【R18】うさぎのオメガは銀狼のアルファの腕の中

夕日(夕日凪)

文字の大きさ
上 下
59 / 59

花屋のうさぎは危機に遭う2

しおりを挟む
 ――君が君の形を失っていたら。

 その言葉に恐怖をかき立てられ、その場から正しく脱兎のごとく逃げたくなる。けれどそれはシエル様の手によって阻害され、僕はその場に縫い留められたようになってしまった。
 首筋に舌が這い、首輪の上から牙を何度も立てられる。

「ひ……やっ」
「どうやってオメガから『香水』を作るか、教えてあげようか」

 囁きながら、シエル様は楽しそうに低く笑う。
 聞きたくない。それはきっと、楽しいものではないだろうから。
 そう思うのに、赤狼の唇は喋ることをやめない。

「君たちオメガがね。発情期の時以上にフェロモンを発する瞬間があると……『ある時』に僕は気づいたんだ」

 僕の長い耳を美しい唇が食む。背筋が甘く震え、崩れ落ちそうになる身を僕は必死に支えた。

「それは命の危機に瀕した時だ。きっと快楽で痛みを和らげようと、強い防衛本能が働くのだろうな」
「――ッ!」

 ――殺されるんだ。
 そう感じた瞬間、ぞわりと体中が熱くなる。
 牙が耳に柔らかく立てられ、その手加減された力でも僕の脆弱な皮膚は傷ついて淡く血が滲む。その血を赤狼は美味しそうに啜った。

「数日かけてじっくりと死の恐怖を与えれば、オメガの血は信じられないくらいの濃度のフェロモンを含むんだ。その血からフェロモンを抽出しさらに調香したものが、『香水』の正体だよ。君の血も……すでに淡い香りを発しているね」

 すんと匂いを嗅がれ、満足そうに頷かれる。僕の体は主人に断りなしに『準備』をはじめているらしい。

「リオネル・ハルミニアはどれだけ魅力的なオメガにも靡くことがなかった。君はあの男を誘うことができる唯一の香水になるんだ。きっと高位貴族にとんでもない金額で、飛ぶように売れるだろうね。清廉潔白なあの男の子種があちこちに撒き散らされるなんて――楽しいと思わないか? これが君を招いた理由だよ」
「そんなの、嫌です……っ!」

 ――そんなことになればリオネル様が絶対に苦しむ。
 驚くくらいに真面目で善良なあの人が、誰かとの間に生じた『責任』を無視できるはずがない。
 力を振り絞ってシエル様の腕から逃れた僕は、床に転がり落ちてしまう。鼻の頭をいささか擦り剥き、痛みに顔をしかめながら立ち上がる僕を、赤狼は楽しそうに見つめていた。

「逃げるのか。友人たちがどうなってもいいの?」
「さ、探して逃します。そして僕も逃げますから」
「ふぅん、やってみるといいよ。百を数えてから追いかけてあげようか」

 舌舐めずりながら耳を動かすその様子は獲物を追い詰める狩人だ。
 彼が僕を甘く見ているのがありがたい。この油断に乗じて、もっと時間を稼がないと。

「うさぎの逃げ足を舐めないでください!」

 叫んで、部屋を飛び出す。
『数日かけてじっくりと死の恐怖を与えれば』とシエル様は言った。上質な香水にするために――僕はすぐには殺されないだろう。五体が無事ではないだろうけれど。ひとまずは、命の保証がないロランとリーディさんを優先しないと。
 今までの人生にないくらいに、足を早く動かす。
 そうしながら、耳と鼻をひくりと動かして僕はロランとリーディさんの気配や匂いを探した。
しおりを挟む
感想 58

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(58件)

mya
2024.01.18 mya

お忙しいかと思いますが、更新楽しみに待っています。

解除
アル
2024.01.01 アル

更新はありますでしょうか…あることを願ってます

解除
春雨
2023.05.16 春雨

更新、待ってます!

解除

あなたにおすすめの小説

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

つまりそれは運命

える
BL
別サイトで公開した作品です。 以下登場人物 レオル 狼獣人 α 体長(獣型) 210cm 〃 (人型) 197cm 鼻の効く警察官。番は匿ってドロドロに溺愛するタイプ。めっちゃ酒豪 セラ 人間 Ω 身長176cm カフェ店員。気が強く喧嘩っ早い。番限定で鼻が良くなり、番の匂いが着いているものを身につけるのが趣味。(帽子やシャツ等)

子を成せ

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
ミーシェは兄から告げられた言葉に思わず耳を疑った。 「リストにある全員と子を成すか、二年以内にリーファスの子を産むか選べ」 リストに並ぶ番号は全部で十八もあり、その下には追加される可能性がある名前が続いている。これは孕み腹として生きろという命令を下されたに等しかった。もう一つの話だって、譲歩しているわけではない。

ミルクの出ない牛獣人

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
「はぁ……」  リュートスは胸に手をおきながら溜息を吐く。服装を変えてなんとか隠してきたものの、五年も片思いを続けていれば膨らみも隠せぬほどになってきた。  最近では同僚に「牛獣人ってベータでもこんなに胸でかいのか?」と聞かれてしまうほど。周りに比較対象がいないのをいいことに「ああ大変なんだ」と流したが、年中胸が張っている牛獣人などほとんどいないだろう。そもそもリュートスのように成体になってもベータでいる者自体が稀だ。  通常、牛獣人は群れで生活するため、単独で王都に出てくることはほぼない。あっても買い出し程度で棲み着くことはない。そんな種族である牛獣人のリュートスが王都にいる理由はベータであることと関係していた。

こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡

なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。 あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。 ♡♡♡ 恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!

元ベータ後天性オメガ

桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。 ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。 主人公(受) 17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。 ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。 藤宮春樹(ふじみやはるき) 友人兼ライバル(攻) 金髪イケメン身長182cm ベータを偽っているアルファ 名前決まりました(1月26日) 決まるまではナナシくん‥。 大上礼央(おおかみれお) 名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥ ⭐︎コメント受付中 前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。 宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。