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このパーティーは国民の血税で開催しています。それを婚約破棄という個人的な理由で台無しにした責任は取ってもらいますわ。

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 アリティー王国王宮にて。
 この日は王太女であるフランチェスカ・カルメン・イザベラ・ディ・サヴォイアの十七歳の誕生祭が行われていた。
 このパーティーの主役であるフランチェスカは夕日を浴びたようなストロベリーブロンドの長い髪にエメラルドのような緑の目の、スラリとした長身で彫刻のように美しい少女である。
 その時、めでたい場には相応ふさわしくない声が響き渡る。
「ステラ・フィオレンツァ・ディ・モンフェラート! お前との婚約を破棄する!」
 料理や雑談を楽しんでいた者達は突然のことに驚き、一斉に声がした方を向く。
 先程発言したのはアントーニオ・イルデフォンソ・ディ・カノッサ。カノッサ公爵家の令息である。栗毛色の髪にアクアマリンのような青い目で、端正な顔立ちな少年だ。
 そして、彼の隣には黒褐色の髪にグレーの目の、小柄で庇護欲そそる令嬢がしがみついていた。彼女の名はベアータ・ジェンマ・ディ・ソンニーノ。ソンニーノ男爵家の令嬢だ。
「このような場で婚約破棄でございますか……。アントーニオ様、理由をお聞かせいただけますか?」
 取り乱すことなく冷静なステラ。彼女はモンフェラート侯爵家の令嬢だ。ブロンドの髪にタンザナイトのような紫の目の、誰もが憧れる美貌を持つ令嬢である。
「理由? そんなのお前が分かりきっていることだろう? まあいい。これだけ人が大勢いるんだ。お前の悪行を皆に知らしめる必要がある!」
「悪行? わたくしは悪行と言われることなどした覚えがございませんわ」
 凛として微笑むステラ。
「ひ、酷いですステラ様! 私にあんなことをしておいて!」
 震えながら涙で目を潤ませるベアータ。
「ベアータ、震えて可哀想に。俺が守ってやるさ」
 アントーニオはベアータを抱きしめる。そして、ステラを睨みつける。
「ステラ! お前はお茶会でベアータを庭園の噴水に突き落としたそうだな! それだけでなく、ベアータが夜会に着ていくはずだったドレスをわざと汚して着られなくさせた! 挙げ句の果ては金で暴漢を雇いベアータを殺そうとした!」
 アントーニオはよく響く声でそう言った。
 周囲は騒然とする。
「全て冤罪でございますわ。それに、わたくしはそちらのベアータ様という方とは全くの初対面でございます」
 ステラは取り乱すことなく毅然としていた。
「嘘をつくな! お前はベアータに嫉妬して彼女に嫌がらせをするどころか殺そうとしただろう! 俺からの愛を得られないからという理由でな! そんな嫉妬深い女は次期カノッサ公爵夫人として相応しくない! よってお前とは婚約を破棄し、新たにベアータを俺の婚約者とする!」
「きゃっ、アントーニオ様、嬉しいです」
 アントーニオの宣言に甘い声で嬉しそうに喜ぶベアータ。
 ステラはいよいよ呆れた表情になりかけたその時、第三者の声が響き渡る。
「これは一体何の騒ぎでしょう?」
 優雅に現れたのは、このパーティーの主役である王太女フランチェスカ。まるで女神が降臨したかのようである。
「王太女殿下!」
 アントーニオは嬉々とした表情になる。フランチェスカが自分達の味方になってくれたのだと思ったのであろう。
「聞いてください、王太女殿下! この女、ステラはベアータに酷い嫌がらせをしているのです! なので、この場をお借りしてこの女の悪行を暴露し婚約破棄を」
「それは今この場で宣言する必要はないはずです」
 フランチェスカのエメラルドの目がスッと冷たくなる。
「え?」
 アントーニオは言葉を遮られて戸惑う。
「このパーティーはわたくしを祝う為に開催されておりますの。各個人で楽しむことは構いませんが、貴方がこのような宣言をしたせいで、パーティーが台無しですわ。折角皆様にも楽しんでもらえるよう準備させましたのに」
 口元は微笑んでいるが、目は笑っていないフランチェスカだ。
(本当に、こんな愚かな婚約者のせいで)
 ステラは心の中でため息をつく。
「そ、それはステラが悪いんですよ。ステラがベアータに酷い嫌がらせを」
「ステラはそれが冤罪であると言っておりますわ。それに、ステラはわたくしの友人として選ばれておりますのよ。この意味分かりまして?」
 それを聞いたアントーニオの表情が青ざめる。
 一方、意味がわかっていないベアータはフランチェスカに噛み付く。
「そんな、酷いですフランチェスカ様! 友達だからステラ様を庇うなんて! 私はステラ様に酷いことをされたんですよ! それなのにフランチェスカ様は」
わたくしは貴女に名前で呼ぶ許可を与えておりませんわ」
 フランチェスカは冷たい声でベアータを遮った。
「え? そんな、名前で呼んでも別に良いじゃないですか!」
「ベアータ様、このお方はアリティー王国の王太女殿下、つまり王族でございます。公の場で王族の方の名前を気軽に呼んではなりません」
 ステラはベアータに注意した。
「そうやってステラ様は私に酷いことを言って……。本当に酷いです!」
 わぁっと泣き出すベアータ。
 フランチェスカの手前、アントーニオは下手にベアータを慰めることが出来なくなっていた。
 会場の者達は冷めた目でアントーニオとベアータを見ている。
「愚かですわね。一つ教えておきますわ。ステラはわたくしの友人です。王族の友人に選ばれるということは、普段の行動などが調査されているのですわ。ステラが貴女を噴水に突き落としたり、ドレスを汚したりした、そして暴漢を雇って貴女を殺そうとしたという報告は一切上がって来ておりませんの。調査部隊は優秀なので、悪事を見逃すようなことはありませんのよ」
「そんな……」
 フランチェスカの言葉で、ベアータは完全に反論出来なくなってしまった。
「アントーニオ様、つまり貴方はそちらのベアータ様を愛しているからわたくしと婚約破棄をして彼女と新たに婚約を結ぼうとしているということでございますわね」
 完璧な淑女の笑みであるステラ。アントーニオは何も言えない。
「婚約破棄、承知いたしました。ですが、そちらの有責でございます。賠償金等のこともございますので、一度両家、いえ、ベアータ様のご家族も交えて話し合いの席を設けましょう」
 毅然とした態度のステラ。令嬢の鑑である。
「ならば、わたくしも立ち会いましょう。ステラ、良いですか?」
「ええ、お願いします。王太女殿下」
「では、これで話はまとまりましたわね」
 フランチェスカは満足気に微笑む。それから、父である国王の方へ向く。
国王陛下お父様、この場でステラに瑕疵がないことをご宣言くださいませ。冤罪とは言え彼女は大勢の前で大恥をかかされましたのよ。何の罪もない彼女がこの先後ろ指を指されてしまいますのよ。そんなことあってはなりませんわ」
「うむ、フランチェスカ、お前は相変わらず行動が早いな。イザベラ、君もそう思わないか?」
 アリティー王国の国王ヴェスパジアーノ・ブルーノ・フラヴィアーノ・ディ・サヴォイア。フランチェスカと同じく夕日を浴びたようなストロベリーブロンドの髪に、エメラルドのような緑の目である。
 ヴェスパジアーノはフランチェスカの行動に満足気に頷いていた。
「そうですわね。ここまで行動が早いと、次期女王としても期待できそうですわ」
 アリティー王国の王妃であり、フランチェスカの母であるイザベラ・ルイーザ・ルーナ・カルロッタ・ディ・サヴォイアも上品かつ満足気に微笑んでいる。
 彼女は月光を浴びたようなプラチナブロンドの髪にアメジストのような紫の目である。
「では、ステラ・フィオレンツァ・ディ・モンフェラートに瑕疵がないことをここに宣言する!」
 ヴェスパジアーノは皆にそう宣言した。
「ありがとうございます、国王陛下お父様。それから、パーティーに参加した方々にはこの件で不快な思いをさせてしまいました。そのお詫びの品を後日ご用意しようと存じております。そしてその資金は騒ぎを起こしたカノッサ公爵令息アントーニオとソンニーノ男爵令嬢ベアータに全額負担させることにする許可を願いますわ」
「そ、そんな、王太女殿下、何故俺達が!?」
「そうですよ! 酷すぎです!」
 フランチェスカの言葉にアントーニオとベアータは青ざめている。
「このパーティーは国民の血税で開催しています。それを婚約破棄という個人的な理由で台無しにした責任は取ってもらいますわ。衛兵、この二人を連れて行きなさい」
 フランチェスカがそう命じると、王宮の衛兵達は素早くアントーニオとベアータを連れて行く。二人は抵抗したが、訓練を受けている衛兵に敵わなかった。
「さあ皆様、気を取り直してパーティーを楽しみましょう。お詫びの品は後日送りますわ」
 フランチェスカは王太女らしい気品と威厳ある笑みだった。
 それからは、皆フランチェスカの誕生パーティーを楽しむのであった。
「王太女殿下、先程は本当にありがとうございました。改めてお礼申し上げます」
 ステラはどこかすっきりとした表情である。
「あら、わたくしは当たり前のことをしたまでよ。友人が不当な扱いを受けているのを黙って見ておけませんわ」
 ふふっと微笑むフランチェスカである。
「それと、ステラに紹介したい方がいますの」
「どなたでしょうか?」
 ステラは突然のことにタンザナイトの目を丸くした。
「こちらに来てちょうだい」
 フランチェスカはふふっと微笑み、とある人物を呼ぶ。
 夕日を浴びたようなストロベリーブロンドの髪に、エメラルドのような緑の目の端正な顔立ちの男性。これらの髪色と目の色は王族の特徴であるが、やって来た男性は王族ではなさそうだ。
「彼はチェーザレ・ジャンバッティスタ・ディ・スポレート。スポレート公爵家の長男ですわ」
 フランチェスカにそう紹介されたので、ステラはチェーザレにカーテシーをする。
「楽にしてください」
 頭上から柔らかな声が降ってくる。
「では、お言葉に甘えて。モンフェラート侯爵家長女、ステラ・フィオレンツァ・ディ・モンフェラートでございます」
「初めまして、ステラ嬢。先程ご紹介に預かりました、チェーザレ・ジャンバッティスタ・ディ・スポレートです。王太女殿下とは従兄妹いとこ同士の関係です」
「国王陛下の妹君であるクレリア王女殿下はスポレート公爵家に嫁いだのでございますね」
 ステラはその情報を思い出す。
「ええ、ステラ嬢の言う通りです。クレリアが私の母です」
「ねえ、ステラ。チェーザレは貴女より一つ年上で次期外務卿候補。そしてまだ婚約者がいませんのよ。ステラはアリティーだけでなく近隣諸国の言葉を全て話すことが出来るので、彼のサポートも出来るしお似合いだと思いますの」
 少し悪戯っぽい笑みのフランチェスカだ。
 ステラとチェーザレはお互いを見て少し頬を赤く染めた。
「二人でお話ししたら良いですわ」
 フランチェスカは楽しそうに微笑み、その場を去るのであった。
 その後、ステラとチェーザレは気が合ったようでトントン拍子で婚約した。
 ちなみに、アントーニオとベアータはフランチェスカの誕生祭を台無しにした罰として貴族籍を抜かれて平民になり、損失金額だけでなく、モンフェラート侯爵家への賠償金を働いて返すことになった。国民の血税を無駄にしたということで民の怒りはアントーニオとベアータに向き、二人は国中どこにいても針のむしろだが、国から逃げ出すことも許されない。針の筵の中で、莫大な金額を国に返すしかないのであった。
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