3 / 54
第二夜 拾(じゅう) 前編
しおりを挟む
明治になって西欧から持ち込まれるまで、日本にキスという概念は存在しなかった、と思われがちだが、江戸時代の春画には、キスの描写が頻繁に見られる。(ディープ)キスは、「口吸い」と呼ばれ、挨拶や愛情表現ではなく、性技の一つであった。
しかし、さらに遡(さかのぼ)った平安時代。
「この世をば 我が世とぞ思う 望月の 欠けたることも なしと思えば」
の歌で知られる、絶対権力者であった藤原道長の手紙には、我が子に対して、
「お前の口を吸うのは私だけだから、決して他の人に吸わせぬように」
とある。それがディープなキスを意味するのか、ライトなキスを意味するのかはわかっていない。
平安時代に、恋人や夫婦がキスを交わし合ったかどうかは判然としないが、愛情表現としてのキスは存在したのである。
「お戯れが……過ぎます……」
拾は身をよじって逃れようとしたが、その動作には、本気の力はこもっていないようだった。だから私は、彼の手をより強く握りしめた。
「こっちを……向いて……」
それはもう、命令なのか懇願(こんがん)なのか、判然としなかった。
彼は、背けていた顔を、ゆっくりと私に向けた。
ようやく、私たちの目が合った。
拾をひろった時、私はまだ夫と睦(むつ)まじく、今のように困窮(こんきゅう)してはいなかった。
彼は、一条戻橋(いちじょうもどりばし)の下で、ごみを漁っていた。
私は、牛車(ぎっしゃ)の中から、簾(すだれ)越しにその姿を垣間見た。
……なぜその姿を見過ごせなかったのか、私にもわからない。だが、運命など感じていなかったのは確かだ。
侍女には頼みにくい、ちょっとした使いや、秘密の買い物などを頼める召人が欲しかっただけだ。侍女に頼めば、何もかもうわさとして、京(みやこ)じゅうに広まってしまうから。
名もその時、私が与えた。ひろったから拾。そんな名付けにも、彼は文句一つ言うことなく、私に忠実に仕えてくれた。
そして他の侍女や召人たちが去ったあとも、私の元に残ってくれたのは、彼一人だったのだ。
ゆっくりと手を引き寄せる私に、拾は抵抗しなかった。
目と目を合わせたまま、二人の距離が近づく。
二人の顔が触れ合おうとした時、私は自然に彼の口を吸っていた。
最初は、ほんの唇が触れ合う程度。でも、それだけで、体に稲妻が走った。
私の唇は、私の意志とは関わりなしに彼の唇を押し開き、彼の舌をそっと咥えた。
私の舌の先と、彼の舌の先が触れ合う。
私は夢中で、彼の舌を吸った。
彼の舌がぎこちなく動き、私の口の中を這い回る。
私の舌も彼の口の中に入り込んで、柔らかい頬の裏側や、固い歯に触れる。
私たちは夢中で、口を吸い合っていた。
しかし、さらに遡(さかのぼ)った平安時代。
「この世をば 我が世とぞ思う 望月の 欠けたることも なしと思えば」
の歌で知られる、絶対権力者であった藤原道長の手紙には、我が子に対して、
「お前の口を吸うのは私だけだから、決して他の人に吸わせぬように」
とある。それがディープなキスを意味するのか、ライトなキスを意味するのかはわかっていない。
平安時代に、恋人や夫婦がキスを交わし合ったかどうかは判然としないが、愛情表現としてのキスは存在したのである。
「お戯れが……過ぎます……」
拾は身をよじって逃れようとしたが、その動作には、本気の力はこもっていないようだった。だから私は、彼の手をより強く握りしめた。
「こっちを……向いて……」
それはもう、命令なのか懇願(こんがん)なのか、判然としなかった。
彼は、背けていた顔を、ゆっくりと私に向けた。
ようやく、私たちの目が合った。
拾をひろった時、私はまだ夫と睦(むつ)まじく、今のように困窮(こんきゅう)してはいなかった。
彼は、一条戻橋(いちじょうもどりばし)の下で、ごみを漁っていた。
私は、牛車(ぎっしゃ)の中から、簾(すだれ)越しにその姿を垣間見た。
……なぜその姿を見過ごせなかったのか、私にもわからない。だが、運命など感じていなかったのは確かだ。
侍女には頼みにくい、ちょっとした使いや、秘密の買い物などを頼める召人が欲しかっただけだ。侍女に頼めば、何もかもうわさとして、京(みやこ)じゅうに広まってしまうから。
名もその時、私が与えた。ひろったから拾。そんな名付けにも、彼は文句一つ言うことなく、私に忠実に仕えてくれた。
そして他の侍女や召人たちが去ったあとも、私の元に残ってくれたのは、彼一人だったのだ。
ゆっくりと手を引き寄せる私に、拾は抵抗しなかった。
目と目を合わせたまま、二人の距離が近づく。
二人の顔が触れ合おうとした時、私は自然に彼の口を吸っていた。
最初は、ほんの唇が触れ合う程度。でも、それだけで、体に稲妻が走った。
私の唇は、私の意志とは関わりなしに彼の唇を押し開き、彼の舌をそっと咥えた。
私の舌の先と、彼の舌の先が触れ合う。
私は夢中で、彼の舌を吸った。
彼の舌がぎこちなく動き、私の口の中を這い回る。
私の舌も彼の口の中に入り込んで、柔らかい頬の裏側や、固い歯に触れる。
私たちは夢中で、口を吸い合っていた。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ねえ、私の本性を暴いてよ♡ オナニークラブで働く女子大生
花野りら
恋愛
オナニークラブとは、個室で男性客のオナニーを見てあげたり手コキする風俗店のひとつ。
女子大生がエッチなアルバイトをしているという背徳感!
イケナイことをしている羞恥プレイからの過激なセックスシーンは必読♡
完結【R―18】様々な情事 短編集
秋刀魚妹子
恋愛
本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。
タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。
好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。
基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。
同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。
※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。
※ 更新は不定期です。
それでは、楽しんで頂けたら幸いです。
【R-18】クリしつけ
蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる