満月の夜、絡み合う視線

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お礼がしたい

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 その後ルフィーナはなるべくエヴグラフと共に行動していた。
 夜会やお茶会でルフィーナは他の令嬢、令息達と過ごすことが多い。しかし、帰りは必ずエヴグラフにクラーキン公爵家の帝都の屋敷タウンハウスまで送ってもらいながら会話を楽しむルフィーナ。
 更にルフィーナは時々クラーキン公爵家の帝都の屋敷タウンハウスまでエヴグラフに迎えに来てもらい、宮殿の図書館やエヴグラフの執務室で過ごす日々も増えている。
 特に執務室でエヴグラフと話す時間はルフィーナにとって心踊るものになっていた。
 読んだ本についてであったり、学んだことなど、様々なことを話しながら紅茶、ジャム、お菓子を楽しむのだ。
 おまけに出される紅茶、ジャム、お菓子はいつもルフィーナの好物が取り揃えられていた。

 そんなある日、ルフィーナは視線のこと以外で悩むようになっていた。
(グラーファ様からは色々としてもらってばかりね。何かお礼をしないといけないわ。だけど……何が良いかしら?)
 ルフィーナは書斎のソファに座り、ゆっくりと考えていた。
 その時、ルフィーナのペリドットの目に、お菓子の歴史に関する本が映る。
(手作りのお菓子……いえ、グラーファ様は帝室の方だから、手作りの食べ物はやめておいた方が良いわね。素人の手作りだと食中毒を起こす可能性があるし、毒殺容疑がかかってしまったら危険だわ)
 ルフィーナは軽くため息をつく。
 その時、換気の為に開けていた窓から風が吹き込み、テーブルに置いていた本がパラパラとめくれる。
 それは刺繍の本だった。
(刺繍……。刺繍を施したクラヴァットなら受け取っていただけるかしら?)
 ルフィーナは少しだけ胸をときめかせた。
「オリガ、クラヴァットを購入したいから、商人を手配してもらえるかしら?」
 ルフィーナは側に控えていたオリガに頼む。
「承知いたしました。すぐ家令に手配するよう伝えます」
「ありがとう、オリガ」
 ルフィーナはふわりと微笑む。
「いえ、お嬢様は今大変な渦中にございます。少しでもお嬢様の心が明るくなるのなら、このオリガは何だっていたしますよ」
 オリガは優しく微笑む。
 オリガもルフィーナがストーカー被害に遭っていることを知っているのだ。宮殿の護衛からルフィーナのストーカーの件は伝えられている。
「オリガがいてくれてとても助かっているわ」
 ルフィーナは心底そう思っていた。





♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔





 数日後。
 クラーキン公爵家が贔屓にしている商会が帝都の屋敷タウンハウスにやって来た。
 ルフィーナは悩んだ挙句、紺色で無地のクラヴァットを選んだ。

「ルフィーナお嬢様、刺繍糸は書斎かお嬢様のお部屋、どちらにお持ちしましょうか? お嬢様の部屋の換気が丁度終わったところなので、カーテンを閉めたら外にいる辻馬車からは見えないと思いますが」
 早速刺繍を始めようとするルフィーナに、オリガはそう聞いた。
 ストーカーが乗っているであろう辻馬車はまだルフィーナの部屋が見える位置に止まっているのだ。
「そうね……」
 ルフィーナは少し考える。
「窓とカーテンを閉めているのなら、わたくしの部屋でも良いわね」
 エヴグラフと過ごす時間が増えたルフィーナは、ストーカーからのねっとりとした視線に対する恐怖が薄れていた。
(グラーファ様のお陰で、以前よりは怖いと思わなくなったのよね。……グラーファ様がいてくだされば、きっと大丈夫)
 ルフィーナはエヴグラフを信頼していた。
「承知いたしました。ですがお嬢様、くれぐれもご無理はなさらないでくださいね」
「ええ、ありがとう。オリガ」
 ルフィーナはふわりと微笑み、自室へ向かう。

 その途中、以前倉庫の整理をしていた新人使用人キリルと会った。
「貴方はキリルね。その後はどうかしら? 倉庫のものがなくなることはない?」
「ええ。お嬢様からのご提案を受け、複数人の監視体制で倉庫の整理をすることにしたら、倉庫のものが消えることは起こらなくなりました」
「そう。それなら良かったわ」
 キリルの言葉を聞き、ルフィーナはホッと肩を撫で下ろす。
「本当にありがとうございました。では」
 キリルは最低限の言葉だけで、その場を去った。
(キリル、忙しかったのかしら?)
 ルフィーナは不思議そうに首を傾げていた。

 その後ルフィーナはカーテンが閉められた自室で、真剣にクラヴァットに刺繍をした。
 図案は商人が来るまでにいくつか候補を決めていたので、紺色のクラヴァットに合うものを採用したのだ。
 ルフィーナのペリドットの目は真剣そのもの。一針一針心を込めて刺繍をしていた。

(出来たわ!)
 ルフィーナは紺色のクラヴァットに施した刺繍を満足げに見ている。
 白い百合を中心に、鈴蘭やカスミソウなど小さな白い花で縁取りをした刺繍である。
 女性向けのデザインだと思われそうだが、男性が使っていても違和感がないようルフィーナは工夫していた。
「ルフィーナお嬢様、素晴らしい出来ですね」
 オリガはうっとりとルフィーナの刺繍を眺めていた。
「ありがとう、オリガ。……グラーファ様も喜んでいただけたら良いのだけれど」
 ルフィーナは少しだけ不安になる。
「殿下もきっとお喜びになられますよ。自信を持ってください、お嬢様」
 オリガは明るい笑みである。
「そうね。ありがとう」
 ルフィーナはおっとりと柔らかに微笑んだ。
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