デニペディア~DENNY's pedia~

DENNY喜多川

文字の大きさ
上 下
1 / 4

よきことをなす人たちによるハラスメント/搾取について(セーラームーン・ウテナ・ピンドラ・プリキュアのネタバレ大あり)

しおりを挟む
東映アニメ版「美少女戦士セーラームーン」(第一作)のクライマックスは衝撃的だった。うさぎ(セーラームーン)を、衛(タキシード仮面/エンディミオン)のもとにたどりつかせるために、セーラー戦士たちが一人一人倒れて行くのだ。よくある「ここはオレにまかせて早く行け」ではあるのだが、ガチで一人ずつ「死んで」行くのだ。そして衛の元にたどり着いたうさぎもまた、世界と衛を救うために自らを犠牲にして「幻の銀水晶」の力を解放する。それはうさぎの死も意味していた……。
幻の銀水晶が起こした奇跡により、命を失ったセーラー戦士+衛は、全員(戦いの記憶を全て失った状態で)蘇り、日常に帰還する。もちろん翌週には「R」がはじまって、全員記憶を取り戻して新たな戦いに向かっていくわけだが、少なくとも一度は全員が明確に「自己犠牲により死んだ」のである。
「R」以降、セーラー戦士が明確に「死ぬ」ことはなかった(R劇場版でうさぎが死ぬが、R劇場版は無印クライマックスのリメイク的作品。Sラストでほたるが死に転生するのが例外か)が、シリーズを通して、「自己犠牲は美しく尊いものである」として描かれた。これは「R」から「SuperS」までの監督を務めた幾原邦彦氏(以下イクニ)も、その時点ではそう考えていたのだろう。
「SuperS」後、東映を離れたイクニは「ビーパパス」を設立、「少女革命ウテナ」を制作する。主人公は「かつて自分を救ってくれた王子様に憧れ、自ら王子様になろうとする少女」天上ウテナ。しかし終盤、驚くべき事実が判明する。世界を救うために全てを与え尽くした(自己犠牲の果て燃え尽きた)王子様は、「世界の果て」になり果て、魔女(薔薇の花嫁)から/魔女を通して世界から、搾取する存在になり果てていたのである。
ウテナは魔女を救うため、「世界の果て」と化した王子様を追い詰めるが、魔女の裏切り(この裏切りには多様な解釈が可能)により倒れる。しかし最後に、(ピングドラム(後述)を与えることで?)魔女を解放する。解放された魔女は、(ピングドラムを与える/分け合うために?)どこかにいるはずのウテナ(自分の/新たなウテナ?)を探す旅に出て物語は終わる。この時点でイクニの頭の中に「ピングドラム」はまだ存在しなかったと思われるが、「自己犠牲(一方的に与える)を続けると、いつかは燃え尽き、世界の果てとなって、搾取する側になる」という真実が提示されている。私も身近な人間で「世界の果て」になってしまった「王子様」を見ているし、「べてぶくろ」「cotree」「東京シューレ」などで起こった搾取(いずれもセクハラ/性暴力なのが興味深い)は、この構造によるものではないかとも考えている。
そしてイクニが次に制作したのが「輪るピングドラム」。妹の生命を救うために「ピングドラム」を探す兄弟の物語であるが、「ピングドラム」が何なのかは明言されない。それを「愛」と呼ぶのはあまりにも雑で「与えることと受け取ることと分け合うことはできるけど、手に入れることはできないもの」というのがギリギリの定義か(誰かを愛すること=生きる力、という解釈は見た)。「ピングドラム」を与えることは自己犠牲なのだけど、ピングドラムを「循環」させることで、「世界の果て」にならずに済むという道が提示された(ピングドラムを二人で分け合うだけでは、共依存の閉じた世界になるということだろうか)。
その後の「ユリ熊嵐」「さらざんまい」は、「ピングドラムを循環させることで、我々は何者かになれる」という前提のもと、個別のイシューを追及した作品群に見える。
ここでイクニの話から離れて、東映アニメーションが「セーラームーン」からしばらく経ってチャレンジした「プリキュア」シリーズに話を移す。「プリキュア」は「セーラームーン」との差別化のためか「自己犠牲」を否定した。彼女たちはかけがえのない日常を守るために戦うが、決して自分を犠牲にしようとしない。俗に「光堕ち」の元祖とされる「フレッシュプリキュア!」のイース/東せつなは、敵幹部として登場し、桃園ラブ/キュアピーチと拳で語り合った末、プリキュアとして再生する。しかし彼女は贖罪のために戦いを強いられるのではなく「真っ赤なハートは幸せの証!」(名乗り)と、幸せになることを肯定されているのである。
「Hugっと!プリキュア」ではさらに一歩進む。最初の歴史で野乃はな/キュアエールは、世界を救うために自らを犠牲にした。しかし最愛の妻を失ったジョージ・クライは怪物となり、はなを取り戻すためもう一度歴史をやり直し、世界が一番幸福な瞬間に、世界の時間を止めようとする。やり直した世界ではぐたんや仲間と出会えたはなは「自分を応援」できるようになったことで、自らを犠牲にすることなく、ジョージを救う。
「ヒーリングっど プリキュア」ではさらに踏み込み、かつて自分を利用した敵幹部に「オレを体の中に匿ってくれ」と命乞いをされた花寺のどか/キュアグレースは葛藤するが「今あなたを救っても、あなたはまた悪いことを繰り返す。私の心も体も私のもの。あなたの自由にはさせない!」と宣言する。
プリキュアは幼女先輩向けの作品なので「奉仕の心は尊いけれど、自分を犠牲にしないで」は必要十分なメッセージだと思う。
イクニの話に戻る。今年(2022年)、「輪るピングドラム」の再編集劇場版(新作パートあり)が公開された。この原稿執筆時点で、筆者は後編を未見であるが、劇場版の主題歌「僕の存在証明」はこうはじまる。
「ねえ神様 僕を全部使って」
我々は「自分を犠牲にして、誰かのために役立ちたい」という欲望(愛すること=生きる意味なのかも)を抱えており、それは「善なる欲望」とされる。対して、全てを与え尽くした時にその欲望が反転し「世界の果て」になって、搾取する側に回ってしまうシステム(そのメカニズムについてはまた別の機会に追求したい)については、余りにも知られていない(し、皆も知りたくないだろう)。
「よきことをなす人たちのハラスメント」問題に対処するためには、まずこのシステムの周知が必要なのだろう。

余談 「ビーパパス」て「プロジェクト・ファザーフッド」(ニューヨークのスラムで、よき父親になろうとする男たちの奮闘を描いたドキュメント。最高!)と同じ意味だよね…
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

七絃──キンのコト雑記

国香
エッセイ・ノンフィクション
琴をキンと読めないあなた! コトとごっちゃにしているあなた! 小説『七絃灌頂血脉』シリーズを読んで、意味不明だったという方も、こちらへどうぞ。 本編『七絃灌頂血脉──琴の琴ものがたり』の虎の巻です。 小説中の難解な楽器や音楽等について、解説しています。 これを読めば、本編の???が少しは解消するかもしれません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

文明論と現代政策(新版)

平 一
エッセイ・ノンフィクション
〝政策だって分かっちゃう、オモシロ理論・文明論!〟 科学・技術も政策も、経済・社会も人間も、まとめて分かるネタ知識!  改訂版です。 そもそも政策って何? どんな意味があるの? どんな種類があって、なぜそう分けられるの? 科学・技術とか経済・社会活動とか、他の文明活動との関係は? なぜ国際政策のSDGsを、企業や個人も行うの? 国の政策であるSociety(ソサエティ)5.0や、 DX(デジタル・トランスフォーメーション)とのつながりは? 持続可能性って、なぜ4種類もあるの? 私的文明論〝文明の星〟理論により、現代政策を読み解きました。 様々な政策は、文明の段階や構造、循環(サイクル)、潮流(トレンド)から、 まとめて説明できます。 SDGsもデジトラ(デジタル改革/DX)も、身近な地方政策も、 まとめて分かる文明論! 次の作品に感動して、書きました。 イラスト:『冬の星』 https://www.pixiv.net/artworks/87435741 『Original』 https://www.pixiv.net/artworks/84381128 『星と月』 https://www.pixiv.net/artworks/82071707 『無題』 https://www.pixiv.net/artworks/79601888 動画:『Blooming Star』詩花 https://www.youtube.com/watch?v=1LJcnF2ncP8&t=62s 『ハミングバード』桜守歌織 https://www.youtube.com/watch?v=LW_QbHqb6UU 素敵な刺激を与えてくれる文化的作品に、感謝します。 ご興味がおありの方は、エッセイ『文明の星』シリーズや、 小説『Lucifer(ルシファー)』シリーズなど、 関連作品もご覧いただけましたら幸いです。

「繊細さんの日々のこと」

黒子猫
エッセイ・ノンフィクション
「繊細さん」の私が、日常で感じたことなどを綴ります。 ちなみに私は内向型HSPです✨

処理中です...