満月の夜、絡み合う視線

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 数日後。
 クラーキン公爵家にロマノフ家から連絡があった。
 ルフィーナとエヴグラフの結婚のことだ。
 本人達は想いが通じ合っているうえ、アシルス帝国内の貴族のパワーバランスなどを考えても特に問題はない。
 よって、第三皇子であるエヴグラフがクラーキン公爵家に婿入りすることはすんなり決まった。
 ルフィーナとエヴグラフは晴れて婚約者同士になったのだ。
 その際、ルフィーナのストーカー被害とその顛末の件もクラーキン公爵夫妻が知ることになった。
 クラーキン公爵夫妻であるルフィーナの両親は、ルフィーナが大変な時に側にいてあげられなかったことを謝り、エヴグラフにはルフィーナを守ってくれたことに対して深々とお礼をしていた。

 クラーキン公爵家の帝都の屋敷タウンハウス、ルフィーナの私室にて。
「ルフィーナ嬢、君に受け取って欲しいものがある」
 エヴグラフはルフィーナに、高級感のある小箱を差し出した。
「ありがとうございます、グラーファ様」
 ルフィーナはペリドットの目を嬉しそに細め、エヴグラフから小箱を受け取った。

 マカールが警吏に連れて行かれたことにより、ルフィーナの部屋が見える位置に辻馬車が止まっていることはなくなった。
 ルフィーナもようやく自室のカーテンを開けてくつろげるようになったのだ。

「開けてみても良いでしょうか?」
 控えめに首を傾げると、エヴグラフが首を縦に振ったので、ルフィーナはそっと小箱を開けてみた。
「まあ……素敵ですわ……!」
 ルフィーナはうっとりとした表情になった。

 小箱の中には、ラピスラズリのネックレスが入っていた。
 エヴグラフの目と同じ色である。

「ずっとルフィーナ嬢には俺の目と同じ宝石のものを身に着けて欲しかったんだ」
 エヴグラフは少し照れたようにルフィーナから目を逸らした。その頬は赤く染まっている。

 アシルス帝国では、自身の目と同じ色の宝石のアクセサリーなどを贈ることで愛を伝える文化がある。

「グラーファ様……嬉しいです。わたくしも、グラーファ様にペリドットが使われたものを贈りますわ」
 ルフィーナはペリドットの目を真っ直ぐエヴグラフに向けていた。
「それは楽しみだな」
 エヴグラフはラピスラズリの目を嬉しそうに細めていた。
「それと……グラーファ様、わたくしのことは……ルーファと呼んでいただきたいです」
 ルフィーナは少しだけはにかみながらそう切り出した。
 両親から呼ばれる愛称である。
「ルーファ」
 エヴグラフは大切な言葉を呟くかのようである。
「この愛称で呼ぶのはルーファのご両親と俺だけ……。本当にルーファの特別になった気分だ」
 エヴグラフはラピスラズリの目を嬉しそうに輝かせている。
「グラーファ様は、ずっとわたくしの特別ですわ」
 ルフィーナはペリドットの目をキラキラと輝かせ、穏やかに微笑んだ。





♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔





 更に数日後。
 ラスムスキー侯爵家の帝都の屋敷タウンハウスにて。
「ルフィーナお姉様、エヴグラフ殿下、ご婚約おめでとうございます!」
「グラーファ、ルフィーナ、婚約おめでとう」
 リュドミラとアレクサンドルがルフィーナとエヴグラフの婚約を心の底から祝ってくれた。

 ルフィーナとエヴグラフはアレクサンドルから婚約祝いのお茶会に招待されていたのだ。

「リュダ、サーシャ、ありがとう」
「二人共、ありがとう」
 ルフィーナとエヴグラフは嬉しそうに微笑んでいた。

 ルフィーナはエヴグラフにプレゼントされたラピスラズリのネックレスを着けている。
 エヴグラフも、ルフィーナからプレゼントされたクラヴァットだけでなく、ペリドットのブローチも着用していた。
 ルフィーナがプレゼントしたものである。

「それにしても、ルフィーナお姉様がストーカー被害に遭っていただなんて……! わたくしも気付くことが出来ていたら……!」
 ルフィーナのストーカー被害の件も聞いたリュドミラは悔しそうに唇を噛み締めていた。
「リュダ、ありがとう。その気持ちだけで十分じゅうぶんよ」
 ルフィーナはおっとり穏やかに微笑み紅茶を飲む。
「ルフィーナ、大変な時に力になれず申し訳ない」
 アレクサンドルは軽くため息をつき、肩をすくめた。
「良いのよ。サーシャとリュダは結婚式の準備があるし、邪魔をしたくなかったの」
 ルフィーナはアレクサンドルとリュドミラを交互に見てふわりと微笑む。
「それに、グラーファが助けてくださったから大丈夫だったのよ」
 ルフィーナはエヴグラフをチラリと見て悪戯っぽい表情になった。
「でも、まさかマカール・クラーヴィエヴィチ殿がルフィーナのストーカーだなんて思いもしなかった。おまけにタラス・フォミチ殿を唆して死に追いやっていたなんて」
 アレクサンドルはため息をつき、紅茶を飲んだ。
「ストーカーであろろうと、ストーカーではなかろうと、マカール・クラーヴィエヴィチ様ではルフィーナお姉様を任せることは出来ませんでしたわ」
 リュドミラはここにはいないマカールに対し、怒りを向けていた。
「あ、でも、確か数日前の新聞でマカール・クラーヴィエヴィチ様が乗った護送馬車が事故に遭って全員が亡くなったとか……」
 リュドミラはハッと思い出していた。

 ルフィーナもその件については新聞で読んだ。
 数日前、マカールを乗せた護送馬車が崖から転落し、マカールを含め乗っていた犯罪者達が全員死亡したのだ。

「痛ましい事故でしたわね……」
 ルフィーナは表情を曇らせる。
「ルーファが気に病むことはない」
 エヴグラフはそんなルフィーナの背中を優しく撫でる。
「グラーファ様……」
 ルフィーナは少し柔らかな表情になった。
 エヴグラフはその様子に少し安心する。
「リュドミラ嬢、その話は今しなくても良いのでは?」
 エヴグラフは困ったように微笑みため息をついていた。
「そうですわね。申し訳ございません」
 リュドミラは申し訳なさそうに肩をすくめた。
「じゃあ気を取り直して、ルフィーナとグラーファの婚約祝いだ」
 アレクサンドルは明るい声で仕切り直す。
 するとリュドミラもパアッと表情が明るくなった。

 その後、ルフィーナはエヴグラフと共に、アレクサンドルとリュドミラが開いてくれたお茶会を楽しんだ。
わたくし、エヴグラフ殿下にならルフィーナお姉様を任せても大丈夫だと思いますの」
 リュドミラはエヴグラフを見てクスッと笑う。
「それは私も同感だね。グラーファなら、ルフィーナを守ることが出来る」
 アレクサンドルもエヴグラフを信頼している様子だ。
「ルーファの幼馴染である二人からそう言われるのは光栄だな」
 エヴグラフは自信がある様子だった。
 ルフィーナはそんなエヴグラフを見てふふっと微笑む。
「私達はもう来月に結婚するけれど、グラーファとルフィーナの結婚の時期は決まっているのかな?」
 アレクサンドルは興味ある様子でルフィーナとエヴグラフに聞いてきた。
「俺達はサーシャとリュドミラ嬢の結婚したすぐ後くらいだな」
「秋の初め頃の予定よ」
 エヴグラフの答えにふふっと笑いながら同調したルフィーナ。
「ルフィーナお姉様の結婚式、楽しみですわ」
 溌剌と明るい表情のリュドミラである。
「リュダ、それよりも私達の結婚式が先だよ」
 アレクサンドルはそんなリュドミラを愛おしげに見つめている。
「ええ。サーシャとの結婚、わたくしも楽しみよ」
 リュドミラもアレクサンドルを愛おしげに見つめていた。
 ルフィーナはそんな幼馴染二人の様子を見て微笑む。
 四人で穏やかな時間を過ごしていた。

 その後、ルフィーナはエヴグラフと二人でラスムスキー侯爵家の帝都の屋敷タウンハウスの広い庭園をゆっくり歩いていた。
「ルーファ」
 エヴグラフのラピスラズリの目は真っ直ぐ、愛おしげにルフィーナを見ていた。
「グラーファ様」
 ルフィーナはそんなエヴグラフに対し、嬉しそうにペリドットの目を細めた。
(グラーファ様が隣にいてくれるだけで心強いわ)
「ルーファ、愛している」
わたくしも、愛していますわ、グラーファ様」

 ペリドットの目と、ラピスラズリの目が愛おしげに、真っ直ぐ絡み合う。

 ルフィーナの唇に、エヴグラフの唇がそっと触れる。
 優しく穏やかなキスだ。

 ルフィーナはほんのり頬を赤く染めながら、嬉しそうに微笑む。
 エヴグラフはルフィーナをそっと抱きしめた。
 エヴグラフの香りに包まれ、ルフィーナはそっと目を閉じる。ルフィーナの心は穏やかだった。
(もう大丈夫。グラーファ様がいてくれたら、怖いものは何もないと思えるもの)















































































()
 エヴグラフはニヤリとほくそ笑んだ。
 ラピスラズリの目からは光が消えていた。



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