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誇り高き狼と花屋のうさぎ5
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「ニルス様、申し訳ありません」
僕はニルス様に歩み寄るとぺこぺこと頭を下げた。ニルス様はリオネル様の従僕だけど、きっと貴族だ。そしてアルファに違いない。
「この人のわがままには慣れてるんで、お気にせず」
そう言うとニルス様はへらりと、しかし少し疲れたように笑った。
「ニルス、無駄口を叩くな」
「ひど!」
……僕が話しかけたせいでニルス様が怒られてしまった。なんだか申し訳なくなって僕は口をつぐむと、花を運ぶことに集中した。しかし歩いているうちに少しずつ、歩幅が大きいお二人から遅れてしまう。
「私が持とう」
するとそれに気づいたリオネル様が立ち止まり、手を伸ばして……花ではなく僕を抱え上げた。絶世の美貌が急に目の前に近づき、僕は思わず仰け反ってしまう。花を大量に抱えているのに僕まで抱えるなんて、リオネル様は見た目によらず力持ちだ。
「……えっと。リオネル様?」
混乱で思考が渦を巻く。どうして僕はリオネル様に抱えられているんだろうか。
「こう持つのが、一番手っ取り早い」
リオネル様は無表情でそう言うと、長い足を動かした。たしかにそうかもしれないけれど。なにかが絶対におかしい! 助けを求めるようにニルス様を見ると、諦めろというように首を振られた。
ニルス様の反応を見るに……リオネル様のこういう奇行は、日常茶飯事なことなのだろうか。
そうなら僕も少しずつ慣れないといけないのかな……なかなか難しそうだと思うけれど。
大きく窓が取られ天井には絵画が描かれている豪奢な廊下はとても長い。誰かにこんな姿を見られたらと僕はビクビクしていたのだけれど、リオネル様が前に言っていた通り、宿舎の皆様は訓練に出ているようで騎士様とはまったく出会わなかった。
そして廊下の終わりには大きく重厚な扉が鎮座していた。
「ここが私の執務室だ」
リオネル様が言うのと同時に、ニルス様が花を片手にまとめて開けづらそうにしながら扉を開ける。するとそこには僕の店の敷地の十倍以上はあろうかという広さの、シックな家具が並べられた部屋が広がっていた。渋い色合いの重みを感じさせる家具たちは、無口で無表情なリオネル様になんだか似ている。そんな部屋の隅には大量の花瓶が置いてあった。
「花瓶は用意している。花を部屋に飾ってはもらえないか」
「は、はい!」
僕はピン! と耳を立てると花瓶へと向かった。花はものすごい量がある。活けてしまうのにどれくらいの時間がかかるのだろう。
「ニルス。馬車に残っている鉢植えと花束を宿舎に飾るように、使用人たちに言ってくれ。そしてお前もそれを手伝うように」
「へいへい。まったく、ウサギちゃんと二人に……」
「ニルス!」
「へい!」
ニルス様はなにかを言いかけていたようだったけれど。リオネル様が低く威嚇するように言うと、慌てたように執務室を出て行った。広い執務室でリオネル様と二人きりになってしまい、僕の心には緊張が走る。身分の高いお方との接し方なんて僕は知らないのだ。
「あの、リオネル様。お水を汲めるところはありますか?」
「水場は遠いからな。これを使ってくれ」
そう言いながらリオネル様が取り出したのは、いくつものビー玉のような球体だった。これはおそらく魔法で圧縮した水である。騎士様たちが長旅でも水を携帯できるように開発されたそんなものがあると、噂で聞いたことがあった。
リオネル様は花瓶の上でそれをくしゃりを握り潰す。すると手のひらから大量の水が湧き出すように溢れて花瓶に流れ込んだ。
「魔力を少し流しながら握り潰すと、水に戻る。できるか?」
「は、はい。それくらいであれば……」
うさぎ族は魔力が少ない種族だけれど、それくらいだったらできる。
「急がず、のんびりと飾ってくれればいい。今日は店じまいで時間はあるのだろう? 私は少し仕事をするよ」
そう言うとリオネル様は僕の頭をひと撫でしてから、大量の書類が積み上がった机に向かう。そして書類の量を見て少し眉間に皺を寄せてから、お仕事をはじめたのだった。
たしかに今日は店じまいだ。リオネル様が花を全部買い占めてしまったのだから。
お言葉に甘えてのんびり作業するか。
花を活けながら僕は執務中のリオネル様を盗み見た。窓から差す光に照らされて、絶世の美貌には濃い陰影ができており、長い睫毛は静かに伏せられている。綺麗な形の唇に、ふと添えられる美しい形の手。髪をかき上げる指の動き。そんな小さな所作がすべてにおいて神々しい。こんな綺麗な人と同じ空間にいるなんて、夢みたいだ。先ほどまではその膝に乗せられたり、抱き上げられたりしていたのだけれど。
このままだとリオネル様をずっと見つめてしまいそうだったので僕は気合いを入れなおして、手の中の球体をくしゃりと潰し花瓶に水を注いだ。
僕はニルス様に歩み寄るとぺこぺこと頭を下げた。ニルス様はリオネル様の従僕だけど、きっと貴族だ。そしてアルファに違いない。
「この人のわがままには慣れてるんで、お気にせず」
そう言うとニルス様はへらりと、しかし少し疲れたように笑った。
「ニルス、無駄口を叩くな」
「ひど!」
……僕が話しかけたせいでニルス様が怒られてしまった。なんだか申し訳なくなって僕は口をつぐむと、花を運ぶことに集中した。しかし歩いているうちに少しずつ、歩幅が大きいお二人から遅れてしまう。
「私が持とう」
するとそれに気づいたリオネル様が立ち止まり、手を伸ばして……花ではなく僕を抱え上げた。絶世の美貌が急に目の前に近づき、僕は思わず仰け反ってしまう。花を大量に抱えているのに僕まで抱えるなんて、リオネル様は見た目によらず力持ちだ。
「……えっと。リオネル様?」
混乱で思考が渦を巻く。どうして僕はリオネル様に抱えられているんだろうか。
「こう持つのが、一番手っ取り早い」
リオネル様は無表情でそう言うと、長い足を動かした。たしかにそうかもしれないけれど。なにかが絶対におかしい! 助けを求めるようにニルス様を見ると、諦めろというように首を振られた。
ニルス様の反応を見るに……リオネル様のこういう奇行は、日常茶飯事なことなのだろうか。
そうなら僕も少しずつ慣れないといけないのかな……なかなか難しそうだと思うけれど。
大きく窓が取られ天井には絵画が描かれている豪奢な廊下はとても長い。誰かにこんな姿を見られたらと僕はビクビクしていたのだけれど、リオネル様が前に言っていた通り、宿舎の皆様は訓練に出ているようで騎士様とはまったく出会わなかった。
そして廊下の終わりには大きく重厚な扉が鎮座していた。
「ここが私の執務室だ」
リオネル様が言うのと同時に、ニルス様が花を片手にまとめて開けづらそうにしながら扉を開ける。するとそこには僕の店の敷地の十倍以上はあろうかという広さの、シックな家具が並べられた部屋が広がっていた。渋い色合いの重みを感じさせる家具たちは、無口で無表情なリオネル様になんだか似ている。そんな部屋の隅には大量の花瓶が置いてあった。
「花瓶は用意している。花を部屋に飾ってはもらえないか」
「は、はい!」
僕はピン! と耳を立てると花瓶へと向かった。花はものすごい量がある。活けてしまうのにどれくらいの時間がかかるのだろう。
「ニルス。馬車に残っている鉢植えと花束を宿舎に飾るように、使用人たちに言ってくれ。そしてお前もそれを手伝うように」
「へいへい。まったく、ウサギちゃんと二人に……」
「ニルス!」
「へい!」
ニルス様はなにかを言いかけていたようだったけれど。リオネル様が低く威嚇するように言うと、慌てたように執務室を出て行った。広い執務室でリオネル様と二人きりになってしまい、僕の心には緊張が走る。身分の高いお方との接し方なんて僕は知らないのだ。
「あの、リオネル様。お水を汲めるところはありますか?」
「水場は遠いからな。これを使ってくれ」
そう言いながらリオネル様が取り出したのは、いくつものビー玉のような球体だった。これはおそらく魔法で圧縮した水である。騎士様たちが長旅でも水を携帯できるように開発されたそんなものがあると、噂で聞いたことがあった。
リオネル様は花瓶の上でそれをくしゃりを握り潰す。すると手のひらから大量の水が湧き出すように溢れて花瓶に流れ込んだ。
「魔力を少し流しながら握り潰すと、水に戻る。できるか?」
「は、はい。それくらいであれば……」
うさぎ族は魔力が少ない種族だけれど、それくらいだったらできる。
「急がず、のんびりと飾ってくれればいい。今日は店じまいで時間はあるのだろう? 私は少し仕事をするよ」
そう言うとリオネル様は僕の頭をひと撫でしてから、大量の書類が積み上がった机に向かう。そして書類の量を見て少し眉間に皺を寄せてから、お仕事をはじめたのだった。
たしかに今日は店じまいだ。リオネル様が花を全部買い占めてしまったのだから。
お言葉に甘えてのんびり作業するか。
花を活けながら僕は執務中のリオネル様を盗み見た。窓から差す光に照らされて、絶世の美貌には濃い陰影ができており、長い睫毛は静かに伏せられている。綺麗な形の唇に、ふと添えられる美しい形の手。髪をかき上げる指の動き。そんな小さな所作がすべてにおいて神々しい。こんな綺麗な人と同じ空間にいるなんて、夢みたいだ。先ほどまではその膝に乗せられたり、抱き上げられたりしていたのだけれど。
このままだとリオネル様をずっと見つめてしまいそうだったので僕は気合いを入れなおして、手の中の球体をくしゃりと潰し花瓶に水を注いだ。
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