幸せを掴む勇気

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タチアナの過去

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 キセリョフ伯爵家当主であるミロンとその妻グラフィーラの娘として生まれたタチアナ。
 キセリョフ伯爵家の一粒種だ。

「お父様、キセリョフ伯爵領の領地経営計画を立てました」
 嬉々とした表情で父ミロンに自身が作った計画書を見せに行く幼いタチアナ。
「おお、ターニャ、凄いじゃないか。良くできている」
 ミロンはタチアナの計画書を読み唸った。
 因みに、ターニャはタチアナの愛称である。
「いつの間にかこんなことも思い付くようになったのだな」
 ミロンはアズライトのような青い目を優しく細め、幼いタチアナの頭を優しく撫でた。
 タチアナは嬉しそうにヘーゼルの目を細める。
「あら、ターニャ。この前の計画書をミロン様に見せたのね」
 ふふっと笑うのは、母グラフィーラ。
「はい、お母様」
 タチアナは嬉しそうにグラフィーラに目を向ける。
「本当に貴女は優秀ね」
 グラフィーラは優しげにヘーゼルの目を細めた。

 ブロンドの髪にアズライトのような青い目のミロン。栗毛色の髪にヘーゼルの目のグラフィーラ。そして娘のタチアナは顔立ちはミロンに似て、髪色と目の色はグラフィーラのものを引き継いでいた。

「ターニャだけでなく、婿となりキセリョフ伯爵家を継いでくれるロジオン君も優秀だ。キセリョフ伯爵家や領地は将来安泰だな」
 ミロンは満足そうに微笑んでいる。

 アシルス帝国では女性が家督や爵位を継ぐことは出来ないので、キセリョフ伯爵家は婿を取らなければならない。

 よって、タチアナは幼い頃から両親に決められた婚約者がいた。
 それがゴルチャコフ公爵家次男。ロジオン・シードロヴィチ・ゴルチャコフである。

「ターニャ、この文献に書いてあったような災害がキセリョフ伯爵領で起こった時、どうすれば良いと思う?」
 一つ年上の婚約者であるロジオンが、タチアナにそう聞いてきた。
 彼は黒褐色の髪に、スギライトのような紫の目の美少年である。
「そうですわね……」
 タチアナは自分の考えを述べる。
 するとロジオンはスギライトの目を輝かせる。
「なるほど、その考え方もあったか。僕の場合、こう考えていたよ」
「まあ、ロージャ様のお考えも素晴らしいです」
 タチアナはハッとしたようにヘーゼルの目を輝かせていた。
 お互い愛称で呼び合う程、二人の仲は良好である。

 タチアナはロジオンと共にキセリョフ伯爵領を盛り立てる為に一生懸命勉強していた。
 分からないことは父のミロンが丁寧に教えてくれたり、母のグラフィーラとは一緒にティータイムを楽しんだりしていたタチアナ。
 彼女は両親や婚約者や使用人達から愛されて育った。

 しかし、幸せな日々には終わりが訪れてしまう。

 それはタチアナが十三歳になった年。
 ミロンとグラフィーラが視察先で事故に巻き込まれて亡くなったのだ。
 突然のことで悲しみに暮れるタチアナ。
 まだタチアナは成人デビュタントしておらず、ロジオンも社交界デビューはしていない。
 よってロジオンにキセリョフ伯爵家を継いでもらうことはまだ出来ず、タチアナには後見人が必要な状態だ。
 そこへやって来たのは、ミロンの弟であるジノーヴィー。タチアナにとっては叔父である。
 ジノーヴィーはキセリョフ伯爵家が保有していた子爵位を譲り受け、妻を迎えてキセリョフ子爵家を起こしていた。
 しかし、ミロン亡き後タチアナの後見人になるついでに伯爵家に妻と娘を連れて来たのだ。
 そこからタチアナは、叔父一家から使用人のように扱われた。
 まだ十三歳のタチアナは抵抗する術を持たず、ひたすら虐げられる日々が続いた。
 タチアナの栗毛色の髪は傷み、肌も荒れてしまっている。もう伯爵家の令嬢には見えない程である。

「あら、タチアナ・ミローノヴナじゃない」
 蔑んだような笑みを浮かべるのは、ジノーヴィーの娘でタチアナの従妹いとこに当たる、スヴェトラーナ・ジノーヴィエヴナ・キセリョヴァ。
 ブロンド髪にアズライトのような青い目の、華やかで可愛らしい顔立ちの少女だ。タチアナと同い年の十三歳の少女である。
「スヴェトラーナ・ジノーヴィエヴナ様……」
 スヴェトラーナは従妹で一応家族なのだが、タチアナはそう呼ぶことを強要されていた。

 タチアナは叔父であるジノーヴィーが後見人になったことで、父称をスヴェトラーナと同じジノーヴィエヴナに変えることも出来たが、ジノーヴィーがそれを拒否したのだ。

 スヴェトラーナはタチアナが着用しているブローチに目を付けた。
「貴女のそのブローチ、素敵ね。使用人のように見窄らしい貴女にはもったいないわ。そのブローチ、私によこしなさい」
 スヴェトラーナはタチアナのブローチに手を伸ばす。
「やめてください。これはお母様の形見なのです」
 必死に懇願するタチアナ。ブローチを守るように握り締める。
「はあ? タチアナ・ミローノヴナの分際で私に歯向かう気?」
 スヴェトラーナは表情を歪め、ブローチを握り締めているタチアナの手に掴みかかる。
「やめてください」
 必死に抵抗するタチアナ。
 その時、タチアナの少し伸びていた爪がスヴェトラーナの頬を引っ掻き、彼女の頬には一筋の傷が出来てしまう。そこから少し血が流れて来た。
「あ……」
 タチアナは青ざめる。
「よくもやってくれたわね……!」
 スヴェトラーナのアズライトの目はスッと冷え、声も低くなっていた。
 不味いと思ったその時、ある人物がやって来る。
「ラーナ、どうしたの?」
 スヴェトラーナの母で、タチアナにとっては義叔母おばに当たるオクサナだ。
 ブロンドの髪にグレーの目の気が強そうな女性である。
 オクサナはスヴェトラーナの頬の傷を見てグレーの目を大きく見開く。
「ラーナの顔に傷が……! 何てことなの!? タチアナ・ミローノヴナ! お前のせいだね!? 私の可愛い娘にこんな傷を作っておいてタダじゃおかないわ!」
 物凄い剣幕のオクサナに、パーンと頬をぶたれるタチアナ。そのまま床に倒れ込んでしまう。
「何の騒ぎだ?」
 そこへ、スヴェトラーナの父でタチアナの叔父であるジノーヴィーがやって来た。
 タチアナの父ミロンと同じ、ブロンドの髪にアズライトのような青い目がが、顔はミロンとは似ていなかった。
「私達の大切なラーナをタチアナ・ミローノヴナが傷付けたのです」
「お父様、私はただタチアナ・ミローノヴナのブローチを取ろうとしたら引っ掻かれましたの」
「何だと!?」
 オクサナとスヴェトラーナの訴えを聞き、ジノーヴィーはギロリとタチアナを睨む。
「タチアナ・ミローノヴナ! 貴様よくもラーナに!」
 ジノーヴィーは倒れ込んでいるタチアナの腹部を強く蹴った。
 それにより上手く呼吸が出来なくなるタチアナ。
 無抵抗のタチアナに容赦なく暴力を振るうジノーヴィー。
 これがタチアナにとっての日常になってしまったのだ。
 しかし、この日は一人の侍女がやって来て、必死にジノーヴィーを止めようとしていた。
「旦那様! おやめください! タチアナお嬢様が死んでしまいます!」
「ラウ……ラ」
 ボロボロのタチアナは自身を庇おうとしてくれている侍女に目を向ける。
 彼女は幼い頃からタチアナの見方をしてくれているラウラだ。
「使用人の分際でこの俺に指図するのか! だったらお前はクビだ! 今すぐ出て行け!」
「そんな……!」
 タチアナを庇ったことで、ラウラは即解雇されてしまい、キセリョフ伯爵家から追い出されてしまった。

 味方も失い、母の形見も何もかも奪われてしまったタチアナは、ただ嵐が過ぎ去るのを待つように過ごすしかなかった。
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