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誇り高き狼と花屋のうさぎ6
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「リオネル様、終わりました」
花を生けて部屋に配置すると、無骨だったお部屋は少し雰囲気が和らいだような気がした。と言っても部屋が広すぎるので、花を飾れたのなんてごく一部のスペースなのだけれど。
自分の育てた可愛い花たちで、誰かの空間が華やぐのは嬉しい。飾られた花たちを見ていると、しみじみとそう思う。獣人の中でも『弱い』種族であるうさぎで、しかもオメガである自分でも、人にとって価値ある行動ができるのだと。この仕事をしている時は、そんな誇らしい気持ちになれるのだ。
「そうか。では支払いを……の前に。茶でも淹れよう」
リオネル様はだいぶ少なくなった書類から顔を上げて、食器棚が置いてある一角へと向かった。そんな、侯爵様にお茶を淹れて頂くなんて恐れ多い!
「あの、リオネル様……!」
「疲れただろう。座っていなさい」
有無を言わさぬ調子で言って僕を長椅子に座らせると、リオネル様はお茶の準備を始めた。魔法式の板のコンロの上に薬缶を乗せ、先ほどの球体を潰して水を入れ。魔法で温めたポットに茶葉を入れてから、沸騰したお湯を注ぐ。その流れるような一連の動作は、彼が普段からお茶を淹れ慣れていることを示していた。執務をしながら、いつもお飲みになられているのかもしれないな。
「ミルクと砂糖は?」
「えっと、ミルクをたくさん。入れてください……」
僕は甘党である。ミルクと砂糖がたっぷり入った紅茶が好きだ。十八にもなって甘党というのも少し恥ずかしいが、こういう味覚の好みはこれから先も、きっと変わらないのだろう。
「……ミルクを、たくさん、入れる」
カチャリ、とリオネル様の手からスプーンが落ちた。どうしたのだろうと思いながらリオネル様を見上げると、無表情でじっと見下ろされた。リオネル様は身を屈めると、こちらに手を伸ばす。その手は優しく頬に触れて、何度も何度も撫でられた。そうしながらも、リオネル様はやっぱり無表情だ。
……リオネル様が、わからない。
絶世の美貌に無表情かつ無言で凝視されながら、頬を撫でられ続けるこの奇異な時間はなんなのだろう。僕はへたり、と白く長い耳を垂らしながら、視線を恐る恐るリオネル様に向けた。
リオネル様のお顔は近くで見ても、一つたりとも欠点がない。肌は真っ白できめ細かく、鼻筋はまっすぐに通っている。唇は淡い紅を刷いたような美しい色で、薄くてとても綺麗だ。髪と同じ色の白金の睫毛は長く、それに縁取られた黄緑色の瞳は宝石のように輝いている。困惑しながらも、僕は間近で見るリオネル様の美貌に釘づけになってしまった。
リオネル様の指がふと僕の唇に触れ、何度か指の腹で撫でられる。心臓がざわりと、直接その美しい指で撫でられたかのように震えた。
――これは、危険だ。
「リオネル様。紅茶、冷めちゃいます!」
僕は必死で、声を絞り出した。この美しい生き物が、怖ろしい。発情期でもないのに捕食して欲しいと、自ら身を差し出してしまいそうな衝動に駆られてしまうから。
この美しい狼の前にいると、僕はしょせん生贄のうさぎなのだと。そんな感覚に陥ってしまう。
「ああ、そうだな」
リオネル様はさらに何度か唇を撫でてから、触れるのをやっとやめてくれた。遠ざかるその感触に、名残惜しさを感じ、追いすがりそうになる自分を必死で止める。
怖い、怖い、怖い。あまりリオネル様に近づきすぎてはダメだ。この狼には、暴力的なくらいに、人を惹きつける力がある。近づきすぎると、うさぎのオメガなんてきっと一口で丸呑みだ。
リオネル様の淹れてくれた紅茶は驚くくらいに美味しかった。耳をぴんと立てて夢中でそれを飲んでいると、僕が気に入ったのを察したリオネル様が何杯もおかわりを淹れてくれる。
「もっと飲みなさい」
四杯目の紅茶を飲んだ後、真顔でそう言われたけれど……リオネル様、僕のお腹はもうたぷたぷです。
花を生けて部屋に配置すると、無骨だったお部屋は少し雰囲気が和らいだような気がした。と言っても部屋が広すぎるので、花を飾れたのなんてごく一部のスペースなのだけれど。
自分の育てた可愛い花たちで、誰かの空間が華やぐのは嬉しい。飾られた花たちを見ていると、しみじみとそう思う。獣人の中でも『弱い』種族であるうさぎで、しかもオメガである自分でも、人にとって価値ある行動ができるのだと。この仕事をしている時は、そんな誇らしい気持ちになれるのだ。
「そうか。では支払いを……の前に。茶でも淹れよう」
リオネル様はだいぶ少なくなった書類から顔を上げて、食器棚が置いてある一角へと向かった。そんな、侯爵様にお茶を淹れて頂くなんて恐れ多い!
「あの、リオネル様……!」
「疲れただろう。座っていなさい」
有無を言わさぬ調子で言って僕を長椅子に座らせると、リオネル様はお茶の準備を始めた。魔法式の板のコンロの上に薬缶を乗せ、先ほどの球体を潰して水を入れ。魔法で温めたポットに茶葉を入れてから、沸騰したお湯を注ぐ。その流れるような一連の動作は、彼が普段からお茶を淹れ慣れていることを示していた。執務をしながら、いつもお飲みになられているのかもしれないな。
「ミルクと砂糖は?」
「えっと、ミルクをたくさん。入れてください……」
僕は甘党である。ミルクと砂糖がたっぷり入った紅茶が好きだ。十八にもなって甘党というのも少し恥ずかしいが、こういう味覚の好みはこれから先も、きっと変わらないのだろう。
「……ミルクを、たくさん、入れる」
カチャリ、とリオネル様の手からスプーンが落ちた。どうしたのだろうと思いながらリオネル様を見上げると、無表情でじっと見下ろされた。リオネル様は身を屈めると、こちらに手を伸ばす。その手は優しく頬に触れて、何度も何度も撫でられた。そうしながらも、リオネル様はやっぱり無表情だ。
……リオネル様が、わからない。
絶世の美貌に無表情かつ無言で凝視されながら、頬を撫でられ続けるこの奇異な時間はなんなのだろう。僕はへたり、と白く長い耳を垂らしながら、視線を恐る恐るリオネル様に向けた。
リオネル様のお顔は近くで見ても、一つたりとも欠点がない。肌は真っ白できめ細かく、鼻筋はまっすぐに通っている。唇は淡い紅を刷いたような美しい色で、薄くてとても綺麗だ。髪と同じ色の白金の睫毛は長く、それに縁取られた黄緑色の瞳は宝石のように輝いている。困惑しながらも、僕は間近で見るリオネル様の美貌に釘づけになってしまった。
リオネル様の指がふと僕の唇に触れ、何度か指の腹で撫でられる。心臓がざわりと、直接その美しい指で撫でられたかのように震えた。
――これは、危険だ。
「リオネル様。紅茶、冷めちゃいます!」
僕は必死で、声を絞り出した。この美しい生き物が、怖ろしい。発情期でもないのに捕食して欲しいと、自ら身を差し出してしまいそうな衝動に駆られてしまうから。
この美しい狼の前にいると、僕はしょせん生贄のうさぎなのだと。そんな感覚に陥ってしまう。
「ああ、そうだな」
リオネル様はさらに何度か唇を撫でてから、触れるのをやっとやめてくれた。遠ざかるその感触に、名残惜しさを感じ、追いすがりそうになる自分を必死で止める。
怖い、怖い、怖い。あまりリオネル様に近づきすぎてはダメだ。この狼には、暴力的なくらいに、人を惹きつける力がある。近づきすぎると、うさぎのオメガなんてきっと一口で丸呑みだ。
リオネル様の淹れてくれた紅茶は驚くくらいに美味しかった。耳をぴんと立てて夢中でそれを飲んでいると、僕が気に入ったのを察したリオネル様が何杯もおかわりを淹れてくれる。
「もっと飲みなさい」
四杯目の紅茶を飲んだ後、真顔でそう言われたけれど……リオネル様、僕のお腹はもうたぷたぷです。
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