【R18】うさぎのオメガは銀狼のアルファの腕の中

夕日(夕日凪)

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誇り高き狼と花屋のうさぎ1

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 その人を見た瞬間、僕はその美貌に見惚れてしまった。

 銀色の柔らかそうな被毛に覆われた形のいい耳、大きくてふわふわな尻尾。つり上がった黄緑の瞳。プラチナの髪は、無造作に肩まで伸ばされている。こちらに向けられた女性と見間違えるような絶世の美貌は無表情で、少し冷淡な印象を受けた。綺麗な形の薄い唇からはちらりと、白く鋭い牙が覗いている。細身の体躯にまとった白銀の鎧が、キラキラと陽の光を反射して、とても綺麗だ。

 気高き狼の獣人の、騎士リオネル様。それがどうしてしがない平民のウサギ獣人である、僕、レイラ・ハーネスの花屋にいらっしゃったのだろう。

 ☆

 リオネル様は国の要人で、非常に高名なお方である。王宮騎士団の団長を務め、次期当主となるその家は古き時代からサイリア王国に存在する、名門ハルミニア侯爵家だ。
 見目はこの世のものではないくらいに麗しく、真面目で品行方正。どこからどう見ても完璧、という男。……少し堅苦しいのが玉に瑕、という噂も聞くけれど。

 ――そして彼は、アルファだ。

 人々は男女という二つの性の他に、アルファ、ベータ、オメガという三つのカテゴリーに分類される。
 ベータはほとんどの人々がそれに当てはまる一般的なカテゴリーで、国民の大多数を占めるものだ。
 アルファは人口は少数だけれど、容姿と才能に優れ、生まれながらにカリスマ性を備えている。だから国の要人たちは概ねアルファで固められていて、リオネル様もそれに当たる。

 一番数が少なく厄介な存在なのが、僕がカテゴライズされているオメガだ。

 オメガには三カ月に一回、発情期があり、そのフェロモンはアルファに激しく作用する。発情期のオメガは爆弾のようなものだ。場所や感情など関係なく、アルファの欲望を引きずり出して性欲の化け物に変える。
 厄介なことに、オメガは性別を超えてアルファの子を孕めてしまう。さらに性交の際にアルファにうなじを噛まれると、『番』という本能で繋がった夫婦のような存在になり……無理に引き剥がされると、ストレスで衰弱して死ぬのはオメガの方だ。
 オメガは発情期の付近には薬を飲んで発情を抑え、普段から強固な首輪を着け。望まぬ事故が起きないようにしながら生活をしている。
 薬である程度がコントロールできるとはいえ、発情期という厄介なものがあるオメガを雇いたがらない仕事場は多い。
 だから僕は、早々に雇われという立場には見切りをつけ、一年前に王都の隅っこで小さな花屋を始めたのだけれど……

 ☆

 今朝もいつものように店先で開店の準備をしていると、ありえない来客がいらしたのだった。そう、先述の……
 誇り高き銀狼で、王宮騎士団の騎士団長で、次期侯爵様で、アルファであられる。ハイクラスを盛りに盛ったような、リオネル・ハルミニア様、その人が。
 王都で絵姿まで売っている男女ともに人気のリオネル様のことは、僕も当然知っていた。その麗しい人が店頭に立ち、僕をじっと見つめた時には、これは夢かと思ったものだ。
 しかしこの来訪は……現実だった。

「王宮騎士団の宿舎にある私の執務室に飾る花を、毎日届けて欲しいのだが」

 開口一番リオネル様が言った言葉に、僕は首を傾げた。美しい唇から零れた美しい声音。その内容を理解するまでに、数分はかかっただろうか。それだけ僕は、呆けていたのだ。

「は、配達でございますか?」

 まだ夢じゃないかと疑いながら震える声を絞り出すと、リオネル様は僕がしたように首を傾げた。白金の髪がふわりと揺れる。それは朝の太陽の光を受けてキラキラと、小さな輝きを放った。

「配達は、していないのか?」

 リオネル様は少し困ったような顔をする。
 配達をしていることにはしているのだが。僕の花屋は近隣でしか配達は行っていない。一人で店を回しているので長時間店を離れられないというのもあるが、あまり遠くに行くと急な発情の時に悲惨な目に遭いかねない、というのが一番の大きな理由だ。
 王宮の敷地内にある王宮騎士団の宿舎は、王都の端にある僕の店からはあまりにも離れすぎている。
 ――それに高位貴族家出身者で固められている王宮騎士団には、アルファが多いと聞く。そんなところに行って、僕の身は無事で済むのだろうか。
 僕は、取り立てて優れた見た目ではない。白く長い耳、丸く小さな尻尾。髪の色は、雪のような白で、瞳の色はルビーのような赤。十八にしては低い背と童顔は、うさぎ族全般の特徴だ。僕はごくごく平均的なうさぎ族男性なのである。
 そんな僕が警戒するなんて、自意識過剰だと思われそうだけれど。希少種と遊んでやるとばかりに、戯れにアルファに孕まされるオメガの話はよく聞くので、怖ろしいものは怖ろしいのだ。
 僕は困ってしまって、リオネル様の綺麗なお顔を見つめたまま、ぺたりと白い兎耳を下げた。
 どうお断りすれば失礼にならないだろう。下手な返答をして機嫌を損ねたら、ここで首を落とされるかもしれない。貴族が平民の首を刎ねたとて、罪には問われないのだ。高位貴族であるリオネル様の剣は、切れ味がとてもいいに違いない。そんなことを考えているうちに、僕の体はブルブルと震えだした。
 うさぎの獣人は臆病なのだ。オメガで、今までの人生で警戒することが多かった僕は、なおさらそうだ。

「……どうした?」
「あの、その。宿舎は配達するには、遠すぎるのです」

 消え入りそうな声でそう言った僕を、リオネル様はじっと見つめる。絶世の美貌に見つめられて居心地が悪いやら、怖ろしいやら。僕はブルブルと小さく身を震わせながら、リオネル様の返事を待った。

「では毎日、馬車を出そう」

 リオネル様の返答に、僕は驚愕した。お貴族様は、どこか感覚が壊れているのだろうか。
 お金持ち用の花屋ならともかく、僕の店は庶民用で安物しか置いていない。花の代金よりも馬車の往復代の方がかかりそうだ。

「そんなもったいないことは! 王宮近くのお花屋さんを紹介しますので、ご容赦くださいませ!」

 そう言って僕はペコペコと何度も頭を下げた。するとふわり、と頭の上に少し硬めの感触が降ってくる。それはわしわしと、僕の頭を往復した。
 それがなにかを確認しようと目線を上げると、リオネル様の美しい黄緑色の瞳と視線がぶつかった。頭に乗っているのは、リオネル様の手らしい。僕はなぜか、リオネル様に頭を撫でられていたのだ。

「リオネル、様?」

 きょとりと首を傾げる僕を、リオネル様は無表情で撫で続ける。すごく怖いし、どうしていいのかわからない。僕はそのまま、リオネル様に撫でられ続けていた。

「あの……」

 無表情で僕を撫で続けるリオネル様の意図が掴めない。通行人も何事かという目でこちらを見ている。それもそうだ、王国の有名人であるリオネル様が、しがない花屋の僕の頭をなぜか撫で続けているのだから。

「……名前は」
「えと、レイラです」

 名前を訊ねられ反射的に答えると、リオネル様は『そうか』と小さく呟いた。

「レイラ。占い師にこの花屋で毎日花を買うと、幸運が訪れると言われてな。この店の花が買えないと、私は困るのだ」

 そう言ってリオネル様は、まだ頭を撫で続けながら眉尻を下げた。この人も表情が変わるのかと、そのお顔を見ながら少しほっとする。

「占い、ですか」

 お金持ちには占いで行動を決める人々もいると聞くけれど。リオネル様もそのタイプだったのか。
 天下の騎士団長が行動を人に委ねるような体たらくで大丈夫なのかと、少し心配になってしまうけれど。人には人の事情があるのだから、あまり考えないようにしよう。
 リオネル様は頭を撫で続ける手をようやく止めて、じっとこちらを見つめている。その引きそうにない様子を見て、僕は諦めることにした。
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