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インキュバスとデート2

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「ハンカチは持った? 帽子も忘れてない? あ、お店の空調が効きすぎてる時に使うストールも……」
「エルゥ、大丈夫だってば!」
「水筒に冷たいお茶を入れたから、こまめに水分は取ってね」
「エルゥ!」

 今日はエルゥと北海道物産展に行く日だ。エルゥは自分の準備は手早く済ませ、私の世話を焼きにかかっている……このおかん系悪魔め。
 なんだか膨らんでしまった私の荷物を、当然のようにエルゥが手にする。そして「僕が増やしちゃったしね」と飄々と言った。

「バーベキューの時と違って、エルゥの準備は早かったね」
「男一人分の準備だけなら、そんなものでしょ?」

 エルゥはTシャツにチノパンという、先日のバーベキューの時と同じくシンプルな服装だ。そしてそれが映える。悔しいくらいに映える。

 おかしいな。それ、ユニク○だよね! ?

 元がいいというアドバンテージは、残酷なくらいに大きい。
 私は柔らかな素材のマキシ丈ワンピースを着ている。色はオレンジと少し派手。クローゼットの奥に昨年からしまわれていたものだ。

「じゃ、行きますか」
「うん。行こう」

 蒸し暑い屋外に出ると、エルゥが自然に手を繋いでくる。横目でじとりと視線を送ると、にこりと悪びれもせず微笑まれてしまった。
 ……この暑い中手を繋ぐ繋がないでケンカをするのも面倒だし、このままでいいか。

 赤い屋根が付いている白の愛らしい駅舎に入り、博多方面行きの電車に乗る。
 夏休みの時期なのでそれなりに人が多く、エルゥに刺さる視線もその分多い。
 ……そしてエルゥの連れである私にも視線は向けられて、なんとも言えない微妙な表情をされるのだ。この視線にも慣れないとな。エルゥと出かける機会は、これからもあるんだろうし。

「琴子、席空いてるよ」

 空いている二人掛けの席の方へと手を引かれ、エルゥと並んで腰を下ろす。そんなに広くはない電車の座席だ。案外しっかりとした体つきのエルゥと、ぴったりと肩が触れ合う。
 ……車内はクーラーが効いているとはいえ、人の体温はやや不快だ。

「エルゥ、ぬるい」
「そうだね、琴子」

 気温のことだと思われたのか、私の抗議は見事にスルーされてしまった。
 窓の外に目を向けると、長閑な田んぼの風景が広がっている。少し遠くには、緑に包まれた小さな山。夏の緑は青空とのコントラストと相まってか、やけにくっきりと見える。

「夏だね、エルゥ」
「そうだね、もう八月も半ばだけど」
「今年……スイカ食べてないなぁ」
「じゃあ帰りに買って帰ろうか」

 そんな日常的な会話をしている間も、手はしっかりとエルゥに繋がれている。私の手がじわりと汗ばんでいるのに対して、エルゥの手は汗もかかずにさらりとしていて。それは微かな羞恥心を感じさせた。

 電車はガタゴトと心地よい音を立てながら走り、二十分もしないうちに博多駅へと到着する。ホームには人が溢れていて、引きこもり気味の私は少しだけげんなりとした。
 エルゥと、人の多い場所に行くのははじめてだな。
 ……彼はどんな反応をするのかな、と思いちらりと見ると……
 元からこの世界の住人です、と言わんばかりの落ち着いた態度だった。
 まぁ、そうだよね。女の子とのデートでいろいろなところに行ってるんだろうし。

「琴子、はぐれないようにね」
「子供じゃないから、はぐれたりしないよ」
「そうかなぁ。琴子、案外抜けてるから」
「なんだと!」
「まぁまぁ。行くよ」

 ふっと笑われ、優しい力で手を引かれる。
 ……今日は手を離してもらえないらしい。手を繋がれるのにも慣れてきたから、いいんだけど。
 たまに人にぶつかりそうになると、エルゥが上手に庇ってくれる。エスコートまで完璧か、このインキュバスは。
 物産展があるデパートは博多駅の構内から繋がっている。暑い外へと出なくて済んで、非常に助かる。

「楽しみだねぇ、蟹」
「焼き蟹、作ってくれるんだよね」
「蟹の身がたっぷり入ったカレーなんかもいいよね」
「え、なにそれ。知らない」
「タイ料理にあるんだよ。プーパッポンカリーってやつ」

 ……そんな贅沢なものがあるんだ。
 想像するだけでお腹が空きそうになる。

「食べたい……」
「了解。じゃあ今度作るね」

 少しだけいやしい会話をしながら移動をし、エレベーターで八階の催事場へと向かう。すると満員のエレベーターでも、エルゥに視線がどんどん刺さった。
 だけどエルゥは意にも介せずといった様子で、やはり慣れているのだなと思う。
 目的の階でエレベーターが開いたので、人波に押し出されるようにしてフロアへと出る。

 そこは……待ちに待った『北海道物産展』の会場だった。

 フロアは大勢の人でごった返し、まさに盛況という様子だ。カップル、親子連れ、一人客……皆が思い思いに店を巡って買い物を楽しんでいる。

「エルゥ! この蟹、大きい!」

 発泡スチロールに入った大きな蟹を見て、私はつい興奮してしまった。スーパーの鮮魚売り場では、滅多に見ないボリュームだ。
 ……きっと、美味しいんだろうなぁ。

「琴子、はしゃぎすぎ。相場よりだいぶ安いね。……でも他も見てから」

 一方のエルゥはというと冷静で……なんというか、しっかりしている。
 主夫向きだよなぁ。悪魔に婚姻という概念があるかすら、私は知らないけれど。

「エルゥ見て、立派なメロン! へぇ、このメロンのジュースを売ってるんだ」
「美味しそうだね。お姉さん、二つください」

 エルゥはメロンの生搾りジュースを注文すると、美貌に見惚れる店員からそれを受け取る。
 そしてこちらに一つを手渡した。手のひらにひやりと冷気が伝わる。プラスチックの容器に入ったジュースは、とろりとしたオレンジ色だ。

「ありがとう」
「いいえ、どういたしまして」

 なんだか嬉しそうな表情で言って、エルゥはぽんぽんと私の頭を撫でた。そしてなぜか、ついでのように額にキスをされる。

「……エルゥ!?」
「ごめんね。はしゃぐ琴子が可愛かったから、つい」

 そういう彼もどこか浮ついた様子に見える。インキュバスでもこういう場所は楽しいのかな。
 頬を熱くしながらジュースを口にして、芳醇な香りと自然な甘さに目を瞠る。こんな濃厚なフレッシュジュースを飲んだのは、はじめてだ。

「エルゥ、美味しい!」
「よかったねぇ。アイスもあるけど、欲しい?」
「……アイスは、いい」

 買い物の後に、エルゥをパフェのお店に誘おうと思っているから……今は我慢である。

「そ? めずらしいねぇ」

『めずらしい』?
 ……エルゥから見て、私はそんなに食い意地が張ってるんだろうか。
 そんな引っ掛かりは店を回っているうちにどこかへと飛んでいく。
 カゴの中には蟹、雲丹、ラム肉、鮭とば、バター……いろいろなものが増えていき、二万円の予算なんてすぐに超過してしまった。

「ああ……商品券が消えちゃった」
「いいんじゃないの? たまのことだし」

 落胆する私に慰めの言葉をかけつつ、エルゥは買ったものをまとめて送るための伝票をカウンターで書き込んでいる。応対している女性店員はエルゥに美貌に見惚れ、私たちの周囲には明らかに女性客が増加していた。

 ……エルゥ効果、すごいな。

 綺麗な文字で伝票を記入するエルゥの横顔を盗み見る。
 それは本当に芸術品みたいに綺麗で、これと毎日過ごしてるんだな……と今さらながらに驚いてしまう。

「エルゥはすごいね」
「ん、なにが?」
「顔」
「顔かぁ~。他にもいいところ、あると思うんだけどなぁ」

 そう言ってエルゥは苦笑しながらペンを置く。どうやら伝票の記入は終わったらしい。
 エルゥのいいところが顔だけじゃないのは、そりゃわかってるよ。
 優しいし、料理も上手い。面倒見や気遣いは男性とは思えないくらいに細やかだ。欠点という欠点がエルゥにはない。
 ……いや、たまに部屋で半裸なのはいただけないな。

「さ、次に行きたいところはある?」

 いつの間にか目の前にいたエルゥに手を差し出される。
 そうだ、エルゥにふだんのお礼をしないと。

「エルゥ。その、あのね。いつものお礼させて! 私が奢るから!」

 差し出された手をぎゅっと握りながらそう言うと、エルゥは綺麗な目を丸くした。
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