魔王殿

神泉灯

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66・疑問

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 それは存在形態変換作業の実行中に、疑問を抱いた。
 死とはなにか。
 ある種の存在の名称。
 ある種の現象の名称。
 存在としての死を定義する。
 霊魂の道標。
 霊魂の先導者。
 霊魂の収穫者。
 生命活動強制停止の実行者。
 現象としての死を定義する。
 生命の終焉。
 生命活動の停止。
 魂の離脱。
 交流の断絶。
 いくつかの矛盾を考察する。
 魂がこの世界に滞在するには肉体の活動が不可欠だ。
 宿るべき体がなければ長時間は活動できない。
 寄り代がなければ向こう側へ引き寄せられ、転移する。
 しかし魂を失っても肉体の生命活動が停止するとは限らない。
 魂がなくとも、体はある程度は生存可能だ。
 条件が整えば、問題なく生存活動を行う。
 疑問はさらなる疑問を発生させる。
 魂とはなにか。
 悪しき魂は地獄へ転移され、善なる魂は天国へと転移される。
 なぜ通常の魂は世界を流転するのか。
 二つの形態の魂だけが、通常の世界とは異なる、霊魂だけで存在が可能な世界へ入れられる。
 天国と地獄。
 この二つは明らかに通常の世界とは異質だ。
 そもそも、なぜ善悪の行為によって分類されるのだろうか。
 その基準は。
 善悪は人間の定めたもの。
 人間以外の精神活動が異なる別の生命体、獣、昆虫、植物、微生物、あるいは暗黒の遥か彼方に発生した生物など、それらはどのような基準で分類されるのか。
 また他の世界ではこの世界とは完全に異質の善悪規定がなされている。
 時にはその概念に共通する項目、形態すら存在しないことがある。
 にもかかわらず、善悪が基準になるというのは、矛盾を多く孕む奇妙なことではないだろうか。
 疑問は考察を継続させる。
 死の定義とは。
 生命活動の停止による情報交流の完全消滅。
 だが魂の存在がその定義を揺るがす。
 魂は永遠だ。
 死してもなお存在する。
 死は消滅ではない。
 いや、なにかがおかしい。
 魂が精神の継続を意味するなら、なぜ生命は死を恐れる。
 地獄に向かう可能性を恐れるからか。
 違う。
 生命は死そのものを恐れている。
 矛盾だ。
 継続されることを知っているにもかかわらず、死を恐れる。
 死は消滅だと知っている。
 そうだ、死は終わりだ。
 個人のすべてが消滅する。
 ならば、魂とはなんだ。
 精神を存続させるはずの魂は。
 知っていたはずのことだが、存在形態を数度に亘って変換したために思い出せなくなった。
 顕在意識において認識できない。
 あるいは失われた情報に含まれていたのか。
 だが、理解しつつある。
 魂とあの存在は同一だ。そう、自分と同じだ。
 いや、やはりなにかが違う。
 それは存在形態が異質なものに変異した自分には理解できなくなったことか。
 死の定義。
 情報交流の完全断絶。
 ならば生命活動が停止しても、情報交流が行われれば、それは死ではない。
 完全な死を免れた、あるいは達成できなかったものは、亡霊と化し存在し続ける。
 現在、あるいは過去、もしかすると未来で発生した混乱は、まさに死にきれなかった亡者の成したことだ。
 魂の定義。
 精神の永遠性を保つ可能性をもち、物質的な存在ではないもの。
 だが魂を語るとき、それは常に物質的なものとして扱われ説明される。
 しかし一つだけ、あらゆる生命がごく日常的に接触している存在と酷似している。
 二つの条件を満たすものが。


 魔人たちは自分たちの計画の成功を確信した。
 二つの原動力が異界通路形成装置を稼動させ、急速に異界通路を開通しつつある。
 完成まであと数分。
 形成され次第、即座にこの世界から脱出し、異界通路を閉じれば、地獄から完全に逃れられる。
 あの苦痛に満ちた世界など、二度と戻りたくはない。
 彼らは他者に苦痛を与えることなど厭わず、寧ろそれが当然のこととしていた。
 共感能力や感情移入能力の欠如とでもいえるだろうか、他人の苦痛というものが理解できず、そういったものを自分以外の誰かが感じているということが理屈ではわかっても、感覚や感情として理解できない。
 だがそれは彼らの行動原理の極一部であり、けして全ての理由ではなかった。
 結局のところ、彼らは苦痛にのた打ち回るさまを楽しみ、人を不幸に陥れることに、ある種の快楽を見出していた。
 地獄で自分がその立場に立っても、寧ろ謂れのない罪罰を受けているとしか思わなかった。
 そういった思考や精神構造が地獄に落ちる最大の原因だったのだが。
 彼らは待った。
 残り数分で不条理な苦痛に満ちた世界から自分を断ち切ることができる。
 通路はさながら彼らにとっての救いの道の如く、輝かしき色彩の煌きを放つ。
「む?」
 不意に異界通路に歪みが発生した。
「なんだ?」
「原動力に異常発生。パターンが変化し始めた。エネルギー源として使用できない」
 異界通路形成装置の稼働率が急速低下し、それに伴い、通路も自然作用で復元され閉じていく。
 ここにきての異常発生に彼らは焦燥し、急いで原因を究明しようと動き出した。
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