ドアマットヒロインは意外と……

文字の大きさ
上 下
6 / 6

ドアマットヒロインは意外と腹黒く強かである

しおりを挟む
 ラ・トレモイユ侯爵邸にて。
 ローズはエヴリーヌと共にティータイムを楽しんでいた。
「それで、ローズ。ラ・トレモイユ侯爵家の一連のことだけれど、どこまでが貴女の計算のうちなのかしら?」
 フッと意味深に微笑むエヴリーヌ。サファイアの目は、探るようにローズを見ている。
 ローズは動揺することなく上品な笑みを浮かべている。アメジストの目をエヴリーヌから逸らすことはなく。
「まさかエヴリーヌ大公世女たいこうせいじょ殿下に気付かれているとは」
 優雅に紅茶を一口飲むローズ。
わたくしは大公世女で次期女大公よ。人を見る目がないとやっていけないわ」
 クスッと笑うエヴリーヌ。
「左様でございますわね」
 ローズもクスッと微笑む。そして一呼吸置き話し始める。
「全てとは言いませんが、概ねわたくしの予想通りに事が進みましたわ。わたくしだけが幸せになれたので、とても満足しておりますの」
 ローズは淑女の鑑らしい笑みで淡々と語り始める。
「まず、あの家畜以下の者達を破滅させる計画を考え始めたのは、母が亡くなった直後でございました」
「まあ、家畜以下って……」
 辛辣な表現にエヴリーヌは苦笑する。
「あの者達は低俗で大した頭脳を持ち合わせていないのですもの。わたくしは、人として尊敬出来る方ならば身分を問わず敬意を払いますが、あれらには尊敬出来る部分が全くありませんもの。家畜以下ですわ。それに、わたくしの家族は亡くなった母セレスティーヌと父シルヴェストルだけでございますわ」
 ローズは品よく微笑みながらそう言う。完全にオーバン、デジレ、ペネロープ、ドナシアンの四人を見下していたのだ。
 ローズは上品な笑みを浮かべながら話を続ける。
「偶然、母が亡くなってすぐ、デジレとペネロープがラ・トレモイユ侯爵家に来た頃、オーバンが母を事故に見せかけて殺害した話を聞きましたの。あれはお金で雇って母の殺害を指示を出した者と報酬の話をしていましたの。わたくしが陰で聞いていることも知らずに。そこから計画を立てましたわ」
「要するに、ローズは十二歳でこの計画を立てたと」
「左様でございます」
 エヴリーヌの言葉にローズは頷く。そして続ける。
わたくしの髪色と目の色から、オーバンとは血が繋がっていないことも十二歳より前に気付いておりました。もしあれと血が繋がっていたら、恐らくわたくしはあれと同じ髪色で目の色だったでしょう。母はアッシュブロンドの髪に私と同じ紫の目。わたくしはプラチナブロンドの髪に母と同じ紫の目。あれとは一切血が繋がっていないことは火を見るより明らかでしたわ。だから、あの家畜以下の者達はわたくしを虐げることも簡単に予測出来ました。だから、敢えてそれに乗り、利用することにしたのでございます」
「まあ、そうだったのね」
 エヴリーヌはクスッと面白そうに笑い、紅茶を一口飲んだ。
「仕事を押し付けられたり、ぶたれたり食事を抜かれたり、物を奪われたり。わたくしはどんどん見窄らしくなりましたわ。ペネロープに母からの誕生日プレゼントのネックレスを奪われた時は、本気で殺してしまおうかとも思いましたが、家畜以下の人間の為にわたくしが手を汚すこともないと考えましたの。元婚約者のドナシアンも、見窄らしくなったわたくしを虐げてペネロープと仲を深めておりましたわ。まあそもそもあれは愚かな男なので、せいぜいわたくしの操り人形になればいいとは思っていましたが。ただ、今思えばあれがわたくしの婚約者だったのは人生の汚点でございますわ」
 ローズは淑女らしい上品な笑みだが、完全にペネロープやドナシアンを軽蔑していた。
「結構言うわね、ローズ」
 エヴリーヌはクスクスと笑っている。
成人デビュタントの儀で、わたくしはラ・トレモイユ侯爵家に居座る家畜以下の者達を排除する為の協力者を探しました。わたくしの見窄らしい見た目と、自分で言うのも恥ずかしいですが淑女の鑑と言われる所作。見た目と所作の乖離に気付き、何か事情があるのではと考えられる方を探しておりました」
「そしてそれに気付いたのがアルベールとわたくしということね」
「ええ。まさか大公家の方々が協力してくださるとは露にも存じませんでした」
 ローズはアメジストの目を細め、品よく微笑み紅茶で喉を潤す。
「それが一つ目の計算外といったところかしら?」
「左様でございます。そこから、アルベール様自ら調査をなさってくださり、ドナシアンが公の場でわたくしに婚約破棄を突き付けて新たにペネロープと婚約を結ぶ計画と、オーバンがわたくしを殺害しようとしている計画が露見しました。これらの計画は何となくわたくしも勘付いてはおりましたが、まだ先のことだったので手を打つのはもう少し後でもいいと存じておりました。しかし、アルベール様はわたくしを離宮で保護してくださいました。恐らく女大公陛下への説得が大変だったかと存じます」
 ローズは少し申し訳なさそうであった。アルベールはもう臣籍降下してローズと結婚した為、殿下ではなくアルベール様と呼んでいる。
「あら、そんなことはないわ、ローズ。ラ・トレモイユ侯爵家が潰れない為にアルベールも女大公陛下お母様も迅速に動いたわ。もちろんわたくしも」
 エヴリーヌは微笑む。サファイアの目からはやや自信ありげな様子が分かる。
「ありがとうございます」
 ローズはそのまま続ける。
「そこからは、予想通りのこともあれば予想外のこともございました。わたくしがラ・トレモイユ侯爵家の正式な当主になること、ドナシアンとの婚約解消は予想通りでございました。ただ、まさか新たにアルベール様と婚約するとは思いませんでした」
「ユブルームグレックス大公国内の貴族のパワーバランスを見てのことよ。それと、アルベールはローズに惚れていたわ。いつもどうしたらローズを救えるか考えていたもの。女大公陛下お母様にも、ローズの新たな婚約者に自分がなれるよう相談していたわ」
 クスッと品良く笑うエヴリーヌ。
「まあ……」
 ローズはりんごのように頬を赤く染める。
「可愛いわね」
 エヴリーヌはニヤニヤと笑う。
揶揄からかわないでください、大公世女殿下」
 ローズはエヴリーヌに軽く抗議した。そしてそのまま話を続ける。
「まあ、そこからは計画通りでございましたわ。公の場であの家畜以下の者達の罪を晒し、刑罰へ持っていく。ラ・トレモイユ侯爵家から家畜以下の者達を排除出来たので、もう安心でございますわ。わたくしは、やろうと思って出来なかったことなど一つもございませんわ」
 ローズは上品に微笑んだ。どこか自信ありげな笑みである。
「ただ、アルベール様があんなに真っ直ぐわたくしのことを想ってくださったことと、大公世女殿下にわたくしの本性を見破られていたことは全くの計算外でございました」
 ローズはふふっと微笑む。
わたくしを甘く見ないでちょうだい。まあわたくしも貴女のそういう本性を見抜いた上で協力したわ」
 悪戯っぽく笑うエヴリーヌ。エヴリーヌは一旦紅茶を飲み、そのまま続ける。
わたくしが女大公になったら、ローズを宰相に任命しようと思っているわ。その計画力や協力者を募る力、そして領地関連の仕事も完璧よ。だから、その能力でわたくしをサポートしてちょうだい」
「殿下をお支え出来るよう、精一杯尽力いたします」
 ローズは淑女の笑みである。
 そこへ、遠くからアルベールとエヴリーヌの婚約者フェリクスがやって来るのが見えた。
「あら、フェリクス様はアルベールと結構仲良くなられたのね」
 エヴリーヌはクスッと微笑む。
「左様でございますわね。……恐らくわたくしはアルベール様の真っ直ぐさには敵わないでしょうね。わたくしは傲慢で狡猾でございますので、アルベール様が眩しく感じますの。きっとわたくしは一生アルベール様に憧れ続けていると存じますわ。わたくしはあんな風に真っ直ぐではなく、目的のためなら汚い手段も使ってしまいますので」
 ローズはアルベールを愛おしそうに見つめている。
「あら、それで良いのではなくて? 大公配殿下お父様は、清廉潔白なだけでは政治は出来ないと言っていたわ。ローズはラ・トレモイユ侯爵家当主、そして次期宰相なのだから、それくらいが丁度いいのよ。わたくしも、決して清廉潔白なわけではないわ」
 エヴリーヌはふふっと笑う。
「ありがとうございます。少し心が軽くなりました」
 ローズは少し安心したように微笑んだ。
「それに、貴女はきちんとアルベールを愛しているのでしょう?」
 エヴリーヌは悪戯っぽい笑みでそう聞く。
「ええ。アルベール様を愛しているのは本心でございます」
 ローズはこちらに向かって来るアルベールを愛おしそうに見つめながら答えた。
「それなら良いわ」
 エヴリーヌはふふっと笑った。
「ローズ!」
「エヴリーヌ様!」
 アルベールとフェリクスがそれぞれローズとエヴリーヌに声をかける。
 ローズとエヴリーヌは丁度紅茶を飲み終わった時だったので、ゆっくりと立ち上がりアルベールとフェリクスの元へ向かった。
(わたくしはこれからラ・トレモイユ侯爵家のこと、そしてアルベール様と過ごす時間を大切にして生きていくわ)
 ローズは上品な笑みを浮かべていた。アメジストの目は真っ直ぐ未来を見据えている。
 腹黒くしたたかなドアマットヒロインは、こうして幸せになったのだ。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

naimed
2023.08.28 naimed
ネタバレ含む
2023.08.28

naimed様、お読みくださりありがとうございます!
他者様がお書きになるドアマットヒロインは基本的に気が弱かったり優しい性格が多いですが、腹黒く強かな子がいても面白いかなと思いローズをあのような性格にしました。
彼女のことですから念の為のBプランも用意しているでしょうね。
改めて、感想ありがとうございました!

解除

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

悪役断罪?そもそも何かしましたか?

SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。 男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。 あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。 えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。 勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。

悪女の私を愛さないと言ったのはあなたでしょう?今さら口説かれても困るので、さっさと離縁して頂けますか?

輝く魔法
恋愛
システィーナ・エヴァンスは王太子のキース・ジルベルトの婚約者として日々王妃教育に勤しみ努力していた。だがある日、妹のリリーナに嵌められ身に覚えの無い罪で婚約破棄を申し込まれる。だが、あまりにも無能な王太子のおかげで(?)冤罪は晴れ、正式に婚約も破棄される。そんな時隣国の皇太子、ユージン・ステライトから縁談が申し込まれる。もしかしたら彼に愛されるかもしれないー。そんな淡い期待を抱いて嫁いだが、ユージンもシスティーナの悪い噂を信じているようでー? 「今さら口説かれても困るんですけど…。」 後半はがっつり口説いてくる皇太子ですが結ばれません⭐︎でも一応恋愛要素はあります!ざまぁメインのラブコメって感じかなぁ。そういうのはちょっと…とか嫌だなって人はブラウザバックをお願いします(o^^o)更新も遅めかもなので続きが気になるって方は気長に待っててください。なお、これが初作品ですエヘヘ(о´∀`о) 優しい感想待ってます♪

【完結】もしかして悪役令嬢とはわたくしのことでしょうか?

桃田みかん
恋愛
ナルトリア公爵の長女イザベルには五歳のフローラという可愛い妹がいる。 天使のように可愛らしいフローラはちょっぴりわがままな小悪魔でもあった。 そんなフローラが階段から落ちて怪我をしてから、少し性格が変わった。 「お姉様を悪役令嬢になんてさせません!」 イザベルにこう高らかに宣言したフローラに、戸惑うばかり。 フローラは天使なのか小悪魔なのか…

悪役令嬢を追い込んだ王太子殿下こそが黒幕だったと知った私は、ざまぁすることにいたしました!

奏音 美都
恋愛
私、フローラは、王太子殿下からご婚約のお申し込みをいただきました。憧れていた王太子殿下からの求愛はとても嬉しかったのですが、気がかりは婚約者であるダリア様のことでした。そこで私は、ダリア様と婚約破棄してからでしたら、ご婚約をお受けいたしますと王太子殿下にお答えしたのでした。 その1ヶ月後、ダリア様とお父上のクノーリ宰相殿が法廷で糾弾され、断罪されることなど知らずに……

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。