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三章・いきなりですが冒険編

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「獣士将軍に勝った わたし。
 繰り返すわね。
 獣士将軍に勝ったのは わたしなの」
 悪友はうんざりしたように、
「わかったから、話を先に進めなさい」
 魔兵将くんが苦笑いして、
「あははは。戦闘で活躍できたのが嬉しかったんですよ」
「そうよ。みんな大活躍してるのに、わたしはオッサンと解説役なんだから。
 だから何度でも繰り返すわ。
 獣士将軍に勝ったのは わたしなのよー!」
 悪友は、
「わかったって!」


 とはいうものの、わたしたちは大魔王軍に苦戦している事実を認めなければなかった。
 一番の問題は、聖女のわたしがいなければ、竜戦士と戦乙女の力が使えないという事だ。
 これでは力を使いこなすための練習も、手間がかかって仕方がない。
 そこに勇者の童貞オタク兄貴が、
「危険でござるが、解決方法があるでござる」
「そういうことは最初に言いなさいよ」
 わたしが睨み付けると、兄貴はオタオタしながら、
「いや だから、危険があるのでござるよ」
「とりあえず説明して」
 勇者の童貞オタク兄貴は説明を始めた。
「ようは、中隊長殿と姫騎士殿が、勇者の力を手に入れるのでござる。
 竜戦士の力も 戦乙女の力も、本来は拙者と同じ、勇者としての破邪の力なのでござる。
 しかし、勇者の力を手に入れるには、試練の聖殿にて、五柱の破壊神から試練を受けて、それに合格する必要があるでござる。
 しかしながら、試練に不合格だと、命を落とすでござる。
 しかも 試練は非常に難易度が高いでござる。
 だから言いにくかったのでござる。
 まとめるとでござるとな、試練の聖殿にて、中隊長殿と姫騎士殿が、試練を受けて合格すれば、聖女の力に頼らなくとも、拙者のように力が使えるようになると言うことでござる」
 中隊長さんが繰り返す。
「その試練に合格すれば、俺は竜戦士の力を自分で発動できるようになれるのだな」
「その通りでござるが、危険でござる。危険すぎるでござる。とても勧められぬでござるよ」
 わたしは兄貴に、
「その試練って、どれくらい難しいの?」
「拙者が合格したのは、転生 十八回目でござる」
「十八回目?! そんなに難しいの!?
 っていうか、兄貴 よくそんなに受ける気になったわね。普通 そんなに死んだら心が折れるわよ」
「マイシスターと再会するためでござる」
「その情熱を どうして正しい方向へ向けられないのよ」
 頭痛が痛いとは まさにこのこと。
 兄貴は説明を続けて、
「中隊長殿と姫騎士殿の場合、すでに破邪の力を持っている状態でござる。完全に普通の人間だった拙者とは違って、合格する確率は高いでござろう。
 しかし、あくまで確率の問題であって、試練の結果次第で命を落とすことに変わりはござらぬ。
 どうするでござるか?」
 中隊長さんは即断する。
「俺はその試練を受ける。大魔王を倒すのは、今の状態では不可能だ」
 そして姫騎士さんも、
「私も当然 試練に挑む。このままでは敗北が見えている」


 こうして、わたしたちは話し合った結果、試練の聖殿へ向かうことになった。
 しかし、魔兵将軍親子は大魔王軍と戦うための準備をすると言うことで別行動。
「炉歩徒が魔王との戦いで爆発してしまいましたから、新しい物を用意しないといけません。
 大丈夫。世界各地に大魔王軍にも秘密で いくつも隠してあるんです。一番近くの炉歩徒を手に入れたら、すぐに合流しますから」
 そして精霊将軍は二人の護衛。
「魔兵将軍は生身ではそれほど強くない。炉歩徒を手に入れるまで、私が護衛をしていよう」
 こうして、魔兵将軍親子と精霊将軍と、いったん別れた。


 そして わたしたちは試練の聖殿へ向かったのだが、その途中、思わぬ問題が発生した。
 姫騎士さんがわたしに問い詰めてきたのだ。


 試練の聖殿まで 後一日というところの宿にて、わたしと姫騎士さんが同じ部屋で二人きりになったときのこと。
「今日は聞かせて貰う。おまえはいったいなんの嘘を吐いているんだ?」
「あ、そのネタ まだ続いてたんですね」
 姫騎士さんが変に鋭くて嘘に気付いているって話、登場したとき以来 出てこなかったから、このまま なかったことになるんじゃないかなって思ってたのに。
「おまえが自分から話せるようになるまで待ってくれと言ったから、ただ黙っていただけだ。
 しかし、これ以上 待つことはできない。
 試練の聖殿までもうすぐだ。
 そして試練の結果しだいでは命を落とす。
 それなのに、おまえは嘘を言い続けるのか。いったいなんの嘘を吐いているのか知らないが、今こそ真実を話すときだ。
 わたしにではないぞ。中隊長にだ。
 あの男は心からおまえを想っている。大魔王討伐の旅に同行しているのも、世界を救うためと言うよりも、おまえを守るためだ。そして、これから命をかけた試練に挑むのも、おまえのためなのだぞ。
 それなのに、おまえは真実を嘘でごまかし続けるというのか?」
 ごまかすに決まってますわよ。
 この嘘は死ぬまで言い続けてやりますとも。


 魔兵将くんが少し悲しそうに、
「聖女さま。嘘をついてごまかしていることがあるんですか?」
 わたしは手で顔を覆い隠すようにして、鼻毛を引っこ抜く。
「うぅううぅぅ……女には誰にも知られたくないことがあるの。お願い、それ以上は聞かないで」
「ご、ごめんなさい」
 慌てて謝る魔兵将くん。
 そして悪友はあきれたように、
「そこまで良心の呵責がないのも すごいわね」
 とか呟いていたけど、無視した。


 ともかく、姫騎士さんをごまかすのは難しい。
 嘘は見抜かれてしまうだろう。
 しかし、天才軍師の素質を持つ わたしは閃きましたわ。
 嘘を言わなければ良いのだ。
 別の隠しておきたかった真実によって、本当に隠しておきたい真実をごまかす。
 この方向で行ってやる!
 わたしは言いにくそうな演技をしながら、
「実はですね、王子のことなんですけど……」
「おまえを慰み者にしていたという王子か?」
「その王子のことです。実は、王子が、なんというか、真実の愛にお目覚めになられてしまいまして」
 姫騎士さんは怪訝に、
「それは良いことではないか。愛に目覚めたのなら、おまえにしたことも反省し、後悔していることだろう」
「いや、それがですね、その愛が、まあ、禁じられた愛というかなんというか……」
「禁じられた愛? 身分違いとか、そういう周囲が許さない愛ということか?」
「ある意味そうです」
「どういう意味だ? 回りくどい言い方をしていないで、もっとハッキリ説明しろ」
「つまり男同士の恋愛なんです」
「なっ?!」
 姫騎士さんの動きが止まった。
 瞳孔が広がり、呼吸も止まり、心臓も動いていないのではないかと言うほど、一ミリも動かない。
 それが十秒以上続き、わたしは姫騎士さんをツンツンと突っつきながら、
「姫騎士さん、大丈夫ですか? やっぱりショックが大きかったですか?」
 言いつつ わたしは確信していた。
 王女である姫騎士さんは、ある意味 温室育ち。
 男同士の恋愛など刺激が強いはず。
 わたしが本当にごまかしていたいことに気付く余裕はないだろう。
 そしてなにより、王子が禁断の愛にお目覚めになられたのは事実だ。
 これなら姫騎士さんにだって嘘を付いているとは見抜けない。
 姫騎士さんはしばらくして、
「な、な、な……なんだと?」
 体が震えだした。
「お、男同士で、恋愛だと?」
「そうなんです。修道院は男しかいないので、まあ目覚めたみたいでして」
 次の瞬間、姫騎士さんは わたしの眼前にまで顔を接近させた。
「その話をもっと詳しく教えろくださいませ!」
 ……あれ?
 なんか、姫騎士さんの眼が澱んでいるのにギラギラと輝いていて、腐臭まで漂ってきたような。
「男同士の恋愛……す、素晴らしい。
 詳しく説明するのだくださいませ。王子の禁じられた愛について知っていることを全て話すのだくださいませ。
 私も試練を受けるのだからな。心残りがないように、真実を知っておかねば。
 そう、真実の愛を!」


 姫騎士さんは腐女子だった。


 次の日の朝、姫騎士さんは旅の仲間をいったん外れるとか言い出した。
 わたし以外の三人は、当然 理解できないといった風。
「突然 こんなことを言って驚いているのはわかる。
 しかし、誤解しないで欲しいのだが、私は試練から逃げるのではない。
 命をかけた試練に挑む前に、どうしても確かめておかなければならないことができたのだ。
 これは重要なことだ。だから私がこの目で直接 確かめなければならない。うむ、重要なことだからな」
 そして姫騎士さんは、王子のいる修道院へ向かった。
 生のBLを見学しに。


 魔兵将くんは首を傾げて、
「BLってなんですか?」
「興味を持っちゃダメ。ただでさえ 魔兵将くん、素質がありそうだし」
 悪友も、
「そうよ、魔兵将くん。興味を持つならお姉さんにしなさい」
「チックショウ、こいつのほうが まだマシだって思ってしまう 自分がイヤになる」


 悪友はマシという扱いとか。
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