上 下
26 / 36
本編

アーレンベルク公爵令嬢

しおりを挟む
 針と共に『パトリック様に近付くな』という手紙が届いた後も、エマは特に気にすることなくパトリックにエスコートされて夜会に参加していた。そしてやはりいつも通りユリアーナを始めとし、エマの周りには人が集まる。その中心でエマは太陽のような笑みを浮かべていた。
 その時、エマはこちらに近付いて来る令嬢に気付く。
 艶々とした赤毛にクリソベリルのような緑の目。そしてパッと目を引く美貌。カサンドラである。
「あの方は……確か……」
「エマ様、アーレンベルク公爵令嬢でございます」
「左様でございましたのね。ありがとうございます、ユリアーナ様」
 さりげなく教えてくれたユリアーナにお礼を言うエマ。
(アーレンベルク公爵家……。公爵家の中でもかなり上の家格だわ)
 エマ達はアーレンベルク公爵家よりも身分や家格が下なので、カーテシーやボウ・アンド・スクレープで礼をる。
「お顔を上げてちょうだい」
「恐れ入ります、アーレンベルク嬢」
「あら、わたくしのことをご存知なのね。改めて、カサンドラ・グレートヒェン・フォン・アーレンベルクよ」
 カサンドラは身分の高い者から順に話しかける。
(そろそろ私が話しかけられる番かしら?)
 エマはそう思い、カーテシーをして待っていたのだが……。
「あら、お顔を上げてちょうだい」
 カサンドラはエマの前を通り過ぎ、リートベルク家よりも家格が低い伯爵家の令嬢に声をかけた。そのことで皆困惑する。しかし、カサンドラは気にすることなく他の者に話しかけ続ける。エマと仲の良い令嬢や令息の中には公爵家の者もいたので、彼らがそっと注意したのだがカサンドラはどこ吹く風である。エマはカーテシーをしたままである。
(え? どういうことなの?)
 エマの頭は混乱している。
 そうしているうちに、カサンドラはエマ達の元を後にした。
「エマ様、大丈夫でございますか?」
「ええ……。ありがとうございます、ユリアーナ様。アーレンベルク公爵令嬢、私には話しかけなかったわ……」
 エマは困惑し切った様子だ。
「アーレンベルク嬢は、エマ様を飛ばして私に声をかけておりました。どういうことでしょう?」
 エマより先に声をかけられた令嬢も困惑している。
「エマ嬢、アーレンベルク嬢と面識は?」
「いいえ、全くございません」
 側にいた令息に聞かれ、エマはそう答えた。
「ではエマ嬢がアーレンベルク嬢に何かなさった線は消えましたね」
「まあ、エマ様が誰かに無礼を働くなんて絶対にあり得ませんわよ」
「そう言えば、アーレンベルク嬢は以前からランツベルク卿にずっとアピールをしておりましたわ。きっとエマ様とランツベルク卿の仲を嫉妬しただけのことでございますわ」
「何だ。アーレンベルク嬢のただの嫉妬か。エマ嬢も飛んだとばっちりに巻き込まれたことだ」
「エマ様、アーレンベルク嬢のことなどお気になさることはございませんわよ」
「というか、公爵令嬢の癖に嫉妬で自分より身分の低い令嬢にあんな態度とか、アーレンベルク公爵家も地に落ちたな。注意されてもあの態度はないわ」
「しっ! 誰かに聞かれたら不味いですわよ!」
 幸い、エマの側にいる令嬢や令息達はエマの味方をしてくれていた。
「エマ様、大丈夫でございます。わたくしは何があろうとエマ様のお側におりますので」
 ユリアーナはそっとエマの手を握る。
「ユリアーナ様……ありがとうございます」
 先程まで困惑していたエマだが、明るい笑みを取り戻す。
「皆様も、ありがとうございます」
 いつものように、太陽のような笑みのエマに戻った。
 カサンドラは取り巻きの令嬢と共にそんなエマを遠くから冷たく睨みつけている。
「カサンドラ様、エマ嬢はあの様子でございますわよ」
 取り巻きの中の一人は眉を顰めている。
「先程のことも全く気にしていませんわね。何と図太い方なのかしら」
 他の取り巻きは冷笑していた。
「私わたくしがで忠告をしたのに、全く効果なかったようね。仕方がないわ。次のフェーズに移りましょう」
 カサンドラは冷たく微笑んだ。





♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔





 次の夜会でも、エマはパトリックにエスコートされて会場入りした。注目されるのには慣れたエマだが、ふとパトリックの横顔を見る。
(やっぱりパトリック様は彫刻のように美しいわ。目立つしご令嬢方から人気があるのも分かるわね)
「どうしたんだい? エマ嬢」
「あ、いいえ、何でもありませんわ」
 エマは何事もなかったかのようにふふっと微笑んだ。パトリックは心配そうな表情でエマを見ていた。
「とりあえずエマ嬢、主催者のヴァイマル伯爵家の方々挨拶に行こう。エマ嬢はヴァイマル伯爵家の方々とは面識があるのかい?」
「いいえ、全く。ですので今回何故なぜ招待されたのか検討がつかないのでございます。ユリアーナ様達は招待されていないみたいですし」
 エマは不思議そうに首を傾げている。
「僕もだよ。でも、エマ嬢が参加すると聞いたから、エスコートすることにしたんだ。いつでもエマ嬢と一緒にいたいし」
 パトリックは頬を赤く染め、優しく微笑んだ。エマも頬を赤く染めている。
「ありがとうございます。とても嬉しいですお言葉でございます」
 そして、ヴァイマル伯爵家の者達に挨拶を終えた。その後、ヴァイマル伯爵家の長男がパトリックと話があるようなので、エマは一人になった。顔見知りもほとんどいない夜会は初めてのエマ。誰に話しかけようか周囲を見渡している時、誰かとぶつかった。
「きゃっ」
「あら、失礼」
 カサンドラがエマにわざとらしくぶつかる。そしてエマのドレスが赤ワインで汚れてしまった。淡い色のドレスなので、赤ワインの染みはとても目立つ。
(大変! パトリック様からいただいたドレスなのに! どう見てもわざとよね。いくら公爵令嬢だとしても、あんまりだわ)
 エマは胸元の赤ワインの染みを見てアンバーの目を見開く。そしてぶつかってきたカサンドラを睨む。
 エマはカサンドラ達と対峙していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

幼馴染の親友のために婚約破棄になりました。裏切り者同士お幸せに

hikari
恋愛
侯爵令嬢アントニーナは王太子ジョルジョ7世に婚約破棄される。王太子の新しい婚約相手はなんと幼馴染の親友だった公爵令嬢のマルタだった。 二人は幼い時から王立学校で仲良しだった。アントニーナがいじめられていた時は身を張って守ってくれた。しかし、そんな友情にある日亀裂が入る。

【完結】お父様。私、悪役令嬢なんですって。何ですかそれって。

紅月
恋愛
小説家になろうで書いていたものを加筆、訂正したリメイク版です。 「何故、私の娘が処刑されなければならないんだ」 最愛の娘が冤罪で処刑された。 時を巻き戻し、復讐を誓う家族。 娘は前と違う人生を歩み、家族は元凶へ復讐の手を伸ばすが、巻き戻す前と違う展開のため様々な事が見えてきた。

酒の席での戯言ですのよ。

ぽんぽこ狸
恋愛
 成人前の令嬢であるリディアは、婚約者であるオーウェンの部屋から聞こえてくる自分の悪口にただ耳を澄ませていた。  何度もやめてほしいと言っていて、両親にも訴えているのに彼らは総じて酒の席での戯言だから流せばいいと口にする。  そんな彼らに、リディアは成人を迎えた日の晩餐会で、仕返しをするのだった。

【完結】あなたの色に染める〜無色の私が聖女になるまで〜

白崎りか
恋愛
色なしのアリアには、従兄のギルベルトが全てだった。 「ギルベルト様は私の婚約者よ! 近づかないで。色なしのくせに!」 (お兄様の婚約者に嫌われてしまった。もう、お兄様には会えないの? 私はかわいそうな「妹」でしかないから) ギルベルトと距離を置こうとすると、彼は「一緒に暮らそう」と言いだした。 「婚約者に愛情などない。大切なのは、アリアだけだ」  色なしは魔力がないはずなのに、アリアは魔法が使えることが分かった。 糸を染める魔法だ。染めた糸で刺繍したハンカチは、不思議な力を持っていた。 「こんな魔法は初めてだ」 薔薇の迷路で出会った王子は、アリアに手を差し伸べる。 「今のままでいいの? これは君にとって良い機会だよ」 アリアは魔法の力で聖女になる。 ※小説家になろう様にも投稿しています。

自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~

浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。 本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。 ※2024.8.5 番外編を2話追加しました!

【完結】妹のせいで貧乏くじを引いてますが、幸せになります

恋愛
 妹が関わるとロクなことがないアリーシャ。そのため、学校生活も後ろ指をさされる生活。  せめて普通に許嫁と結婚を……と思っていたら、父の失態で祖父より年上の男爵と結婚させられることに。そして、許嫁はふわカワな妹を選ぶ始末。  普通に幸せになりたかっただけなのに、どうしてこんなことに……  唯一の味方は学友のシーナのみ。  アリーシャは幸せをつかめるのか。 ※小説家になろうにも投稿中

処理中です...