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銀狼は白兎を追う1(リオネル視点)
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「リオネル様、失礼いたします!」
慌てた様子の若い犬族の騎士が執務室に転がり込んできたので、私とニルスは目を丸くした。騎士の姿を目にした瞬間、嫌な予感がひやりとした冷たさを伴いながら胸に満ちる。
なぜなら――彼がレイラの警護として送り出した騎士だったからだ。
彼はハルミニア侯爵家の私兵で私的な願いでの警護を頼んだが、それを嫌がったり放り出したりするような人選はしていない。そんな者が警護を放棄してここに来ているのだ。
――レイラになにかあった。それ以外に考えられない。
「レイラの警護はどうした?」
そうとわかっていても、往生際の悪い私はそう訊ねてしまった。
自分に都合のいい答えが返ってくると……そんな期待を愚かにもしながら。
「夜になっても警護対象の家に灯りが点かないのを不審に思い、訪ねてみたのですが。その……対象が家にいらっしゃらなかったのです。なのでご報告のために戻って参りました」
ともすれば小さくなる声を奮い立たせるようにして言うと、騎士は申し訳なさげな表情で犬耳をへたりと倒す。
窓から見える外の景色は、すでに夜闇も深い。用心深いうさぎ族であるレイラが、そんな時間に自発的に出歩く可能性は低い。オメガの誘拐時間が横行している現状であればなおさらだ。
心臓がドクドクと大きく脈打っている。冷や汗がぽたりと頬を伝い、顎から落ちて書類を濡らした。
胸を押さえながら、気持ちを落ち着かせるために深呼吸を数度する。そんな私をニルスが気遣わしげな表情で見つめていた。
――動揺していても仕方がない。
レイラの行方を掴むために迅速に動かねば。
誘拐ならば初動を間違うと、悲劇的なことになる確率が高くなる。そんなことは……私がさせない。
「不在に気づくのが遅れ、申し訳ありません」
「いや、報告ご苦労。レイラがどこかへ行くのを見なかったか、人を使って花屋の周辺での聞き込みを頼む」
今にも倒れてしまいそうに蒼白な顔をしている騎士をねぎらってから、指示を伝える。
すると彼は勢いよく部屋を飛び出して行った。
「オメガ誘拐事件絡みか、はたまた別か……。俺はオメガ誘拐の犯人を引き続き追います。犯人のところに、レイラちゃんがいる可能性もありますからね」
「ああ、頼む。私は一度レイラの花屋に行って、なにか手がかりがないか調べてくる」
「わかりました。なにか進展があれば連絡します」
真剣な表情のニルスが、机に積み上げられたここ数ヶ月程度の貴族の婚姻記録と向かい合う。
貴族の『不自然』な婚姻。目論見通りに犯人に関する手がかりが、そこから見つかるといいのだが――
――レイラ、無事でいてくれ。
祈るような気持ちで騎士宿舎を後にする。
空に浮かぶ月は満月で、煌々と地上を照らしていた。
その光がレイラを害したものの罪を暴けばいいと。そんな埒のあかないことを考えながら、私は馬に飛び乗った。
慌てた様子の若い犬族の騎士が執務室に転がり込んできたので、私とニルスは目を丸くした。騎士の姿を目にした瞬間、嫌な予感がひやりとした冷たさを伴いながら胸に満ちる。
なぜなら――彼がレイラの警護として送り出した騎士だったからだ。
彼はハルミニア侯爵家の私兵で私的な願いでの警護を頼んだが、それを嫌がったり放り出したりするような人選はしていない。そんな者が警護を放棄してここに来ているのだ。
――レイラになにかあった。それ以外に考えられない。
「レイラの警護はどうした?」
そうとわかっていても、往生際の悪い私はそう訊ねてしまった。
自分に都合のいい答えが返ってくると……そんな期待を愚かにもしながら。
「夜になっても警護対象の家に灯りが点かないのを不審に思い、訪ねてみたのですが。その……対象が家にいらっしゃらなかったのです。なのでご報告のために戻って参りました」
ともすれば小さくなる声を奮い立たせるようにして言うと、騎士は申し訳なさげな表情で犬耳をへたりと倒す。
窓から見える外の景色は、すでに夜闇も深い。用心深いうさぎ族であるレイラが、そんな時間に自発的に出歩く可能性は低い。オメガの誘拐時間が横行している現状であればなおさらだ。
心臓がドクドクと大きく脈打っている。冷や汗がぽたりと頬を伝い、顎から落ちて書類を濡らした。
胸を押さえながら、気持ちを落ち着かせるために深呼吸を数度する。そんな私をニルスが気遣わしげな表情で見つめていた。
――動揺していても仕方がない。
レイラの行方を掴むために迅速に動かねば。
誘拐ならば初動を間違うと、悲劇的なことになる確率が高くなる。そんなことは……私がさせない。
「不在に気づくのが遅れ、申し訳ありません」
「いや、報告ご苦労。レイラがどこかへ行くのを見なかったか、人を使って花屋の周辺での聞き込みを頼む」
今にも倒れてしまいそうに蒼白な顔をしている騎士をねぎらってから、指示を伝える。
すると彼は勢いよく部屋を飛び出して行った。
「オメガ誘拐事件絡みか、はたまた別か……。俺はオメガ誘拐の犯人を引き続き追います。犯人のところに、レイラちゃんがいる可能性もありますからね」
「ああ、頼む。私は一度レイラの花屋に行って、なにか手がかりがないか調べてくる」
「わかりました。なにか進展があれば連絡します」
真剣な表情のニルスが、机に積み上げられたここ数ヶ月程度の貴族の婚姻記録と向かい合う。
貴族の『不自然』な婚姻。目論見通りに犯人に関する手がかりが、そこから見つかるといいのだが――
――レイラ、無事でいてくれ。
祈るような気持ちで騎士宿舎を後にする。
空に浮かぶ月は満月で、煌々と地上を照らしていた。
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