通史日本史

DENNY喜多川

文字の大きさ
上 下
33 / 49

第六巻 第二章 公武合体の破綻

しおりを挟む
〇京都御所の一室
孝明天皇(三十歳)が岩倉具視(下級公卿、三十六歳)を召している。孝明天皇は御簾の向こう。
N「桜田門外の変で権威を失った幕府は、力を取り戻すべく、朝廷との強い協力体制(公武合体)を模索した。具体的には、孝明天皇の妹・和宮を、将軍家茂に嫁がせて欲しいと要求したのである」
孝明天皇「直答を許す。若い公家たちの間で人望の高い、そなたの意見を聞きたい」
具視「私でお役に立ちますのならば……」
孝明「和宮にはすでに許嫁もおることだし、公卿たちの多くは、無論反対しておる。一応そちたち、若い者たちの意見も聞いておきたいのだが……」
具視「主上におかれましては、攘夷をおあきらめでございますか」
孝明「何と!?」
具視「我ら朝廷を無視して開国した公儀が、和宮さまの降嫁を願って参りました。この際、和宮さまには、東へ参っていただきましょう。それと引き換えに公儀に、攘夷を約定させるのです」
孝明「(不快そうに)……そちは、朕の妹を取引の道具に使うつもりか」
具視「(はっとして取り繕い)国家の大事のおん為にございます」

〇和宮降嫁の行列
街道をものものしい警備の中進む行列を、見物人たちが眺めている。
見物人「(ボソっと)……人身御供がお行きなさる……」
警備の武士、見物人をにらみつけるが、誰が発言したかわからないのでそれ以上何もできない。

〇京都
島津久光(薩摩藩主・直義の父、四十六歳)の率いる、千名の西洋式の完全武装の藩兵が整然と行進する。それを見守る京都の民衆たち。
見物人「大した軍勢だね……外様の島津がこんな真似をして、公儀は何も言わないのかい?」
見物人「公儀にはもう、島津を抑える力はないのさ」
行列の中心に、駕籠に乗った久光。
久光(M)「準備に思ったより時間がかかったが……兄上のご遺志を継ぎ、公儀と朝廷を、この私が調停して、島津が天下の政局におどり出るのだ!」
N「久光は朝廷の勅使に同行して江戸に向かい、幕府に幕政改革の要求を突きつける」

〇正装の一橋慶喜(二十六歳)と松平春嶽(慶永、三十五歳)
N「幕府は朝廷の勧告に応じ、一橋慶喜を将軍後見職に、松平春嶽を政事総裁職(総理大臣)に任命した。二人は参勤交代の緩和など、幕政の改革を進めていく」

〇正装の松平容保(二十七歳)
N「松平容保を京都守護職に任命したのもその一環である」

〇街道
島津久光の行列が行く。その先頭を、馬に乗った四人(男性三人、女性一人)のイギリス人が横切ろうとする。
薩摩藩士「無礼者!」
斬りつける薩摩藩士たち。必死で逃げるイギリス人たちだが、男性一人は落馬し、とどめを刺される。手傷を負いながらも何とか逃げ延びる三人。
N「島津久光の行列を遮ったイギリス人たちが薩摩藩士に襲われ、一名死亡、二名が重傷を負ったこの事件を、事件の地名から生麦事件と呼ぶ」

〇京都・御所の一室
御簾の向こうの孝明天皇(三十三歳)に謁見している家茂(十八歳)。
孝明「先の約定通り、攘夷を実行せよ」
返答できない家茂。
N「和宮降嫁の時の条件にしたがい、幕府は、文久三(一八六三)年五月十日に攘夷を実行することを約束させられてしまう」

〇下関海峡
停泊していたアメリカ船・ペンプローク号が、突然下関の砲台から砲撃を受ける。
さらに長州の軍艦二隻も、ペンプローク号を攻撃。遁走していくペンプローク号。
下関砲台で歓声が挙がり、
長州兵「夷狄、恐るるに足らず!」
N「五月十日、幕府は一応、横浜鎖港に向けての交渉を開始するが、長州藩は独自に攘夷を決行した」

〇京都・御所の一室
孝明天皇(御簾の向こう)が近衛(このえ)忠(ただ)煕(ひろ)(前関白、五十六歳)を召している。
孝明「朕は『異国人を日本から退去させよ』とは申したが、『異国人と戦をせよ』とは申しておらぬ」
忠煕「は……」
孝明「公卿の中にも過激な攘夷を掲げ、公儀をないがしろにするものが少なくない。いかがすべきか……」

〇薩摩湾
五隻のイギリス艦隊と、薩摩湾の砲台が砲撃戦を展開している。城下町は火の海となるが、イギリス船にも数発の砲弾が命中する。
N「七月には生麦事件の報復のため、イギリスの艦隊が薩摩を襲撃、砲撃戦が戦われた(薩英戦争)」

〇鹿児島・城下町
焼け野原になった城下町を見下ろし、嘆息する小松帯刀(薩摩藩家老、二十九歳)。
帯刀(M)「異国は強い。攘夷は不可能なり……」
N「同じく異国と砲火を交えながら、薩摩と長州は正反対の結論に達した。以後薩摩はイギリスと接近する」

〇御所・堺町御門
完全武装の会津兵が門を警護している。普段とは違う緊迫感にざわつく通行人たち。
そこに平服の長州藩士がやってくる。
長州藩士「この戦支度は、いかなる子細か」
会津藩兵「長州人は禁裏(御所)に入ることまかりならぬ」
驚いて報告のため飛んで帰る長州藩士。
N「孝明天皇の内意を受けた、会津・淀・薩摩の藩兵は御所を封鎖。長州を閉め出した上で、朝廷では過激派の公家が追放された」

〇街道
長州兵に護衛されて、長州へ落ち延びていく七卿の乗った駕籠。
N「過激派公家の中心人物であった、三条実美ら七名は京都を脱出、長州へ落ち延びる」

〇御所の一室
松平容保(二十八歳)が孝明天皇(御簾の向こう)に謁見している。
孝明「まことに大儀であった……」
全身を震わせて感激する容保。

〇池田屋(夜)
狭い室内で争闘する新撰組と志士たち。
N「元治元(一八六四)年六月五日、会津藩預かりの新撰組が、長州・土佐などの尊王攘夷派志士が池田屋に集まっていたところを襲撃、ほとんどを殺害・捕縛した。志士たちは御所襲撃を計画していたとも言われる」

〇街道
進軍する完全装備の長州軍。
N「これを受け、長州は武力で京都を制圧しようと、兵を起こした」

〇京都市街
松平容保の指揮する会津軍・西郷隆盛の指揮する薩摩軍と激突する、久坂玄瑞の指揮する長州軍。
N「元治元(一八六四)年七月十九日、京都市街で松平容保の指揮する会津軍・西郷隆盛の指揮する薩摩軍と、久坂玄瑞の指揮する長州軍が激突する」
火を噴く両軍の大砲。
N「激戦の結果長州軍は敗北、久坂玄瑞は自害した」

〇下関砲台を占領する四カ国艦隊
N「さらに前年の砲撃に対する報復のため、四カ国艦隊が下関を砲撃、占領した。長州はようやく、攘夷の不可能を悟ったのである」

〇大坂・旅館の一室
勝海舟(四十二歳)と西郷隆盛(三十八歳)が会見している。
N「幕府は長州征伐を決定、参謀(指揮官)に指名された薩摩の西郷隆盛は、出陣前に大坂で、幕府の勝海舟と会見する」
海舟「今度の長州征伐だが……長州を本気で潰しちまうのは、どうもうまくない」
驚く隆盛。
海舟「今はうまく回っているように見えているが、公儀の根っこは、もう腐っちまってる……公儀が日本をまとめるのは、無理だ」
隆盛「で、では誰が日本をまとめもすか?」
海舟「そいつをお前さんが俺に聞くのかい?」
はっとする隆盛。
海舟「薩摩、長州、土佐……力のある藩が連合するんだよ。そこに徳川が加わってもいいが、別に加わらなくてもいい……」
隆盛「……公儀の海舟どんが、そこまで言いもすか」
にやりと笑う海舟。
N「海舟の意見を受け、西郷は降伏した長州に対する処分を極めて軽くした」

〇長州・功山寺
高杉晋作(二十六歳)が伊藤博文(二十四歳)を説得している。
晋作「ことの成否は問題ではない! 一里行けば一里の忠を尽くし、二里行けば二里の義をあらわすのだ!」
晋作の情熱に説得される博文。
N「長州の降伏に納得しない高杉晋作は、伊藤博文や奇兵隊を説得して決起、長州を再び立ち上がらせる」

〇京都・小松帯刀邸
がっちりと手を握る西郷隆盛(四十歳)と桂小五郎(長州藩士、三十三歳)。それを見守る坂本龍馬(三十歳)と小松帯刀(三十一歳)。
N「慶応二(一八六六)年一月二十一日、坂本龍馬の仲介により、薩摩藩と長州藩は同盟を結ぶ(薩長同盟)」

〇長州・大島近海(夜)
征長軍の軍艦、八雲丸・翔鶴丸が停泊している。
そこに、高杉晋作の指揮する丙寅丸が突撃してきて大砲を撃ちかけ、さっと撤退する。損害を受けて慌てふためく征長軍の二艦。
N「六月には幕府は再度の征長を開始するが、薩摩は協力を拒み、長州軍は粘り強く戦って、幕府軍を寄せ付けなかった」

〇大坂城の一室
臨終の床の家茂(二十歳)を看取る慶喜(二十九歳)。
N「第二次長州征伐のさなか、将軍・家茂は病死し、十五代将軍に就任した慶喜は、征長軍を撤退させた」

〇京都・御所の一室
臨終の床の孝明天皇。
N「慶応二(一八六六)年十二月二十五日、孝明天皇が崩御。翌年一月九日に明治天皇が、十三歳の若さで践祚する」

〇市街地
天からお札が降ってくるのに狂乱して、踊る民衆。
民衆「ええじゃないか! ええじゃないか!」
N「慶応三(一八六七)年八月から十二月にかけて、空からお札が降り、民衆がそれに狂乱
して踊る『ええじゃないか』騒動が西日本を中心に起こった」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

枢軸国

よもぎもちぱん
歴史・時代
時は1919年 第一次世界大戦の敗戦によりドイツ帝国は滅亡した。皇帝陛下 ヴィルヘルム二世の退位により、ドイツは共和制へと移行する。ヴェルサイユ条約により1320億金マルク 日本円で200兆円もの賠償金を課される。これに激怒したのは偉大なる我らが総統閣下"アドルフ ヒトラー"である。結果的に敗戦こそしたものの彼の及ぼした影響は非常に大きかった。 主人公はソフィア シュナイダー 彼女もまた、ドイツに転生してきた人物である。前世である2010年頃の記憶を全て保持しており、映像を写真として記憶することが出来る。 生き残る為に、彼女は持てる知識を総動員して戦う 偉大なる第三帝国に栄光あれ! Sieg Heil(勝利万歳!)

妖刀 益荒男

地辻夜行
歴史・時代
東西南北老若男女 お集まりいただきました皆様に 本日お聞きいただきますのは 一人の男の人生を狂わせた妖刀の話か はたまた一本の妖刀の剣生を狂わせた男の話か 蓋をあけて見なけりゃわからない 妖気に魅入られた少女にのっぺらぼう からかい上手の女に皮肉な忍び 個性豊かな面子に振り回され 妖刀は己の求める鞘に会えるのか 男は己の尊厳を取り戻せるのか 一人と一刀の冒険活劇 いまここに開幕、か~い~ま~く~

十字架の陰陽師―キリシタン陰陽師・賀茂在昌―

鳥位名久礼
歴史・時代
★戦国から桃山の世にかけて活躍した「キリシタン陰陽師」の一代記!★第一部:戦国大名大内義隆の支配する「西の都」山口に住む、朝廷陰陽師の落とし子である宇治丸少年(のちの賀茂在昌)。共に育てられた少女・広とともに伴天連来航を目の当たりにして興味を惹かれるも、時あたかも山口の乱に巻き込まれ、伴天連の助けによって命からがら難を逃れる。二人は父・勘解由小路在富の跡を嗣ぐために京の都へ上り、やがて結婚する。★第二部:長じて立派な「キリシタン陰陽師」となった賀茂在昌は、西洋天文学を学ぶため豊後へ出奔、多くを学び帰洛し、安土桃山の世で活躍する。九州に残り修道士となった長男メルショル、陰陽師を嗣いだ次男在信など、数奇な運命を辿る在昌一家。しかし、時代の波に翻弄され、キリシタン禁制とともに歴史の舞台から消えてゆく…。★「陰陽師」といっても、怪異・式神などファンタジー的な要素は絶無…暦造りに情熱を注ぐ「朝廷の天文学者」という、本来の陰陽師を描いたもので、ギリギリまで史実をベースにしています。一時期話題になった『天地明察』みたいな作品です。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

陣代『諏訪勝頼』――御旗盾無、御照覧あれ!――

黒鯛の刺身♪
歴史・時代
戦国の巨獣と恐れられた『武田信玄』の実質的後継者である『諏訪勝頼』。  一般には武田勝頼と記されることが多い。  ……が、しかし、彼は正統な後継者ではなかった。  信玄の遺言に寄れば、正式な後継者は信玄の孫とあった。  つまり勝頼の子である信勝が後継者であり、勝頼は陣代。  一介の後見人の立場でしかない。  織田信長や徳川家康ら稀代の英雄たちと戦うのに、正式な当主と成れず、一介の後見人として戦わねばならなかった諏訪勝頼。  ……これは、そんな悲運の名将のお話である。 【画像引用】……諏訪勝頼・高野山持明院蔵 【注意】……武田贔屓のお話です。  所説あります。  あくまでも一つのお話としてお楽しみください。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

処理中です...