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誇り高き狼と花屋のうさぎ3
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扉がガチャリと開き、御者台にいた狼獣人の男性が顔を出した。黒髪黒目の精悍な顔立ちの彼は、リオネル様ほどではないものの、相当な美形だ。鈴なりになって扉に張りついていた女の子たちも、赤くなって彼に見惚れている。
「リオネル様。どれを買うかお決めになりましたか?」
彼はどこか呆れたような表情で言うと、店内を見回した。
「全部だ。馬車に運べ、ニルス」
「はぁ! 全部ぅ?」
ニルスと呼ばれた青年は、素っ頓狂な声を上げる。
――そうだよね。どう考えても、尋常な量じゃない。
「全部だ。花びら一枚たりとも残すな」
「ふぇーい……」
リオネル様が無表情に言い放つと、ニルス様は大きなため息をついてなんだか気の抜けた返事をしてから、鉢植えから馬車へと運びだした。
僕は切り花を、運びやすい状態にと準備する。茎の下側を薄く切って新しい断面を作り、断面の付近に薄い紙をぐるぐると巻いてから水をかけ、紙に包んで花束の状態にする。その作業を繰り返していると、想像していたよりも大量の花束が生産されていき、僕は内心ビクビクしてしまう。
こんなに買って頂いて、本当にいいのだろうか。リオネル様の表情を窺うと、彼は口元を少しゆるめた。リオネル様の微笑みに、外からは『キャーッ!』と黄色い歓声が上がる。
「レイラ、手伝うことは?」
「リオネル様はお客様なのですし。えっと小さな椅子で恐縮ですが座って待っていてください」
そっと椅子を差し出すと手をぎゅっと握られ、無表情で凝視された。無表情はやめてください、とても怖いです。リオネル様。ついでに言うと女の子たちや、一部男性たちからの、恨みのこもった視線も怖いです。
「……手伝いたい」
眉尻を下げ切なげに言われて、僕は困ってしまう。太客……いや、大事なお客様で、アルファで、未来の侯爵様で、王宮騎士団の騎士団長で。そんなリオネル様に、お手伝いなんてさせていいのだろうか。
「リオネル様! 量が多いんだから、うさぎちゃんの手なんて握ってないで、手伝ってくださいよ!」
ニルス様が鉢植えを馬車に運びながら、リオネル様に叫んだ。彼は、リオネル様と気安い関係のようだ。そしてうさぎちゃんというのは、もしかしなくても僕のことだろうか。
「えっとじゃあ、この花束を運んでもらっても……いいですか?」
僕のような一般的うさぎ族のオメガが、最上級のアルファにお手伝いを頼むなんて、本当に恐れ多いのだけれど……
「わかった、レイラ」
リオネル様は少し笑うとなんだか機嫌がよさそうに、花束を抱えて馬車へと向かった。
「……本当に、変わった人だな」
アルファは高圧的な人ばかりだと思っていたけれど。リオネル様のようなアルファもいるんだな……
☆
馬車に乗り込むと中は花の香りでむせかえっていた。後部にある荷物入れに大半は入ってしまったようなのだけれど、収まり切れずに座席にも花は溢れている。なんだかメルヘンなことになった車内に、なぜかリオネル様に手を引かれながら乗り込むと、お膝の上に流れるように乗せられた。
「リオネル様?」
「すまないな、レイラ。席が花で埋まっているので、ここしか座るところがない」
……たしかに、車内は花でいっぱいなのだけれど。あれとあれを重ねたら、僕の席くらい確保できそうな気がするんですが。そうは思うものの、僕の腰はリオネル様の腕にがっちりと固定されている。
「それじゃ、行きますよ~」
御者台のニルス様から声がかけられ、馬車が揺れる。僕の体はリオネル様のお膝の上でふらついて、ぼふりと頭が胸にぶつかってしまった。
「ご、ごめんなさい! リオネル様……!」
「はぁ……」
とっさに謝ったけれど、リオネル様から聞こえてきたのはため息だった。僕は思わず身を強張らせる。
「ご、ごめ……」
「謝らなくていい」
優しい声音で囁かれ、頭を撫でられた。ついでに、なぜか耳も。
「ふぁっ」
獣人の耳は性感帯だ。それをさわさわと撫でられ、体に淡く痺れが走る。
「うさぎの耳は、愛らしいな」
「そんな、ことは……」
大きな手が耳をくすぐるように触れたり、揉んだりと弄ぶ。感じてしまうからやめて欲しい。だけど、平民の僕がリオネル様に逆らえるはずがなく。ぴくぴくと体を震わせながら、触れられるままになるしかない。甘い快楽に力が抜けて、ふにゃりとリオネル様にもたれかかってしまう。僕は小さく息を吐きながら、呼吸を整えようとした。
カチャリと、首のあたりで金属音がした。首輪に、触れられている。そう思った瞬間には、首輪はするりと外れて僕の膝に落ちた。そして素肌のみになった、頼りない首筋を指でなぞられる。
「りおねる、さま……?」
どうして、僕の首輪を外したのだろう。戯れに番にされて、捨てられてしまったらどうしよう。そうなったオメガは生きていけないのに。悪い想像ばかりをして、体はブルブルと大きく震え、心臓が飛び出しそうなくらいの激しい鼓動を刻んだ。
息が荒くなる。怖い、怖い。
「リオネル様。どれを買うかお決めになりましたか?」
彼はどこか呆れたような表情で言うと、店内を見回した。
「全部だ。馬車に運べ、ニルス」
「はぁ! 全部ぅ?」
ニルスと呼ばれた青年は、素っ頓狂な声を上げる。
――そうだよね。どう考えても、尋常な量じゃない。
「全部だ。花びら一枚たりとも残すな」
「ふぇーい……」
リオネル様が無表情に言い放つと、ニルス様は大きなため息をついてなんだか気の抜けた返事をしてから、鉢植えから馬車へと運びだした。
僕は切り花を、運びやすい状態にと準備する。茎の下側を薄く切って新しい断面を作り、断面の付近に薄い紙をぐるぐると巻いてから水をかけ、紙に包んで花束の状態にする。その作業を繰り返していると、想像していたよりも大量の花束が生産されていき、僕は内心ビクビクしてしまう。
こんなに買って頂いて、本当にいいのだろうか。リオネル様の表情を窺うと、彼は口元を少しゆるめた。リオネル様の微笑みに、外からは『キャーッ!』と黄色い歓声が上がる。
「レイラ、手伝うことは?」
「リオネル様はお客様なのですし。えっと小さな椅子で恐縮ですが座って待っていてください」
そっと椅子を差し出すと手をぎゅっと握られ、無表情で凝視された。無表情はやめてください、とても怖いです。リオネル様。ついでに言うと女の子たちや、一部男性たちからの、恨みのこもった視線も怖いです。
「……手伝いたい」
眉尻を下げ切なげに言われて、僕は困ってしまう。太客……いや、大事なお客様で、アルファで、未来の侯爵様で、王宮騎士団の騎士団長で。そんなリオネル様に、お手伝いなんてさせていいのだろうか。
「リオネル様! 量が多いんだから、うさぎちゃんの手なんて握ってないで、手伝ってくださいよ!」
ニルス様が鉢植えを馬車に運びながら、リオネル様に叫んだ。彼は、リオネル様と気安い関係のようだ。そしてうさぎちゃんというのは、もしかしなくても僕のことだろうか。
「えっとじゃあ、この花束を運んでもらっても……いいですか?」
僕のような一般的うさぎ族のオメガが、最上級のアルファにお手伝いを頼むなんて、本当に恐れ多いのだけれど……
「わかった、レイラ」
リオネル様は少し笑うとなんだか機嫌がよさそうに、花束を抱えて馬車へと向かった。
「……本当に、変わった人だな」
アルファは高圧的な人ばかりだと思っていたけれど。リオネル様のようなアルファもいるんだな……
☆
馬車に乗り込むと中は花の香りでむせかえっていた。後部にある荷物入れに大半は入ってしまったようなのだけれど、収まり切れずに座席にも花は溢れている。なんだかメルヘンなことになった車内に、なぜかリオネル様に手を引かれながら乗り込むと、お膝の上に流れるように乗せられた。
「リオネル様?」
「すまないな、レイラ。席が花で埋まっているので、ここしか座るところがない」
……たしかに、車内は花でいっぱいなのだけれど。あれとあれを重ねたら、僕の席くらい確保できそうな気がするんですが。そうは思うものの、僕の腰はリオネル様の腕にがっちりと固定されている。
「それじゃ、行きますよ~」
御者台のニルス様から声がかけられ、馬車が揺れる。僕の体はリオネル様のお膝の上でふらついて、ぼふりと頭が胸にぶつかってしまった。
「ご、ごめんなさい! リオネル様……!」
「はぁ……」
とっさに謝ったけれど、リオネル様から聞こえてきたのはため息だった。僕は思わず身を強張らせる。
「ご、ごめ……」
「謝らなくていい」
優しい声音で囁かれ、頭を撫でられた。ついでに、なぜか耳も。
「ふぁっ」
獣人の耳は性感帯だ。それをさわさわと撫でられ、体に淡く痺れが走る。
「うさぎの耳は、愛らしいな」
「そんな、ことは……」
大きな手が耳をくすぐるように触れたり、揉んだりと弄ぶ。感じてしまうからやめて欲しい。だけど、平民の僕がリオネル様に逆らえるはずがなく。ぴくぴくと体を震わせながら、触れられるままになるしかない。甘い快楽に力が抜けて、ふにゃりとリオネル様にもたれかかってしまう。僕は小さく息を吐きながら、呼吸を整えようとした。
カチャリと、首のあたりで金属音がした。首輪に、触れられている。そう思った瞬間には、首輪はするりと外れて僕の膝に落ちた。そして素肌のみになった、頼りない首筋を指でなぞられる。
「りおねる、さま……?」
どうして、僕の首輪を外したのだろう。戯れに番にされて、捨てられてしまったらどうしよう。そうなったオメガは生きていけないのに。悪い想像ばかりをして、体はブルブルと大きく震え、心臓が飛び出しそうなくらいの激しい鼓動を刻んだ。
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