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誇り高き狼と花屋のうさぎ2
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「えっと、では。人の少ない時間帯でよければお伺いします。人が多い時間は、少し怖いので。ご容赦いただければ嬉しいなと……」
そう言いながら首輪に指をかけてカチャリと鳴らしてみせると、リオネル様の視線はなぜか僕の首に釘づけになった。
綺麗な手がそっと伸びて、首輪越しに優しく首筋や首の裏を撫でられる。どこか熱がこもった視線で見つめられて、落ち着かなくて。僕は目をつぶって尻尾をぴるぴると震わせた。
「……こんな首輪では、心配だな。すぐに外せてしまうじゃないか。特注の品を作らせよう」
「え?」
リオネル様の言葉を聞いて、僕は閉じていた目を開けた。
「アルファだらけの宿舎に毎日招くんだ。それくらいはさせてくれ」
リオネル様は僕の首輪が頼りないのを気遣ってくださったのか。たしかにお金持ちの家のオメガと比べると、僕の首輪は安物だろう。
「では、皆が訓練に出ている昼過ぎに馬車で迎えに来よう。君が訪れている間は、できるだけ一緒にいて身辺も守る」
そう言ってリオネル様はふっと笑った。その美しい笑顔に、僕は思わず見惚れてしまう。アルファというものは、本当に美しい生き物だ。その中でもリオネル様は、特に美しい。
リオネル様は想像していたよりも変わった方だけれど、悪い人ではなさそうだ。そう思うと、僕の緊張も少しずつ解れてきた。
それにアルファだらけの宿舎は怖いけれど、上得意ができたことは、零細経営の花屋としてはとても喜ばしいことである。
「では、よろしくお願いします!」
にこりと微笑んでみせると、リオネル様はなぜか一瞬言葉に詰まり、怖い顔になると口元を押さえた。……やっぱりリオネル様は、よくわからない人だ。
リオネル様が帰った後。僕の花屋には人が押しかけ、大騒ぎになった。かしましい女の子たちからは『リオネル様はなんのご用事だったのか』と根掘り葉掘り聞かれ、口さがない周囲の店の者たちからは『お前、お手付きになるのか?』とありえないことでからかわれ。通常の営業に戻るまでに、数時間を要してしまった。
「リオネル様の人気は、本当にすごいな……」
店頭に置いた椅子に座り、僕はぐったりしながら呟いた。
……明日からそんな人と、毎日お会いすることになるのだ。
リオネル様の美しいかんばせを思い浮かべると、緊張で心臓がきゅっと縮んだ。うさぎ族は、気が小さい種族なのだ。ストレスで禿げたりしないといいんだけどな……
☆
翌日、リオネル様の言葉通りに、迎えの馬車が花屋の前に停まった。
しかし僕は馬車のその豪奢な佇まいに、ぽかんと口を開けるしかなかった。馬車は二頭立ての大きな黒塗りのもので、ハルミニア侯爵家の家紋が扉のところに刻まれている。そして中から降りてきたのがリオネル様ご本人だったので、僕の口はさらにぽかりと大きく開いた。
今日のリオネル様は鎧を着けていない。騎士の隊服のリオネル様も、とても素敵だ。……いや、そうじゃなくて。
「リオネル様、どうして……」
僕は呆然と呟いた。てっきり、注文票を持った従者が現れると思っていたのに。周囲の通行人たちもリオネル様の登場に、大きくどよめいている。
「自ら花を選ばないと意味がないと、占い師に言われている」
リオネル様はざわつく周囲には一切関心がない様子で、俺の方へとツカツカと歩み寄る。……なんてはた迷惑な占い師なのだろう。会うことがもしもあったら、軽くチョップくらいはかましてやりたい。
「で、では。中へ……」
僕は狭い店内にリオネル様を通した。普段よりも多くの種類の花を仕入れてみたけれど、リオネル様のお気に召すものがあるかどうか……。店内を見回すリオネル様を、ハラハラしながら僕は見守った。
店内は安物ではあるけれど、空調用の魔法器具も備えて温度を調整している。だから萎れている切り花はないはずだ。鉢植えも僕が丹精込めてお世話しているので、愛らしく、綺麗に咲いている。狭くて小さなお店だけれど、誰にも恥じないものを提供している……つもり、なのだけれど。
どの花よりもキラキラと輝いているリオネル様を見ていると、その自信は萎んでしまいそうになる。
ガラス張りの店の扉には、リオネル様を一目見ようと女の子たちがびっしりと張りついていて、恐怖小説のような様相を呈していた。
「そうだな。全部もらうか」
リオネル様の言葉に、僕は目を丸くした。
「ぜ、全部でござい……ますか?」
「レイラが愛情を込めて世話をしている、いい花たちだ。皆連れて帰りたいのだが、ダメだろうか」
リオネル様はなんだか可愛いらしいことを言いながら、煌めく黄緑色の目を俺に向ける。綺麗な瞳に射抜かれて、僕はコクコクと頷くしかなかった。
「で、では。全部お買い上げということで……」
太客だ、びっくりするくらいに太客だ! 僕は少し浮かれてしまう。商売はシビアなものである。稼げる時に、たくさん稼がないと。
そう言いながら首輪に指をかけてカチャリと鳴らしてみせると、リオネル様の視線はなぜか僕の首に釘づけになった。
綺麗な手がそっと伸びて、首輪越しに優しく首筋や首の裏を撫でられる。どこか熱がこもった視線で見つめられて、落ち着かなくて。僕は目をつぶって尻尾をぴるぴると震わせた。
「……こんな首輪では、心配だな。すぐに外せてしまうじゃないか。特注の品を作らせよう」
「え?」
リオネル様の言葉を聞いて、僕は閉じていた目を開けた。
「アルファだらけの宿舎に毎日招くんだ。それくらいはさせてくれ」
リオネル様は僕の首輪が頼りないのを気遣ってくださったのか。たしかにお金持ちの家のオメガと比べると、僕の首輪は安物だろう。
「では、皆が訓練に出ている昼過ぎに馬車で迎えに来よう。君が訪れている間は、できるだけ一緒にいて身辺も守る」
そう言ってリオネル様はふっと笑った。その美しい笑顔に、僕は思わず見惚れてしまう。アルファというものは、本当に美しい生き物だ。その中でもリオネル様は、特に美しい。
リオネル様は想像していたよりも変わった方だけれど、悪い人ではなさそうだ。そう思うと、僕の緊張も少しずつ解れてきた。
それにアルファだらけの宿舎は怖いけれど、上得意ができたことは、零細経営の花屋としてはとても喜ばしいことである。
「では、よろしくお願いします!」
にこりと微笑んでみせると、リオネル様はなぜか一瞬言葉に詰まり、怖い顔になると口元を押さえた。……やっぱりリオネル様は、よくわからない人だ。
リオネル様が帰った後。僕の花屋には人が押しかけ、大騒ぎになった。かしましい女の子たちからは『リオネル様はなんのご用事だったのか』と根掘り葉掘り聞かれ、口さがない周囲の店の者たちからは『お前、お手付きになるのか?』とありえないことでからかわれ。通常の営業に戻るまでに、数時間を要してしまった。
「リオネル様の人気は、本当にすごいな……」
店頭に置いた椅子に座り、僕はぐったりしながら呟いた。
……明日からそんな人と、毎日お会いすることになるのだ。
リオネル様の美しいかんばせを思い浮かべると、緊張で心臓がきゅっと縮んだ。うさぎ族は、気が小さい種族なのだ。ストレスで禿げたりしないといいんだけどな……
☆
翌日、リオネル様の言葉通りに、迎えの馬車が花屋の前に停まった。
しかし僕は馬車のその豪奢な佇まいに、ぽかんと口を開けるしかなかった。馬車は二頭立ての大きな黒塗りのもので、ハルミニア侯爵家の家紋が扉のところに刻まれている。そして中から降りてきたのがリオネル様ご本人だったので、僕の口はさらにぽかりと大きく開いた。
今日のリオネル様は鎧を着けていない。騎士の隊服のリオネル様も、とても素敵だ。……いや、そうじゃなくて。
「リオネル様、どうして……」
僕は呆然と呟いた。てっきり、注文票を持った従者が現れると思っていたのに。周囲の通行人たちもリオネル様の登場に、大きくどよめいている。
「自ら花を選ばないと意味がないと、占い師に言われている」
リオネル様はざわつく周囲には一切関心がない様子で、俺の方へとツカツカと歩み寄る。……なんてはた迷惑な占い師なのだろう。会うことがもしもあったら、軽くチョップくらいはかましてやりたい。
「で、では。中へ……」
僕は狭い店内にリオネル様を通した。普段よりも多くの種類の花を仕入れてみたけれど、リオネル様のお気に召すものがあるかどうか……。店内を見回すリオネル様を、ハラハラしながら僕は見守った。
店内は安物ではあるけれど、空調用の魔法器具も備えて温度を調整している。だから萎れている切り花はないはずだ。鉢植えも僕が丹精込めてお世話しているので、愛らしく、綺麗に咲いている。狭くて小さなお店だけれど、誰にも恥じないものを提供している……つもり、なのだけれど。
どの花よりもキラキラと輝いているリオネル様を見ていると、その自信は萎んでしまいそうになる。
ガラス張りの店の扉には、リオネル様を一目見ようと女の子たちがびっしりと張りついていて、恐怖小説のような様相を呈していた。
「そうだな。全部もらうか」
リオネル様の言葉に、僕は目を丸くした。
「ぜ、全部でござい……ますか?」
「レイラが愛情を込めて世話をしている、いい花たちだ。皆連れて帰りたいのだが、ダメだろうか」
リオネル様はなんだか可愛いらしいことを言いながら、煌めく黄緑色の目を俺に向ける。綺麗な瞳に射抜かれて、僕はコクコクと頷くしかなかった。
「で、では。全部お買い上げということで……」
太客だ、びっくりするくらいに太客だ! 僕は少し浮かれてしまう。商売はシビアなものである。稼げる時に、たくさん稼がないと。
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