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三章・いきなりですが冒険編

イラネーですので

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 北極大陸にて。
 ここのところ出番のなかった、女同士の関係に誘う公爵令嬢さんと、その従者さんがいたのだった。
「よいですか。冒険者組合での情報では、大魔王の本拠地は、この北極大陸にあるとのこと。
 わたくしがそれを見つけ出し、聖女に一番に報告するのですわ。
 そしてわたくしの献身に感動した彼女は、わたくしの愛を受け、女同士の素晴らしさに目覚めるのですわ」
「それ、無理がありすぎです」
「おだまり! とにかく大魔宮殿を見つけ出しますわよ」
 ようするに、冒険者組合の報告書を盗み見したのは公爵令嬢さんで、大魔宮殿を探しに来たのだった。


 悪友はポテチを食べながら、
「大魔宮殿の位置って、もう精霊将軍が見つけたんじゃなかったっけ?」
「うん。でも 古い報告しか呼んでなくて、そのことを知らなかったみたい」
「無駄足の骨折り損ね」


 さて、公爵令嬢さんと執事さんが北極大陸を探索していると、ドクロの仮面をかぶった隠密将軍が現れた。
 公爵令嬢さんは身構える、
「何者ですの!?」
「貴様達こそ何者だ?」
「わたくしたちは大魔宮殿を探しているのですわ」
 隠密将軍は方向を指差し、
「大魔宮殿なら、この先を進めば到着する」
 公爵令嬢さんは警戒を解いて礼をする。
「あら、ありがとうございます。親切に教えてくださるなんて」
 隠密将軍は二本の小太刀を抜いた。
「そして知ったからには死んで貰う」
「自分から教えておいて!」
 なんか大ピンチ。



 そして わたしたちのほうは、五体の造魔と戦ったあと、魔兵将くんと精霊将軍が北極大陸の偵察に向かった。
「僕たちが先に様子を見に行ってきます。おそらく大魔王は罠を張っているでしょう」
「無理はしないでね」
 死んだりしたら、話がシリアスな方向へ行って、わたしに命の危険があるから。
 わたしの心配に、精霊将軍が答える。
「安心しろ。先走って戦ったりはしない。あくまで様子見だ」
 そして二人は空を飛んで北極大陸へ。
 残りはけが人の手当て。
「まったく だらしないなぁー。この程度でやられちゃうだなんてー。ボクちゃんさまの活躍がなかったらみんな死んでたゼェー。ヒュー」
 と、ほざいてやがるのは王子だった。
 最初に一発で吹っ飛ばされて気絶していたために、五鬼の放った爆風から無事で無傷だったのだ。
 こいつをカウントすれば戦力は八人って事になるんだけど。
「君たち安心してよネー。ボクちゃんさまが大魔王をやっつけちゃってあげるからネー。イェー」
 戦力にはならないだろうなー。
 わたしは ため息を吐いて。
「黙ってけが人を運んでください」
「わかってるヨー。ウィー、だゼー」
 しかしこいつ、ホントになにがあったの?


 その頃、北極大陸では公爵令嬢さんと従者が逃げ回っていた。
「大ピンチですわ!」
「だから止めときましょうっていったじゃないですか」
「おだまり! とにかく逃げるのよ!」
 隠密将軍が率いる魔物の群れに追いかけられる二人。
 しかし人間の脚ではすぐに追いつかれてしまった。
「なんとかしなさい!」
 大雑把な指示を出す公爵令嬢さんに、従者さんは冷淡に、
「なんとかしなさいといわれても、もうどうしようもないっすね」
 と諦めモードだった。


「「「KISYAAAAA!!」」」
 魔物の群れが二人に一斉に襲いかかったその時、
「剛竜破」
 一つの攻撃で魔物が全て吹き飛んだ。
 そして二人を助けた者に、隠密将軍が小太刀を構える。
「貴様は竜騎将軍。執事は失敗したのか」
「執事如きで俺を殺せると思っていたか? 見くびられたものだ」
 鋭い眼光の竜騎将軍に、隠密将軍は沈黙。
「どうした? かかってこないのか? ならばこちらから行くぞ」
 竜騎将軍は攻撃を繰り出す。
「剛竜撃」
 隠密将軍はそれを避けたものの、しかし回避するだけで攻撃しなかった。
「なにをしている? 避けているだけでは俺を倒せんぞ」
 しかし隠密将軍はそれでも沈黙して動かない。


 二人の戦いを見ていた公爵令嬢さん達は、
「よくわかりませんけど、今のうちに逃げた方が良さそうですわね」
「賛成ッス」
 しかし別のグループが登場し、逃げることが出来なくなってしまった。
「おっと、そうはいかねえ」
 それは、五体の造魔だった。
 五人は二人を囲む。
 魔鬼は、
「隠密将軍から連絡が来たかと思えば、他にもザコがいたとは」
 戦鬼が、
「ザコというより、一般人ではないのか、これは」
 闘鬼が剣を構え、
「どちらにせよ、殺すだけだ」
 竜騎が、
「ならば俺は隠密将軍に加勢しよう」
 獣鬼も、
「確かにあっちの方が面白そうだ」


 竜騎将軍は五体の造魔を見ると、
「なるほど。回避に専念していたのは、援軍要請をしていたためだったか。
 しかし、この程度の戦力で倒せる俺ではないぞ」
「あの二人を庇いながら、この数に勝てると?」
 疑問を投げかける隠密将軍に、竜騎将軍は冷酷に答える。
「助けるつもりはない」
 公爵令嬢さんが悲鳴を上げる。
「ちょっとー!? そこは助ける場面ではありませんのー!」
 従者のほうは冷淡に、
「まー、こうなるとは思ってたッス」


 大ピンチが去ったかと思えば また大ピンチの二人のところに、救世主が現れた。
 空から飛来してきた魔兵将くんと精霊将軍だった。
 精霊将軍は竜騎将軍に、
「竜騎将軍。大魔王軍を離れたのは知っているが、これはどういうことだ? なぜこいつらと戦っている? おまえは傍観に徹するのではないのか?」
「事態が変わった。大魔王は倒さねばならん」
 魔兵将くんが、
「ならば僕たちと一緒に戦うべきだ。おまえ一人では勝てない」
「舐めるなよ、小僧。俺を誰だと思っている。大魔王軍など物の数ではないわ!」
 竜騎将軍の身体からすさまじい闘気が立ち上り始めた。
 本当に大魔王軍を全て一人で倒してしまうのではないかと思うほどの力だった。
 その時だった。
「グゥッ!」
 竜騎将軍が苦悶の声を上げた。
 そして地面にうつる、竜騎将軍の影から腕が伸びていた。
 その手にはナイフが握られ、それは竜騎将軍の背中に刺さっていた。
 竜騎将軍の影からスーと、腕の主である執事が出現した。
「き、貴様、生きていたのか」
 執事は微笑を浮かべて、
「当然でしょう。私が首を刎ねられた程度で死ぬと思っていたのですか。見くびられたものですね。
 まあ、この時のために死んだふりをしていたのですが。不意打ちは成功しましたし、死んでいただきましょうか」
「そうはさせるか!」
 魔兵将軍が兵器を一斉起動させた。


 チュドドドドド!!


 爆炎が周囲一帯に起こり、そしてそれが収まると、竜騎将軍たちの姿はなかった。
 残されたのは、隠密将軍と執事。そして五鬼。
「逃げられてしまいましたね」
 執事が残念そうに言うと、隠密将軍が、
「魔兵将軍の得意とする、緊急転移装置を使ったのだろう」
 そして獣鬼が、
「なんでぇ。結局 戦いはなしか。がっかりだぜ」
 執事が謝罪する。
「申し訳ありません。援軍に来てくださったのに、ぬか喜びをさせてしまい。
 しかし、彼らは次こそ総力を挙げて大魔宮殿へ攻めてくるはず。その時まで力を温存していただけますか」
 魔鬼が答える。
「そうするとしましょう。では、大魔宮殿へ戻りましょうか」


 そして 北の国の城に戻った魔兵将くんたち。
 助けられた公爵令嬢さんが、
「し、死ぬかと思いましたわ。マジで死ぬかと思いましたの。エグエグ……」
 涙を流して生きている喜びをかみしめていた。
「それより お嬢様、聖女様さまですよ」
 と従者さんがわたしを示した。
 とたん公爵令嬢さんは、
「久し振りですわ! 私の聖女!」
 わたしは冷淡に、
「わたしは貴女のものじゃないです」
「そんなつれないことをおっしゃって。憎い人。さ、わたくしが来たからには もう安心してくださいませ。汚らわしい男どもから守って差し上げますわ」
「いえ、けっこうです。っていうか、なぜに貴女がここにいるんですか?」
「貴女を守るために追いかけていましたの」
「なんとなく事情は察しました。でも イラネーですので国に帰っていただけますか」
「うふふふ。わたくしの報告を聞いても そんなつれない態度を続けられるかしら。じつは わたくし 大魔宮殿の場所を特定いたしましたのよ。これで大魔宮殿へ乗り込めますわ」
「それ、もう とっくにわかってます」
「……」
 公爵令嬢さんはしばらくの沈黙の後、
「なんですって!? わたくし 命がけで見つけましたのよ!」
「そうですか。まあ それはそれとして、戦いの邪魔にならないよう国へ帰ってくださいね」
「ちょっと! 冷たすぎませんの事よ!」
 変な話し方になっている公爵令嬢さんはほっといて、わたしは竜騎将軍のところへ。


 竜騎将軍は背中の傷の手当てを受けていた。
「助けて貰ったが、礼は言わんぞ」
「お礼の必要はありません。わたしが欲しいのは貴方の力。戦力です。
 確かに貴方は、正面から戦うことに関しては、まさに最強で、それに異を唱える者などいないでしょう。
 ですが、不意打ちには対処できないことが、今回のことで証明されました。
 竜騎将軍。大魔王と戦うのならば、わたしたちと一緒に戦うべきです。
 たとえ最強でも、一人では限界がある。仲間の存在こそが、その限界を打ち破るのです」
 よし。
 我ながら良いこと言った。
 さすがは わたし。
 天才軍師の才能を持つできる女。
 竜騎将軍はしばらくの沈黙の後、
「いいだろう。一時的なものではあるが、共闘することを承諾しようではないか」
 よっしゃ。
 これで命の危険がぐっと減る。
 最悪 私一人でも助かってみせるわよ。


 悪友はあきれていた。
「あんた、マジで自分の命しか心配してないわね」
 わたしは鼻くそをほじりながら、
「当たり前でしょ。自分の命がこの世で一番 尊いのよ」


 この世で最も聖女にふさわしくない女を主役にしてしまった。
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