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看病
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四月中旬になり、海斗も大学生活に慣れて来た頃のこと。
この日は金曜日。講義を終えた後、軽く部活に顔を出した。それにより海斗が大学を出たのは午後六時半過ぎである。
穏やかな気候になったかと思いきや、ここ数日少しだけ冷え込んでいた。
(暖かいのか寒いのか分かんねえな)
海斗も気まぐれな気候に翻弄されている。
大学から自宅マンションまでの道を、もうすっかり慣れた様子で歩く。
マンションまで辿り着き、エレベーターに乗り込み四階のボタンを押す海斗。
海斗が暮らすマンションは八階建てで全部屋バス、トイレ別のワンルーム。一人暮らしの大学生や社会人向けのマンションだ。
海斗はエレベーターの閉まるボタンを押そうとした。その時、誰かがエレベーターに乗ろうとエントランスから急ぎ足で来ていることに気付いた。海斗は開けるボタンを押してその人を待つ。
(あれ? あの人は……)
エレベーターに向かって来る人物に、海斗は見覚えがあった。
小柄で長い髪の女性。アンニュイな雰囲気をまとい、どことなく猫を彷彿とさせる。
(桜庭さんだ)
海斗の隣の部屋に住む智絵里である。
智絵里はスーパーで買った大量の食材を持ち、少しフラフラとした様子だ。
(大丈夫か……?)
顔には出さないが、海斗は内心訝しげである。
「すみません、ありがとうございます」
智絵里は申し訳なさそうに微笑み、エレベーターに乗り込んだ。しかし、様子がおかしい。
どこかフラフラとしており、目の焦点が合っていない。
そして次の瞬間、バタリと倒れ込んだ。
「ええ……!? あの、桜庭さん、大丈夫ですか!?」
海斗は倒れた智絵里の肩を揺らす。智絵里の体は熱かった。まさかと思い、海斗は智絵里の額に触れる。
「やっぱり熱がある。あの、どうしますか? 救急車呼びますか?」
海斗がそう聞くと、智絵里は力なさげに首を横に振る。
「多分ただの風邪なので……大丈夫です」
そうしているうちに、エレベーターは四階に到着した。
「えっと、荷物持ちますね。立てますか?」
智絵里の顔を覗き込むが、智絵里からの返事はない。
「ちょっと失礼しますね」
海斗は智絵里の荷物を持ち、そして智絵里の手を自身の肩に掛けさせ、二人三脚のように担ぐ。
(軽い……! この人ちゃんと食べてるのか……!?)
全く重量感のない智絵里に海斗は驚く。
(この人お菓子とカップ麺ばっか買ってるな。健康的にあまりよろしくない……)
海斗はふと智絵里の買った食材を見て若干眉を顰めた。
「あの、桜庭さん、部屋の鍵あります?」
海斗が聞くと、智絵里は力なくポケットから鍵を取り出す。
「開けますね」
海斗は智絵里の部屋を開ける。
女性の部屋に勝手に入ることに抵抗感はあるが、今は緊急事態である。
そして海斗は智絵里の部屋を見て、目が零れ落ちそうな程見開く。
「なんだこりゃ……!?」
まず、玄関にゴミ袋がギリギリ両手で数えられるくらい溜まっている。
恐らく出し忘れだろう。
そして床には足の踏み場がない。
部屋には恐らく取り込んだであろう洗濯物が畳まれずに散乱している。しかも下着まで放り出されていたので海斗は思わず目を逸らす。
更に、積んだ漫画が崩れ落ちている。有名で一時期品薄になった少年漫画全巻や、綺麗な絵柄の少女漫画が乱雑に置かれている。唯一綺麗に整頓されていたのは、よく分からない化学物質やカタカナ用語が書かれた本が置かれる本棚だけである。
そしてそこはかとなく生ゴミの匂いがしたので、海斗は恐る恐るキッチンに目を向ける。
やはりキッチンも惨状と化していた。
惣菜のゴミが乱雑に置かれているし、おまけにシンクにはカビが生えている。更に、床には食べ終わったカップ麺の容器が積まれて今にも倒れそうである。
「酷えな……」
海斗はため息をつき、なんとか足場を作って智絵里をベッドまで運んだ。
「ん……」
智絵里は熱にうなされている。
本来ならベッドに運び、これ以上看病する義理はない。しかし、年の離れた弟の世話をしていたせいか、世話焼き体質になっていた海斗。当然、智絵里の状況も放っておくことは出来ないようだ。
「あの、風邪薬とかあります? なければ買って来ますよ」
「ん……ない……お願い……」
海斗の問いかけに、ぼんやりとした声で答える智絵里。
早速海斗は智絵里から鍵を借り、ドラッグストアまで一走りする。そして薬や頭などに貼る冷却シートや水分などを買う。そしてマンションに戻ろうとした時、海斗はふと立ち止まる。
(そういやあの人カップ麺やお菓子しか買ってなかったな。……まともな食事摂ってなさそうだ。多分あの軽さだと食事抜いてる時もあるよな)
海斗はそのままスーパーへ向かい、少しだけ食材を購入した。
「薬と飲み物、この上に置いておきますね」
智絵里の部屋に戻り、海斗はベッド近くのチェストに風邪薬とペットボトルを置く。そして冷却シートを智絵里の額に貼る。
「冷たい……ありがとう」
ぼんやりした返事である。熱で意識が朦朧としているのか、敬語が抜けている。
「あの、失礼を承知ですが、この家まともな食材がなさそうなのでちょっと食べやすそうなお粥作って持っていきます」
「食欲……ない……」
弱々しい返事が返って来る。しかし、世話焼きの海斗はここで引くわけがない。
「食べないと回復しませんよ」
そのまま海斗は自分の部屋に向かう。智絵里の部屋のキッチンは使い物になりそうにないので、海斗の部屋のキッチンでお粥を作るのだ。
海斗の手際はかなり良く、あっという間に卵粥が完成する。
そして鍋と器を持って智絵里の部屋に戻る。
「桜庭さん、卵粥作って来ましたよ。少しでもいいので食べてください」
「ん……ありがとう」
智絵里はゆっくりと体を起こし、緩慢な動作でお粥を食べ始める。
「……美味しい」
とろんとした目で微笑む智絵里。どことなく色気がある。
「それは……どうも……」
一瞬ドキリとし、海斗は智絵里から目を逸らした。すると、嫌でも部屋の惨状が目に入る。海斗はこの部屋をどうにかしたくてしょうがなくなった。
「部屋も……少し片付けさせてもらいます。失礼承知で言いますが、キッチン周りとか酷いので」
「ん……」
相変わらずぼんやりした返事の智絵里。
海斗はなるべく音を立てず、手際よく簡単に片付けて始めた。
キッチン周りのゴミを全て袋に入れ、床に散乱した物をまとめる。あっという間に智絵里の部屋は少しマシになった。
智絵里の方も、海斗が作った卵粥を半分くらい食べ終えたところで風邪薬を飲み横になる。そしてしばらくすると規則正しい寝息を立てて眠り始めた。先程よりも、苦しくなさそうである。
(何と言うか、無防備だなこの人……)
内心呆れつつも、海斗は残りの片付けをし、自分の部屋に帰るのであった。その際智絵里の部屋の鍵を閉めた後、その鍵は新聞受けに入れた旨のメモを残した。
ーーーーーーーーーーーーーー
その翌日。
アラームをかけずに眠っていた海斗は、インターホンの音で目が覚める。
「はい」
寝起きの掠れた声で応答する海斗。するとインターホン越しに女性の声が聞こえた。智絵里である。
『あ、桜庭です。あの、昨日は色々とありがとうございます。薬代とか渡したいのですが』
智絵里の声はすっかり元気になった様子である。取れていた敬語もしっかりと戻っている。
「ああ……大した額じゃないんで、別に気にしなくていいですよ」
『いえ、そういうわけにはいきませんから』
智絵里は引く様子がない。海斗はあきらめたようにドアを開ける。
「あの、これ薬代です」
智絵里が海斗に手渡した額は五千円。
「いや、多いですって。こんなにしてません」
額の多さに海斗は受け取りを拒否しようとしたが、智絵里に無理矢理五千円札を握らされてしまった。
「それと……」
智絵里がほんのり顔を赤く染める。
「卵粥だけでなくて、私の部屋、片付けてくださいましたよね。その、ありがとうございます。汚くて何か申し訳ないです。片付けとか苦手で……」
「ああ……まあ片付けは得意なので問題ないです」
海斗はあくびをしながら答える。
「あ、ごめんなさい。進藤さんの予定も考えず押しかけてしまって」
「別に大丈夫です。今日は土曜ですし、講義も部活もないんで」
「……大学生なんですね」
智絵里は少し考える素振りをする。そしてとんでもないことを言い出した。
「あの、私専属の家事代行バイトとかしませんか?」
「……はい?」
海斗は突然のことに思考停止した。
この日は金曜日。講義を終えた後、軽く部活に顔を出した。それにより海斗が大学を出たのは午後六時半過ぎである。
穏やかな気候になったかと思いきや、ここ数日少しだけ冷え込んでいた。
(暖かいのか寒いのか分かんねえな)
海斗も気まぐれな気候に翻弄されている。
大学から自宅マンションまでの道を、もうすっかり慣れた様子で歩く。
マンションまで辿り着き、エレベーターに乗り込み四階のボタンを押す海斗。
海斗が暮らすマンションは八階建てで全部屋バス、トイレ別のワンルーム。一人暮らしの大学生や社会人向けのマンションだ。
海斗はエレベーターの閉まるボタンを押そうとした。その時、誰かがエレベーターに乗ろうとエントランスから急ぎ足で来ていることに気付いた。海斗は開けるボタンを押してその人を待つ。
(あれ? あの人は……)
エレベーターに向かって来る人物に、海斗は見覚えがあった。
小柄で長い髪の女性。アンニュイな雰囲気をまとい、どことなく猫を彷彿とさせる。
(桜庭さんだ)
海斗の隣の部屋に住む智絵里である。
智絵里はスーパーで買った大量の食材を持ち、少しフラフラとした様子だ。
(大丈夫か……?)
顔には出さないが、海斗は内心訝しげである。
「すみません、ありがとうございます」
智絵里は申し訳なさそうに微笑み、エレベーターに乗り込んだ。しかし、様子がおかしい。
どこかフラフラとしており、目の焦点が合っていない。
そして次の瞬間、バタリと倒れ込んだ。
「ええ……!? あの、桜庭さん、大丈夫ですか!?」
海斗は倒れた智絵里の肩を揺らす。智絵里の体は熱かった。まさかと思い、海斗は智絵里の額に触れる。
「やっぱり熱がある。あの、どうしますか? 救急車呼びますか?」
海斗がそう聞くと、智絵里は力なさげに首を横に振る。
「多分ただの風邪なので……大丈夫です」
そうしているうちに、エレベーターは四階に到着した。
「えっと、荷物持ちますね。立てますか?」
智絵里の顔を覗き込むが、智絵里からの返事はない。
「ちょっと失礼しますね」
海斗は智絵里の荷物を持ち、そして智絵里の手を自身の肩に掛けさせ、二人三脚のように担ぐ。
(軽い……! この人ちゃんと食べてるのか……!?)
全く重量感のない智絵里に海斗は驚く。
(この人お菓子とカップ麺ばっか買ってるな。健康的にあまりよろしくない……)
海斗はふと智絵里の買った食材を見て若干眉を顰めた。
「あの、桜庭さん、部屋の鍵あります?」
海斗が聞くと、智絵里は力なくポケットから鍵を取り出す。
「開けますね」
海斗は智絵里の部屋を開ける。
女性の部屋に勝手に入ることに抵抗感はあるが、今は緊急事態である。
そして海斗は智絵里の部屋を見て、目が零れ落ちそうな程見開く。
「なんだこりゃ……!?」
まず、玄関にゴミ袋がギリギリ両手で数えられるくらい溜まっている。
恐らく出し忘れだろう。
そして床には足の踏み場がない。
部屋には恐らく取り込んだであろう洗濯物が畳まれずに散乱している。しかも下着まで放り出されていたので海斗は思わず目を逸らす。
更に、積んだ漫画が崩れ落ちている。有名で一時期品薄になった少年漫画全巻や、綺麗な絵柄の少女漫画が乱雑に置かれている。唯一綺麗に整頓されていたのは、よく分からない化学物質やカタカナ用語が書かれた本が置かれる本棚だけである。
そしてそこはかとなく生ゴミの匂いがしたので、海斗は恐る恐るキッチンに目を向ける。
やはりキッチンも惨状と化していた。
惣菜のゴミが乱雑に置かれているし、おまけにシンクにはカビが生えている。更に、床には食べ終わったカップ麺の容器が積まれて今にも倒れそうである。
「酷えな……」
海斗はため息をつき、なんとか足場を作って智絵里をベッドまで運んだ。
「ん……」
智絵里は熱にうなされている。
本来ならベッドに運び、これ以上看病する義理はない。しかし、年の離れた弟の世話をしていたせいか、世話焼き体質になっていた海斗。当然、智絵里の状況も放っておくことは出来ないようだ。
「あの、風邪薬とかあります? なければ買って来ますよ」
「ん……ない……お願い……」
海斗の問いかけに、ぼんやりとした声で答える智絵里。
早速海斗は智絵里から鍵を借り、ドラッグストアまで一走りする。そして薬や頭などに貼る冷却シートや水分などを買う。そしてマンションに戻ろうとした時、海斗はふと立ち止まる。
(そういやあの人カップ麺やお菓子しか買ってなかったな。……まともな食事摂ってなさそうだ。多分あの軽さだと食事抜いてる時もあるよな)
海斗はそのままスーパーへ向かい、少しだけ食材を購入した。
「薬と飲み物、この上に置いておきますね」
智絵里の部屋に戻り、海斗はベッド近くのチェストに風邪薬とペットボトルを置く。そして冷却シートを智絵里の額に貼る。
「冷たい……ありがとう」
ぼんやりした返事である。熱で意識が朦朧としているのか、敬語が抜けている。
「あの、失礼を承知ですが、この家まともな食材がなさそうなのでちょっと食べやすそうなお粥作って持っていきます」
「食欲……ない……」
弱々しい返事が返って来る。しかし、世話焼きの海斗はここで引くわけがない。
「食べないと回復しませんよ」
そのまま海斗は自分の部屋に向かう。智絵里の部屋のキッチンは使い物になりそうにないので、海斗の部屋のキッチンでお粥を作るのだ。
海斗の手際はかなり良く、あっという間に卵粥が完成する。
そして鍋と器を持って智絵里の部屋に戻る。
「桜庭さん、卵粥作って来ましたよ。少しでもいいので食べてください」
「ん……ありがとう」
智絵里はゆっくりと体を起こし、緩慢な動作でお粥を食べ始める。
「……美味しい」
とろんとした目で微笑む智絵里。どことなく色気がある。
「それは……どうも……」
一瞬ドキリとし、海斗は智絵里から目を逸らした。すると、嫌でも部屋の惨状が目に入る。海斗はこの部屋をどうにかしたくてしょうがなくなった。
「部屋も……少し片付けさせてもらいます。失礼承知で言いますが、キッチン周りとか酷いので」
「ん……」
相変わらずぼんやりした返事の智絵里。
海斗はなるべく音を立てず、手際よく簡単に片付けて始めた。
キッチン周りのゴミを全て袋に入れ、床に散乱した物をまとめる。あっという間に智絵里の部屋は少しマシになった。
智絵里の方も、海斗が作った卵粥を半分くらい食べ終えたところで風邪薬を飲み横になる。そしてしばらくすると規則正しい寝息を立てて眠り始めた。先程よりも、苦しくなさそうである。
(何と言うか、無防備だなこの人……)
内心呆れつつも、海斗は残りの片付けをし、自分の部屋に帰るのであった。その際智絵里の部屋の鍵を閉めた後、その鍵は新聞受けに入れた旨のメモを残した。
ーーーーーーーーーーーーーー
その翌日。
アラームをかけずに眠っていた海斗は、インターホンの音で目が覚める。
「はい」
寝起きの掠れた声で応答する海斗。するとインターホン越しに女性の声が聞こえた。智絵里である。
『あ、桜庭です。あの、昨日は色々とありがとうございます。薬代とか渡したいのですが』
智絵里の声はすっかり元気になった様子である。取れていた敬語もしっかりと戻っている。
「ああ……大した額じゃないんで、別に気にしなくていいですよ」
『いえ、そういうわけにはいきませんから』
智絵里は引く様子がない。海斗はあきらめたようにドアを開ける。
「あの、これ薬代です」
智絵里が海斗に手渡した額は五千円。
「いや、多いですって。こんなにしてません」
額の多さに海斗は受け取りを拒否しようとしたが、智絵里に無理矢理五千円札を握らされてしまった。
「それと……」
智絵里がほんのり顔を赤く染める。
「卵粥だけでなくて、私の部屋、片付けてくださいましたよね。その、ありがとうございます。汚くて何か申し訳ないです。片付けとか苦手で……」
「ああ……まあ片付けは得意なので問題ないです」
海斗はあくびをしながら答える。
「あ、ごめんなさい。進藤さんの予定も考えず押しかけてしまって」
「別に大丈夫です。今日は土曜ですし、講義も部活もないんで」
「……大学生なんですね」
智絵里は少し考える素振りをする。そしてとんでもないことを言い出した。
「あの、私専属の家事代行バイトとかしませんか?」
「……はい?」
海斗は突然のことに思考停止した。
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