった天使は、しかし確かに目の奥に恐怖があった。
 これで最後。
 死神は天使に刃を向けようとして、その動きを止めた。
 ひどく不自然に。
「しまった」
〈どうしました!?〉
 意識内部からの問いかけに、返答のように少女の体が力なく倒れた。
 限界だ。
 今ので力のほとんどを使い果たした。
 剣を杖代わりに体を支えているが、もう今までのように機敏に動くことはできない。
 あと一匹で最後だというのに。
〈諦めないでください〉
 少女が叱咤する。
〈最後のその瞬間まで諦めないで。私たちが負ければ、犠牲となるのは私たちだけではありません。オットーもまだいるのです〉
 オットーか。
 なるほど、良いだろう。
 死神は意識のみで返答する。
 確率は低いが、一つだけ方法ある。
〈どのような方法です〉
 おまえが直接動くんだ。
 時間が短い上に、一度しか使えない。
 だがなんとか頼む。
 少女は自分自身が戦うことに一瞬怖気付いたが、しかし気を取り直して覚悟を決める。
 ここで負ければオットーがいなくなる。
〈わかりました〉
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