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三章・いきなりですが冒険編

快楽落ち

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 妖術将軍が正体を現すと同時に、わたしは武台の出場者たちへ叫ぶ。
「みなさん 逃げて! なにか罠が仕掛けられてます!」
 しかし妖術将軍が早かった。
「遅いわい!」
 武台の中心に魔方陣が描かれ、そこから巨大なイソギンチャクのような姿の魔物が出現した。
 それは無数の触手を伸ばし、選手たちを捕らえる
 わたしは妖術将軍に聞く。
「アレはいったいなんなの!?」
 妖術将軍は不気味な笑みで説明する。
「あれは大魔王様の命令で造った人工の魔物。
 造魔じゃ!」
 造魔。
「あらゆる魔物の細胞を合成 培養し、様々な長所を取り入れ造り上げた、強力な魔物じゃ。
 完成すれば大魔王様の先兵として大いに役立つじゃろう」
「出場者たちをどうするつもりなの!?」
「あの造魔はこの世の物とは思えぬ快楽をもたらすように造ってある。出場者どもを快楽の渦へと落とし、大魔王様に忠誠を誓わせるのじゃ。
 人間の心を操るなどたやすい。苦痛には耐えられても、快楽には耐えられぬ。快楽落ちするのは時間の問題だろうて。
 アヒャヒャヒャヒャヒャ!」
 出場者は姫騎士さん以外 全員 男。
 それが快楽落ち?
 ヤバい。
 想像しただけで気持ち悪くて吐きそうになってきた。
 そして それは現実となる。
 造魔に捕らえられた出場者たちから悲鳴が上がり始めた。
「なんだこれは!?」
「変なところを触ってくるぞ!」
「止めろ! 止めてくれぇえええ!」
 そんな声の中から姫騎士さんの声が混じってくる。
「素晴らしい。屈強な男たちが快楽で身もだえる姿は なんと素晴らしいのだ! アーハッハッハッ!!」
 なんか一人だけ楽しんでるんだけど。
 っていうか ここまで腐臭が漂ってくるんですけど。
 南の王さまが慄然と、
「いかん、姫騎士殿が もう快楽に飲み込まれようとしている」
 いえ、以前から腐ってます。
 なんてことを知らない南の王さまは、兵士たちに命令を出す。
「造魔を攻撃しろ! 出場者たちを助けるのだ!」
 コロシアムの警備兵たちが造魔に攻撃を加えるが、ほとんど傷が付かない上、傷が付いたとしても、物凄い速度で再生する。
 妖術将軍は、
「造魔はあらゆる魔物の細胞を融合させて作ってある。再生能力の強い魔物を使うのは あたりまえじゃわい」
 ならば、
「兄貴! 中隊長さん! 妖術将軍を直接やりましょう!」
「おっと、そうはいかん」
 造魔から触手が伸び、妖術将軍を絡め取ると、造魔の上に。
 しかも、妖術将軍の手には いつのまにか剣があった。
 南の王さまは顔を青くして、
「それはドラゴンスレイヤー!」
 妖術将軍は、
「これは貰っておくぞい。役に立ちそうじゃからの。大魔王様に献上すれば褒美が貰えるじゃろうて」
 警備兵たちが奪い返そうとしたが、
「「うわぁあああ!!!」」」
 造魔の触手にあっさりとやられる。
 ザコ ここに極まれり。
「兄貴と中隊長さんも参戦してください。ただし、聖女の力は使わない方向で」
「わかった」
「わかったでござる」
 そして二人は破邪の力を解放して造魔へ。
「破ぁあああ!」
「フォオオオ!」
 二人は造魔と戦えてはいるんだけど、やはり造魔の再生力が問題で、決定的なダメージを与えられない。
 かといって、聖女のピストルと使うと、力が強くなりすぎて武器が壊れてしまう。
 それに まだ練習不足だ。
 そんな状態で力を二重に使ったら、思わぬ事故が起きて、出場者たちまで巻き込んでしまうかも知れない。
 どうすればいい?


「……ん?」
 ふと、わたしはおかしな事に気付いた。
 造魔の中に、なにか秘めた力を感じたのだ。
 わたしは意識を集中してみる。
 やっぱり そうだ。
 あの人工の魔物、まだ秘めた力を持ってる。
 じゃあ、ただでさえヤバいのに、もっとヤバくなる可能性があるの?
 妖術将軍が気付いているとは思えないけど、気付かれる前に造魔を始末しないと。
 でも、どうやって?
 兄貴も中隊長さんも善戦はしてるんだけど、造魔の再生力がそれを上回っている。
 警備兵はザコだし。
 ……ちょっと待って。
 わたしはあることに気付いた。
 秘めた力があるってことは、アレができるってことなんじゃ?
 でも 失敗したら、ますますやばいことに。
 だけど このままじゃ 選手たちが大魔王側になってしまう。
 こうなったら 一か八かだ。


「兄貴! 中隊長さん! 離れてください!」
 わたしの指示に、二人は造魔から距離を取る。
 そして、中隊長さんがわたしに、
「なにか策があるのか?」
「こうします!」
 わたしは聖女の杖を向けると、聖女の力を造魔に使った。
「「「なに!?」」」
 中隊長さんも兄貴も、そして妖術将軍まで驚いている。
「キシャアアアアア!」
 造魔が光り輝き、秘めた力が解放された。
 中隊長さんがわたしに、
「なにを考えているんだ!? 造魔がさらに強くなってしまった!」
 兄貴も理解不能といった感じで、
「マイシスターがおかしくなってしまったでござる!」
 わたしは二人に断言する。
「これでいいんです!」
 わたしは聖女の力を使い続けた。
 造魔の力が極限まで高まっても、聖女の力を使い続けた。
 そして!


「ギギャアアアアア!!」
 造魔が崩壊を始めた。
 妖術将軍が愕然とする。
「な!? なんじゃと!?」
 わたしは解説する。
「中隊長さん、竜騎将軍の時のことをおぼえていますよね。あの時、中隊長さんは竜騎将軍に力を暴走させられて、重傷を負いました。
 それと同じことをしたんです。造魔の力が暴走するまで聖女の力を使い続けたんですよ。結果、造魔は自分の力で自分を滅ぼした」
 聖女の力を使いすぎるのは危険だと 何度も忠告されてきたけど、今回はそれをあえてやったのだ。
「マイシスター!」
 兄貴がわたしに抱きついてきた。
「さすがでござるよ! マイシスター!」
「抱きつくんじゃないわよ! うっとうしいわね!」


 そして取り残されたのは、妖術将軍一人。
「うぐぐぐ……撤退!」
 一瞬で妖術将軍は背中につけてあったロケットで遙か上空へ。
「ホント 逃げ足だけは速いわね」


 造魔の触手に捕らえられた選手たちは、みんな無事だった。
 ただ、姫騎士さんだけが文句を言っていた。
「あと もう少しで 逞しい男たちが快楽落ちする姿が見れたというのに なぜ止めたのだー!?」
「止めるに決まってるでしょー!!」


 南の王国から離れた妖術将軍は、手にするドラゴンスレイヤーを満足そうに見ていた。
「危ないところじゃったが、その甲斐はあったわい。ドラゴンスレイヤーを手に入れ、造魔の実戦データも取れた。これで、魔王様を改造できる」


 意味ありげなセリフで続く。
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