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花屋のうさぎと銀狼の朝6
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パン屋での買い物を済ませて、僕とリオネル様は短い家路を歩いていた。
『……平民のベータやオメガに、本気になるアルファの貴族もいる』
リオネル様のあの言葉が……頭にずっと残っている。
彼は一般論として、あの言葉を言ったのだろう。
貴族のアルファと平民が恋に落ちました、なんて話もごく稀にはあるのだ。
そんな『稀』から導き出された一般論だと、わかってはいるのだけれど……
リオネル様の口からあんな言葉を聞いてしまうと、妙な期待をしてしまいそうになる。本当に僕は浅ましい。
「あっ」
ぼんやり歩いていると、石畳の縁に足を引っ掛けて転びそうになってしまった。すると大きくて頼りになる手に腕を掴まれて、僕は顔面から地面に突っ伏さずに済んだ。
「大丈夫か、レイラ」
「は、はい。リオネル様……!」
心配するようにじっと見つめられ、心臓が大きく跳ねる。顔に血が集まり、見なくても自分の顔が真っ赤になっているだろうことがわかった。綺麗な目を見つめ返しながら、僕は身を強張らせてしまう。するとリオネル様はきょとりとして首を傾げた。
「……レイラ?」
「ご、ごめんなさい。ぼんやりしてしまって」
「謝らなくていい」
リオネル様は少し笑うと、優しく頭を撫でてくれる。
このリオネル様の行動には……『うさぎフェチ』以上の意味があるのかな。
大きな手が離れていくのを見ていると名残惜しさがこみ上げて、僕はその手を掴んでしまった。
するとリオネル様の瞳が、大きく瞠られた。
「レイラが、私の手を? なぜ……?」
リオネル様はなぜだか、とても驚いているご様子だ。
「あ。ごめんな、さい。つい……」
手を離そうとすると、それは強く握られる。そしてリオネル様は、なにも言わずに僕の手を引いた。握られた手が、すごく熱い。発情をした時に体に触れられるよりも、こうやって素面の時に手を握られる方が気恥ずかしい気がするのはどうしてだろう。
パン屋から、花屋までの距離はとても短い。もっと距離があれば良かったのにとか、そんなバカみたいなことを僕は考えてしまった。
着いたらこの手は離されるんだろうな……と僕は思っていたのだけれど。
「……?」
店の中に入っても、リオネル様はなぜか僕の手を握ったままだった。
僕の手を握りしめたまま、彼はなぜか真剣な顔をしている。
……手を繋いだままなのは嬉しいけれど、これでは朝食の準備ができない。
「その、リオネル様。このままだと、お食事の準備ができないので」
「ああ……そうだな」
声をかけると、リオネル様はようやくゆっくりと僕の手を離した。
僕は台所へ小走りに行くと、スープとベーコンエッグを食器に盛る。そしてリオネル様にお出しした。
「本当に、リオネル様にお出しするようなものではないのですけれど……」
存在自体がキラキラとしたリオネル様と、一般庶民的な食事が一緒に視界に入ると、なんだかとてもアンバランスに見える。もっといいものをお出しできなかったのかと後悔したけれど、うちにあった食材ではこれが精一杯なのだ。
「いや、とても美味しそうだ。レイラ、こっちへ」
手招きをされそちらに行くと、お膝の上へあっという間に座らされる。
「リ、リオネル様?」
「せっかくだ、一緒に食べよう」
「その、向かいの席で食べますので……」
「一緒に、食べよう」
リオネル様は静かだけれど強い意思の篭もった口調で言うと、じっと僕を見つめた。
「……はい」
……その迫力に、僕はそう返事をするしかなかった。
ただでも狭いうさぎ族用の長椅子に、体の大きなリオネル様と一緒に座るとぎゅうぎゅうだ。
「うん、美味いな」
「よ、良かったです」
「ほら。パンも食べなさい」
「むぐっ」
リオネル様の手ずからパンを口に押し込まれる。
それをもぐもぐと食べていると、リオネル様は……なぜかとても嬉しそうに笑った。
『……平民のベータやオメガに、本気になるアルファの貴族もいる』
リオネル様のあの言葉が……頭にずっと残っている。
彼は一般論として、あの言葉を言ったのだろう。
貴族のアルファと平民が恋に落ちました、なんて話もごく稀にはあるのだ。
そんな『稀』から導き出された一般論だと、わかってはいるのだけれど……
リオネル様の口からあんな言葉を聞いてしまうと、妙な期待をしてしまいそうになる。本当に僕は浅ましい。
「あっ」
ぼんやり歩いていると、石畳の縁に足を引っ掛けて転びそうになってしまった。すると大きくて頼りになる手に腕を掴まれて、僕は顔面から地面に突っ伏さずに済んだ。
「大丈夫か、レイラ」
「は、はい。リオネル様……!」
心配するようにじっと見つめられ、心臓が大きく跳ねる。顔に血が集まり、見なくても自分の顔が真っ赤になっているだろうことがわかった。綺麗な目を見つめ返しながら、僕は身を強張らせてしまう。するとリオネル様はきょとりとして首を傾げた。
「……レイラ?」
「ご、ごめんなさい。ぼんやりしてしまって」
「謝らなくていい」
リオネル様は少し笑うと、優しく頭を撫でてくれる。
このリオネル様の行動には……『うさぎフェチ』以上の意味があるのかな。
大きな手が離れていくのを見ていると名残惜しさがこみ上げて、僕はその手を掴んでしまった。
するとリオネル様の瞳が、大きく瞠られた。
「レイラが、私の手を? なぜ……?」
リオネル様はなぜだか、とても驚いているご様子だ。
「あ。ごめんな、さい。つい……」
手を離そうとすると、それは強く握られる。そしてリオネル様は、なにも言わずに僕の手を引いた。握られた手が、すごく熱い。発情をした時に体に触れられるよりも、こうやって素面の時に手を握られる方が気恥ずかしい気がするのはどうしてだろう。
パン屋から、花屋までの距離はとても短い。もっと距離があれば良かったのにとか、そんなバカみたいなことを僕は考えてしまった。
着いたらこの手は離されるんだろうな……と僕は思っていたのだけれど。
「……?」
店の中に入っても、リオネル様はなぜか僕の手を握ったままだった。
僕の手を握りしめたまま、彼はなぜか真剣な顔をしている。
……手を繋いだままなのは嬉しいけれど、これでは朝食の準備ができない。
「その、リオネル様。このままだと、お食事の準備ができないので」
「ああ……そうだな」
声をかけると、リオネル様はようやくゆっくりと僕の手を離した。
僕は台所へ小走りに行くと、スープとベーコンエッグを食器に盛る。そしてリオネル様にお出しした。
「本当に、リオネル様にお出しするようなものではないのですけれど……」
存在自体がキラキラとしたリオネル様と、一般庶民的な食事が一緒に視界に入ると、なんだかとてもアンバランスに見える。もっといいものをお出しできなかったのかと後悔したけれど、うちにあった食材ではこれが精一杯なのだ。
「いや、とても美味しそうだ。レイラ、こっちへ」
手招きをされそちらに行くと、お膝の上へあっという間に座らされる。
「リ、リオネル様?」
「せっかくだ、一緒に食べよう」
「その、向かいの席で食べますので……」
「一緒に、食べよう」
リオネル様は静かだけれど強い意思の篭もった口調で言うと、じっと僕を見つめた。
「……はい」
……その迫力に、僕はそう返事をするしかなかった。
ただでも狭いうさぎ族用の長椅子に、体の大きなリオネル様と一緒に座るとぎゅうぎゅうだ。
「うん、美味いな」
「よ、良かったです」
「ほら。パンも食べなさい」
「むぐっ」
リオネル様の手ずからパンを口に押し込まれる。
それをもぐもぐと食べていると、リオネル様は……なぜかとても嬉しそうに笑った。
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