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花屋のうさぎと銀狼の朝5
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外に出ると店の前はすっきりと綺麗に掃き清められていた。
そしてこちらの動向を窺うような視線が僕に刺さる。それは……『犯人』たちからの視線だった。リオネル様に目をやるのは、きっと怖いんだろうな。
大丈夫だからというようにこっそりと頷いてみせると、彼らは一様にほっとしたような表情になった。
「さぁ。食事が冷めないうちに店に行こう」
「そ、そうですね」
ニルス様は三軒先のパン屋で買ったと言っていた。キョロキョロと見回すまでもなく、いい香りが漂っている建物がある。しかしその香りが漂う建物の一階部分は、パン屋ではなく魚屋である。僕が首を傾げていると……
「二階だな」
とリオネル様が言った。
そうか、だから僕も今まで気づかなかったんだ。
狭い階段を使って建物の二階に上がり、小さな看板が付けられた扉を開く。
すると栗鼠族の小さな女性が、パタパタとパンを並べているところだった。あの人が……ニルス様の彼女さんか。
「いらっしゃい、はじめてのお客様ね」
くるくるとした茶色の髪の可愛らしい顔立ちをしたベータの女性は、僕と目が合うと気さくに挨拶をしてくる。そして後からやって来たリオネル様に気づくと……パンが乗ったトレイを落としそうになり、慌てて受け止めていた。
「いらっしゃいませ。ハルミニア卿」
女性はパンのトレイを棚に置いてから、深々とお辞儀をした。
「畏まらなくていい。パンを買いに来ただけだ」
リオネル様はそう言うとパンの棚に興味深そうに視線をやる。
どのパンも……美味しそうだなぁ。小さなお店だけれど、パンの種類が豊富だ。
迷った僕は女性にオススメを訊いてみることにした。
「卵に合うのはどのパンですか?」
「このカンパーニュはどうかな? 食パンもオススメだけど」
「じゃあ、どちらもください」
「どっちも買ってくれるの? ありがとう!」
「美味しそうだし、他にもいくつか買っていこうかな」
「本当? 嬉しい!」
屈託のない笑顔を浮かべる女性に代金を払って、パンを紙袋に詰めてもらう。
その間少し手持ち無沙汰な気分になった僕は、少し話を振ってみることにした。
「その……ニルス様の彼女さん、なんですよね?」
「わ、どうして知ってるの? 私はミミ。貴方は?」
「レイラです。ニルス様とは知り合いで、直接お付き合いしてると聞いたんです」
「君がニルス様のお知り合いなのは……ハルミニア卿を連れてきた時点で、想像がついていたけど」
ミミさんはプレッツェルを見ながら首を傾げているリオネル様に視線をやる。それは、そうだよね。ニルス様はリオネル様に最も近い部下だから。
「うーん。ニルス様と付き合ってる……というのは、ちょっと違うかも」
「え……?」
顔を曇らせながら発せられたミミさんの言葉に、僕は思わずきょとりとした。
「ほら、アルファの貴族様が私なんかに本気なわけないし。私なんて平民のベータだし」
「そんな……」
『そんなことない』と言おうとして、僕はそれを言えなかった。
僕もロランに『リオネル様が僕を愛人や妻にしたい可能性があるんじゃ』って言われた時に、そんなことを言った覚えがあるから。
アルファの貴族が平民のオメガやベータに感情を向ける可能性というのは、なかなか考えにくいものだ。
「……平民のベータやオメガに、本気になるアルファの貴族もいる」
低い声が聞こえて、後ろからぎゅうと抱きしめられる。
振り返らなくてもわかる。これは、リオネル様だ。
「そうだとしても。私が選ばれることは……ないと思います」
ミミさんはそう言うと、胸の前でぎゅっと手を組んだ。長い睫毛が伏せられて、それは少し震えている。
「たしかに、ニルスは気の多い男だ。いろいろな噂も聞く」
リオネル様、どうして追い打ちをかけるんですか!
大きな瞳を潤ませて、ミミさんは今にも泣き出しそうになっている。
「けれどあいつが君に言葉や行動を示しているのなら。最初からそれを疑うのは、違うと思う」
リオネル様の声音は驚くくらいに優しい。
ミミさんは目を瞠り「……そうかもしれません」と、小さな声で言った。
そしてこちらの動向を窺うような視線が僕に刺さる。それは……『犯人』たちからの視線だった。リオネル様に目をやるのは、きっと怖いんだろうな。
大丈夫だからというようにこっそりと頷いてみせると、彼らは一様にほっとしたような表情になった。
「さぁ。食事が冷めないうちに店に行こう」
「そ、そうですね」
ニルス様は三軒先のパン屋で買ったと言っていた。キョロキョロと見回すまでもなく、いい香りが漂っている建物がある。しかしその香りが漂う建物の一階部分は、パン屋ではなく魚屋である。僕が首を傾げていると……
「二階だな」
とリオネル様が言った。
そうか、だから僕も今まで気づかなかったんだ。
狭い階段を使って建物の二階に上がり、小さな看板が付けられた扉を開く。
すると栗鼠族の小さな女性が、パタパタとパンを並べているところだった。あの人が……ニルス様の彼女さんか。
「いらっしゃい、はじめてのお客様ね」
くるくるとした茶色の髪の可愛らしい顔立ちをしたベータの女性は、僕と目が合うと気さくに挨拶をしてくる。そして後からやって来たリオネル様に気づくと……パンが乗ったトレイを落としそうになり、慌てて受け止めていた。
「いらっしゃいませ。ハルミニア卿」
女性はパンのトレイを棚に置いてから、深々とお辞儀をした。
「畏まらなくていい。パンを買いに来ただけだ」
リオネル様はそう言うとパンの棚に興味深そうに視線をやる。
どのパンも……美味しそうだなぁ。小さなお店だけれど、パンの種類が豊富だ。
迷った僕は女性にオススメを訊いてみることにした。
「卵に合うのはどのパンですか?」
「このカンパーニュはどうかな? 食パンもオススメだけど」
「じゃあ、どちらもください」
「どっちも買ってくれるの? ありがとう!」
「美味しそうだし、他にもいくつか買っていこうかな」
「本当? 嬉しい!」
屈託のない笑顔を浮かべる女性に代金を払って、パンを紙袋に詰めてもらう。
その間少し手持ち無沙汰な気分になった僕は、少し話を振ってみることにした。
「その……ニルス様の彼女さん、なんですよね?」
「わ、どうして知ってるの? 私はミミ。貴方は?」
「レイラです。ニルス様とは知り合いで、直接お付き合いしてると聞いたんです」
「君がニルス様のお知り合いなのは……ハルミニア卿を連れてきた時点で、想像がついていたけど」
ミミさんはプレッツェルを見ながら首を傾げているリオネル様に視線をやる。それは、そうだよね。ニルス様はリオネル様に最も近い部下だから。
「うーん。ニルス様と付き合ってる……というのは、ちょっと違うかも」
「え……?」
顔を曇らせながら発せられたミミさんの言葉に、僕は思わずきょとりとした。
「ほら、アルファの貴族様が私なんかに本気なわけないし。私なんて平民のベータだし」
「そんな……」
『そんなことない』と言おうとして、僕はそれを言えなかった。
僕もロランに『リオネル様が僕を愛人や妻にしたい可能性があるんじゃ』って言われた時に、そんなことを言った覚えがあるから。
アルファの貴族が平民のオメガやベータに感情を向ける可能性というのは、なかなか考えにくいものだ。
「……平民のベータやオメガに、本気になるアルファの貴族もいる」
低い声が聞こえて、後ろからぎゅうと抱きしめられる。
振り返らなくてもわかる。これは、リオネル様だ。
「そうだとしても。私が選ばれることは……ないと思います」
ミミさんはそう言うと、胸の前でぎゅっと手を組んだ。長い睫毛が伏せられて、それは少し震えている。
「たしかに、ニルスは気の多い男だ。いろいろな噂も聞く」
リオネル様、どうして追い打ちをかけるんですか!
大きな瞳を潤ませて、ミミさんは今にも泣き出しそうになっている。
「けれどあいつが君に言葉や行動を示しているのなら。最初からそれを疑うのは、違うと思う」
リオネル様の声音は驚くくらいに優しい。
ミミさんは目を瞠り「……そうかもしれません」と、小さな声で言った。
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