上 下
13 / 36

インキュバスとバーベキュー2

しおりを挟む
「パパ、ママ! そのイケメン誰?」

 社長夫妻の後ろから顔を出したのは、高校生の娘さんの更紗ちゃんだ。
 アッシュグレーに染めた髪にゆるいパーマをかけ、可愛い顔立ちが引き立つガーリーメイクをしている。
 更紗ちゃんは元気で可愛い子なのだけれど……私は正直苦手である。おっとりとした夫婦に愛されて育った娘さんは、オブラートに包まずに言うと少しワガママなのだ。
 昨年のバーベキューの時も『肉がまずい』だなんだと言って、ご夫妻を困らせていたっけ。

「更紗、嶺井君の彼氏さんだよ」
「は!?」

 社長の言葉を聞いた更紗ちゃんは、正に驚愕という表情で私を見た。

「つり合ってないやん!」

 そしてとても素直な感想の声を上げる。私は思わず、苦笑いを浮かべてしまった。
 肩を優しく抱かれる感触がして、エルゥの胸に引き寄せられる。見上げたエルゥは柔和な笑みを浮かべているけど……気のせいじゃなければ、少し怒ってないか?

「そう。僕につり合わない、とっても可愛い彼女なんです」

 エルゥはそう言うと、私の額にキスをする。柔らかでかさつきのない唇が、それなりに長い時間おでこに触れてから離れていった。この前の頬にキスといい、この男は人前で! しかも彼女というのを堂々と肯定するし。

「……エルゥ!」

 そんな関係じゃないだろ! という意図を込めてエルゥの脇腹を肘で小突く。だけど彼はびくともしない。

「他の方々にも、ご挨拶をしてきますね」

 エルゥは社長夫妻に会釈をしたあとに、私の手をぎゅっと繋いでから江村さん夫妻と井上君がいる方へと向かう。……なぜ、手を繋ぐ。

「嶺井さん、彼氏君! おはよう。……彼氏君、やるやん」
「……嶺井さん、おはようございます」
「おはようございます、江村さん、井上君」

 ニヤニヤとしながら旦那さんの肩をバンバン叩いている江村さんと、なぜかどんよりと暗い雰囲気の井上君に挨拶をした。

「久しぶりやね、嶺井さん」
「はい、お久しぶりです!」

 江村さんの旦那さん――たしか幸治さんというお名前だ――――に声をかけられ、私は笑顔で挨拶を返した。
 幸治さんは短く刈り込んだ金髪の、大変ガタイのいい男性だ。彼は強面なので、そちらの印象の方が最初は強く残る。しかし少し話せば、すぐにいい人だとわかるのだ。
 幸治さんの両足には双子のお子さんの美雨ちゃんと咲良ちゃんが、ぴったりと貼りついている。私が手を振ると、二人とも小さく振り返してくれた。エルゥが真似をして手を振ると、二人は真っ赤になってもじもじとしてしまう。三歳と言えど女なのだな、うん。

「彼氏君はじめまして。名前は?」
「エルゥと申します。フランスから来て、翻訳の仕事をしています」

 ……エルゥが、いつの間にかフランス人になっている。『設定』の打ち合わせを、事前にもっとしておけばよかったな。エルゥは抜かりなくやるだろうけれど、私の方にボロが出そうだ。

「翻訳家!? すごい、イケメンの上に仕事までお洒落!」

 江村さんがきゃあっ! とはしゃいだ声を上げる。その隣で井上君は、なぜか苦虫を噛み潰したような顔をしていた。……井上君は、もしかしてエルゥが苦手なんだろうか。

「じゃ、三人はうちの車に乗って?」

 幸治さんがくいっと車を親指で指す。車は黒のミニバンで、八人乗りの大きなものだ。
 私とエルゥは車に乗り込もうとして……自分に向けられた強い視線に気づいた。
 そちらに目をやると、更紗ちゃんが私を睨んでいる。
 私が首を傾げると、更紗ちゃんの視線はふいと逸れた。
 腑に落ちない気持ちになりつつも、私はエルゥと二列目シートに乗り込む。井上君は助手席で、江村さんは子供たちと一緒に三列目シートだ。社長たちも自分の車に乗り込んだようだった。

「バーベキュー場までは一時間だから。適当に楽にしててね」

 江村さんが、チャイルドシートに子供たちを乗せながら言う。

「わかりました、ありがとうございます」

 お礼を言って、私はシートベルトをしっかりと締めた。車に乗るのはずいぶんと久しぶりで、少しわくわくしてしまう。

「琴子、念のため酔い止め薬。水がなくても飲めるやつだから」

 エルゥが薬をこちらに差し出してくる。……本当に、気遣いが細やかだな。

「ありがとう、エルゥ」

 薬を受け取り、こくりと飲み込む。
 そんなやり取りをしていると、背後から江村さんからの視線が突き刺さった。「羨ましいねぇ」なんてつぶやいてるけど、幸治さんもとっても優しいでしょうに!

「江村さんは、酔い止めはいらないですか?」

 振り向いてエルゥが訊ねると、江村さんはぶんぶんと手を顔の前で振る。

「私は酔わない体質で……いや、イケメンの酔い止めください!」

 江村さんはいつになくキリリとした顔で、両手を恭しく差し出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

好きになるには理由があります ~支社長室に神が舞い降りました~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 ある朝、クルーザーの中で目覚めた一宮深月(いちみや みつき)は、隣にイケメンだが、ちょっと苦手な支社長、飛鳥馬陽太(あすま ようた)が寝ていることに驚愕する。  大事な神事を控えていた巫女さん兼業OL 深月は思わず叫んでいた。 「神の怒りを買ってしまいます~っ」  みんなに深月の相手と認めてもらうため、神事で舞を舞うことになる陽太だったが――。  お神楽×オフィスラブ。

諦めて溺愛されてください~皇帝陛下の湯たんぽ係やってます~

七瀬京
キャラ文芸
庶民中の庶民、王宮の洗濯係のリリアは、ある日皇帝陛下の『湯たんぽ』係に任命される。 冷酷無比極まりないと評判の皇帝陛下と毎晩同衾するだけの簡単なお仕事だが、皇帝陛下は妙にリリアを気に入ってしまい……??

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

溺愛彼氏は消防士!?

すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。 「別れよう。」 その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。 飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。 「男ならキスの先をは期待させないとな。」 「俺とこの先・・・してみない?」 「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」 私の身は持つの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。 ※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。 だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。 蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。 実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。

処理中です...