32 / 36
琴子と過去と2
しおりを挟む
母は、奔放な人だった。
私を十六で産み、父親は数人の恋人の誰だかわからないという有様。
『父親候補』は誰も責任を取る気がなかったらしく、母の側からとっとと逃げ出して……つまり母はすべての恋人たちに捨てられたわけだ。
母が私を産んだのは、ただ堕ろせなかったから。それと誰か一人くらいは責任を取ってくれるだろうと、そう見込んでいたからである。それは大きな見込み違いだった訳だけれど。
とにかく、最初から誰にも必要とされずに私は生まれたのだ。
子供を産んでも……母はやっぱり奔放だった。
祖父母に預けられ、一ヶ月に数度母と会う。
母はいつも濃い化粧をしていて、毎回違う男の人を連れて来た。
男の前で猫なで声を出す母を横目に見ながら、お決まりのファミレスでご飯を食べる。物心がついた頃から記憶にあるその光景は、母の年齢と男が変わっていくだけの『変わらぬ』光景だった。
母が私に会う頻度は、どんどん、どんどん減っていく。
そして――ある日を境に一切姿を見せなくなった。
「それが、十二歳の夏」
なぜだか笑いたい気持ちが湧いて、私はふっと笑みを零した。
「祖父母は私を憎んでた。それでも、育てることを放棄はしなかったことは感謝してる」
祖父母は母を愛していた。そして、その分だけ私を憎んだ。
まるで私に、母の素行の原因があるとでもいうように。そんなことがあるはずがない。私は、ただ生まれてきただけなんだから。
「住んでた場所はここよりも田舎だったから奔放な母の噂は広がってて。友達なんてできなかった」
――逃げたかった。
狭く排他的な田舎からも、祖父母からも。母の残り香からも。
高校に入ると同時に自転車で片道一時間のホームセンターでバイトをはじめ、興味があったデザイン系の大学への入学金を稼いだ。受験勉強のための画塾へ通うお金も、バイト代から捻出した。祖父母に言えば嫌そうな顔をしながらも、出してくれたかもしれない。だけど彼らに頼るのは嫌だったのだ。
そして奨学金とバイト代で、念願のデザイン系の大学に通って……そこではじめて私は大きく息ができた気がした。
自由だ、私は自由。それが嬉しくて嬉しくて、仕方がなかった。
だけど、その自由の中でも私はいつでも恐れていた気がする。
誰かと親しくなったとして――結局は裏切られ、捨てられるんじゃないかってことを。
だって肉親や祖父母さえ、私を愛さなかったのだから。
どうせ捨てられるなら……最初から寄りかからない方がいい。捨てられた時に、すぐに一人で立ち上がれるように。
『欲しい』だなんて、思っちゃダメだ。
誰かに笑いかける時も、私は心の奥底でそう考えていたのだろう。
はじめての恋人に振られた時も『琴子は甘えてくれない』と寂しそうに言われてしまった。
だけど今は――
「琴子、大丈夫?」
エルゥからかけられる言葉や頭を撫でる手は優しくて、『甘えていいのだ』と伝えてくる。
顔を上げると青の瞳を視線が交わり、安堵させるような笑みを向けられた。
「……怖い」
震える声でぽつりと零すと、優しく抱きしめられた。
エルゥは温かい。その温かさは胸にぽかりと空いた穴を優しく浸していく。
頬を涙が伝い、エルゥの胸を濡らしていく。彼はなにも言わずに私を抱きしめ続けてくれた。
「……僕がまず会おうか。琴子のお母さんに」
私が泣き止んでからしばらくして。エルゥがそんなことを言った。
顔を上げると、いつも通りの静かな青の瞳がそこにある。それが今日も綺麗だと、そんなことを私は考えてしまう。
「エルゥが?」
「うん。僕がまず会って琴子に会いたい理由を探る。その結果次第で、琴子が会うかは考えればいいんじゃないかな。人の悪意は僕にはよく見えるから、言いくるめられたりはしないよ」
エルゥが手の甲で私の頬を撫でる。私はしばらく考えてから……こくりと頷いた。
私を十六で産み、父親は数人の恋人の誰だかわからないという有様。
『父親候補』は誰も責任を取る気がなかったらしく、母の側からとっとと逃げ出して……つまり母はすべての恋人たちに捨てられたわけだ。
母が私を産んだのは、ただ堕ろせなかったから。それと誰か一人くらいは責任を取ってくれるだろうと、そう見込んでいたからである。それは大きな見込み違いだった訳だけれど。
とにかく、最初から誰にも必要とされずに私は生まれたのだ。
子供を産んでも……母はやっぱり奔放だった。
祖父母に預けられ、一ヶ月に数度母と会う。
母はいつも濃い化粧をしていて、毎回違う男の人を連れて来た。
男の前で猫なで声を出す母を横目に見ながら、お決まりのファミレスでご飯を食べる。物心がついた頃から記憶にあるその光景は、母の年齢と男が変わっていくだけの『変わらぬ』光景だった。
母が私に会う頻度は、どんどん、どんどん減っていく。
そして――ある日を境に一切姿を見せなくなった。
「それが、十二歳の夏」
なぜだか笑いたい気持ちが湧いて、私はふっと笑みを零した。
「祖父母は私を憎んでた。それでも、育てることを放棄はしなかったことは感謝してる」
祖父母は母を愛していた。そして、その分だけ私を憎んだ。
まるで私に、母の素行の原因があるとでもいうように。そんなことがあるはずがない。私は、ただ生まれてきただけなんだから。
「住んでた場所はここよりも田舎だったから奔放な母の噂は広がってて。友達なんてできなかった」
――逃げたかった。
狭く排他的な田舎からも、祖父母からも。母の残り香からも。
高校に入ると同時に自転車で片道一時間のホームセンターでバイトをはじめ、興味があったデザイン系の大学への入学金を稼いだ。受験勉強のための画塾へ通うお金も、バイト代から捻出した。祖父母に言えば嫌そうな顔をしながらも、出してくれたかもしれない。だけど彼らに頼るのは嫌だったのだ。
そして奨学金とバイト代で、念願のデザイン系の大学に通って……そこではじめて私は大きく息ができた気がした。
自由だ、私は自由。それが嬉しくて嬉しくて、仕方がなかった。
だけど、その自由の中でも私はいつでも恐れていた気がする。
誰かと親しくなったとして――結局は裏切られ、捨てられるんじゃないかってことを。
だって肉親や祖父母さえ、私を愛さなかったのだから。
どうせ捨てられるなら……最初から寄りかからない方がいい。捨てられた時に、すぐに一人で立ち上がれるように。
『欲しい』だなんて、思っちゃダメだ。
誰かに笑いかける時も、私は心の奥底でそう考えていたのだろう。
はじめての恋人に振られた時も『琴子は甘えてくれない』と寂しそうに言われてしまった。
だけど今は――
「琴子、大丈夫?」
エルゥからかけられる言葉や頭を撫でる手は優しくて、『甘えていいのだ』と伝えてくる。
顔を上げると青の瞳を視線が交わり、安堵させるような笑みを向けられた。
「……怖い」
震える声でぽつりと零すと、優しく抱きしめられた。
エルゥは温かい。その温かさは胸にぽかりと空いた穴を優しく浸していく。
頬を涙が伝い、エルゥの胸を濡らしていく。彼はなにも言わずに私を抱きしめ続けてくれた。
「……僕がまず会おうか。琴子のお母さんに」
私が泣き止んでからしばらくして。エルゥがそんなことを言った。
顔を上げると、いつも通りの静かな青の瞳がそこにある。それが今日も綺麗だと、そんなことを私は考えてしまう。
「エルゥが?」
「うん。僕がまず会って琴子に会いたい理由を探る。その結果次第で、琴子が会うかは考えればいいんじゃないかな。人の悪意は僕にはよく見えるから、言いくるめられたりはしないよ」
エルゥが手の甲で私の頬を撫でる。私はしばらく考えてから……こくりと頷いた。
0
お気に入りに追加
376
あなたにおすすめの小説
御神楽《怪奇》探偵事務所
姫宮未調
キャラ文芸
女探偵?・御神楽菖蒲と助手にされた男子高校生・咲良優多のハチャメチャ怪奇コメディ
※変態イケメン執事がもれなくついてきます※
怪奇×ホラー×コメディ×16禁×ラブコメ
主人公は優多(* ̄∇ ̄)ノ
天才たちとお嬢様
釧路太郎
キャラ文芸
綾乃お嬢様には不思議な力があるのです。
なぜだかわかりませんが、綾乃お嬢様のもとには特別な才能を持った天才が集まってしまうのです。
最初は神山邦弘さんの料理の才能惚れ込んだ綾乃お嬢様でしたが、邦宏さんの息子の将浩さんに秘められた才能に気付いてからは邦宏さんよりも将浩さんに注目しているようです。
様々なタイプの天才の中でもとりわけ気づきにくい才能を持っていた将浩さんと綾乃お嬢様の身の回りで起こる楽しくも不思議な現象はゆっくりと二人の気持ちを変化させていくのでした。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」に投稿しております
大伝馬町ふくふく八卦見娘
夕日(夕日凪)
歴史・時代
大伝馬町、木綿問屋街にある葉茶屋三好屋の一人娘『おみつ』は、
他の江戸娘と比べ少しふくふくとした娘である。
『おみつ』がふくふくとする原因は『おみつ』のとある力にあって……。
歌舞伎役者のように美しい藍屋若旦那『一太』からの溺愛に気づかず、
今日も懸命に菓子などを頬張る『おみつ』の少し不思議な日常と恋のお話。
第五回歴史・時代小説大賞で大賞&読者賞を頂きました。応援ありがとうございます。
【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!
雨宮羽那
恋愛
いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。
◇◇◇◇
私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。
元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!
気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?
元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!
だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。
◇◇◇◇
※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。
※アルファポリス先行公開。
※表紙はAIにより作成したものです。
宮廷の九訳士と後宮の生華
狭間夕
キャラ文芸
宮廷の通訳士である英明(インミン)は、文字を扱う仕事をしていることから「暗号の解読」を頼まれることもある。ある日、後宮入りした若い妃に充てられてた手紙が謎の文字で書かれていたことから、これは恋文ではないかと噂になった。真相は単純で、兄が妹に充てただけの悪意のない内容だったが、これをきっかけに静月(ジンユェ)という若い妃のことを知る。通訳士と、後宮の妃。立場は違えど、後宮に生きる華として、二人は陰謀の渦に巻き込まれることになって――
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
恋してVtuver 〜バーチャルに恋して〜
ウシップ
キャラ文芸
埼玉県坂戸市を舞台に、坂戸市ご当地V tuverとそのマネージャーの成長物語
妻に不倫され、さらに無職になり絶望の淵に立たされた男が1人の女性に助けられた。
その女性は坂戸市のご当地vtuverとして活動している。
男は馴染みのマスターから、雇うかわりにある条件を出される‥
OL 万千湖さんのささやかなる野望
菱沼あゆ
キャラ文芸
転職した会社でお茶の淹れ方がうまいから、うちの息子と見合いしないかと上司に言われた白雪万千湖(しらゆき まちこ)。
ところが、見合い当日。
息子が突然、好きな人がいると言い出したと、部長は全然違う人を連れて来た。
「いや~、誰か若いいい男がいないかと、急いで休日出勤してる奴探して引っ張ってきたよ~」
万千湖の前に現れたのは、この人だけは勘弁してください、と思う、隣の部署の愛想の悪い課長、小鳥遊駿佑(たかなし しゅんすけ)だった。
部長の手前、三回くらいデートして断ろう、と画策する二人だったが――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる