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港街デエト

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 小夜子は凪から家政を学び、次第に望月家の生活に慣れていった。凪に分からない部分や自信がない部分を聞けば、優しく丁寧に教えてくれた。
 また、婚約者である旭からも毎日甘く優しい言葉をかけられて赤面してしまう小夜子である。
 初めて望月邸に来た時は、殺されることを覚悟していたのでそれどころではなかった。しかし、余裕が出て来てからは、純和風の飛鳥井邸と洋風の望月邸の違いを楽しむようになっていた。食事も飛鳥井家では洋食は月に数える程度であり、困窮してからは粗食になっていた。しかし望月家では和食と洋食の頻度が半々で、豪華である。伯爵位を持つ飛鳥井家の令嬢として、洋食の作法は一通り身に付けていたので問題はなかった。

 そんなある日のこと。
「小夜子さん、明日は二人で出かけないか?」
 夕食時、旭からそう提案された。
 小夜子は焼き魚を一口食べてきょとんとしている。
 この日の夕食は和食である。
「旭様と二人で……」
 チラリと清正と凪の顔を伺う小夜子。
「小夜子さんの好きにしたら良い」
「家政の方は全く問題ないわ。小夜子さんが決めて良いわよ」
 清正と凪からそう言われ、小夜子は安心したように「ありがとうございます」と言う。そして旭に体を向ける。
「是非、喜んで」
 すると旭はホッとしたように微笑む。
「良かった。港街の百貨店や西洋料理店を一緒に回ろう」
「楽しみにしております」
 望月家へやって来る時は港街の景色を楽しむことが出来る余裕がなかった。しかし今では余裕も出来たので、小夜子は明日が楽しみになっていた。



 翌日。
 小夜子は望月家にやって来た時と同じ着物を着用した。飛鳥井家の祖母から譲り受けた藤色を基調とし、牡丹の柄の、絹で作り上げられた着物。そして帯は母・千代子から譲り受けた、蒸栗むしぐり色を基調とし、金糸で蝶の刺繍がしてある帯である。
 そして望月家の使用人から薄っすらと化粧を施してもらった。
「美しいな……。それに、やはりその着物は小夜子さんによく似合う」
 旭は小夜子の姿に見惚れていた。
「ありがとうございます、旭様。祖母から譲り受けた着物と母から譲り受けた帯でございます」
 小夜子は嬉しそうに黒曜石の目を細めた。
 濡羽色の髪は、望月家にやって来てからは没落前のように艶が戻っていた。
「それならば大切にしないといけないな。さあ、行こう」
 旭から手を差し出され、小夜子はその手をそっと取る。ゴツゴツとしており、小夜子よりも大きな手であった。
 こうして二人は望月邸を後にし、車で港街へと向かうのであった。



 小夜子は旭に手を差し出され、車を降りた。旭の指示により、運転手は夕方頃迎えに来るらしい。
「まずは百貨店で良いか?」
 優しく気遣うように聞いてくる旭に、小夜子は「はい」と頷いた。

 港街の百貨店は洗練されており、外国の珍しい品も揃っていた。
 小夜子は旭にエスコートされ、百貨店内の洋装店に入る。
「いらっしゃいませ、望月様。本日はどのようなご用件でございましょうか?」
「彼女に似合いそうな服を十着程見繕ってくれないか」
 洋装店の店員がにこやかに話しかけてくると、旭はそう答えた。
「旭様、それは少し多過ぎるかと存じます。それに、お義母かあ様から譲っていただいた着物もございますし」
 小夜子は少し困ったように微笑む。
「俺がそうしたいんだ。小夜子さんは洋装も似合うと思う。それに、俺が贈った服を着ている小夜子さんが見たい。駄目か?」
 旭の金と銀の目は真っ直ぐ情熱的に小夜子を見つめている。
 その熱に、小夜子は思わず頬を赤く染める。
「駄目……ではございませんが……」
「良かった」
 旭はホッとしたような表情になった。
 洋装店では既製品のワンピース三着と、オーダーメイドのワンピースを七着を仕立ててもらうことになった。
 そして既製品である撫子色の長い丈のワンピースを着る小夜子。
「……よく似合っている」
 旭は満足そうに金と銀の目を細めた。甘く優しい表情で小夜子を見つめている。旭の尻尾は緩やかに振れていた。機嫌が良いようだ。
「ありがとうございます」
 小夜子の心臓はトクリと跳ね、思わず旭から目を逸らしてしまった。

 その後、撫子色のワンピースをそのまま着た小夜子は旭と共に港街を眺めながら、西洋料理店へ向かっていた。
 出る時に来ていた着物や他の品物は洋装店側が全て望月邸まで届けてくれるそうだ。
 小夜子と旭、二人共洋装なので、港街の洗練された雰囲気によく似合っていた。
 旭は小夜子の腰に手を回す。
「旭様……!」
 小夜子は驚き体をビクリと震わせた。
「突然すまない。小夜子さんが美し過ぎるから、他の男達が君を見ている気がして。こうしていないと少し不安だ。……俺が愛する小夜子さんがどこかへ行ってしまわないように」
 情熱的な金と銀の目。
 小夜子は人狼である旭の運命の番。それゆえに、旭の愛や情熱や独占欲といったものは大きくなってしまう。
わたくしには……旭様しかいません。旭様は、わたくしが愛するただ一人の男性です」
 頬を赤く染めながら小夜子はそう告げた。
「小夜子さん!」
「きゃっ」
 すると旭は尻尾を勢いよく振り小夜子を強く抱きしめた。それに驚く小夜子。
「本当に、祝言が楽しみだ」
 旭は嬉しそうに呟いた。金と銀の目も輝いている。
「おお、何と情熱的な!」
「お熱いね~、お二人さん!」
 街中で抱き合っていたので、道行く人、妖狐、天狗などが二人を囃し立てる。また、人狼、鬼、吸血鬼達は「俺も運命の番を閉じ込めるだけじゃなくて、あんな風に一緒に出掛けるのも良いな……」と言う者もいた。
「あ……」
 小夜子は火が出たように顔を真っ赤に染めていた。
「すまない、小夜子さん。嬉しすぎてつい……」
 旭は照れたように笑っていた。
「さあ、予約してある西洋料理店へ行こうではないか」
 小夜子は旭にエスコートされ、目的地へ向かうのであった。

 到着した場所は西洋風の洒落た建物。旭が予約した西洋料理店である。
「わあ、凄く美味しそうです」
 小夜子は運ばれて来たビーフシチウ(現代でいうビーフシチュー)を見て黒曜石の目を輝かせる。そして一口食べてうっとりとした表情になる。
「牛肉がとろけるように柔らかいです」
「気に入ってもらえて良かった」
 小夜子が美味しそうに食べる様子を愛おしげに見つめる旭。尻尾も穏やかに揺れている。
 ビーフシチウに舌鼓を打った後は、デザートのアイスクリンが運ばれて来た。
「小夜子さん、もしかしたら飛鳥井家のご家族はきっと君のことを心配しているだろう。だから、今度俺と一緒に飛鳥井家にも顔を出さないか?」
 旭はアイスクリンを一口食べ、優しく微笑みながらそう言う。
 運命の番のことを恐らく飛鳥井家の者達は知らない。人狼に嫁いだ人間の女性は殺されてしまうという噂を信じ込んでいるのだ。
「ええ。確かに、手紙を書く時間もあまりなかったので、両親も弟妹達もきっと心配しているでしょうね。わたくしが何一つ問題なく望月家で過ごせていること直接会ってお知らせしたいです」
 小夜子は柔らかく微笑んだ。口の中にはアイスクリンの甘さが広がる。
「決まりだ。じゃあ早速日程を調整しよう」
 こうして、小夜子は旭と共に実家である飛鳥井家へ顔を出すことになった。
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