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インキュバスとバーベキュー2
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「パパ、ママ! そのイケメン誰?」
社長夫妻の後ろから顔を出したのは、高校生の娘さんの更紗ちゃんだ。
アッシュグレーに染めた髪にゆるいパーマをかけ、可愛い顔立ちが引き立つガーリーメイクをしている。
更紗ちゃんは元気で可愛い子なのだけれど……私は正直苦手である。おっとりとした夫婦に愛されて育った娘さんは、オブラートに包まずに言うと少しワガママなのだ。
昨年のバーベキューの時も『肉がまずい』だなんだと言って、ご夫妻を困らせていたっけ。
「更紗、嶺井君の彼氏さんだよ」
「は!?」
社長の言葉を聞いた更紗ちゃんは、正に驚愕という表情で私を見た。
「つり合ってないやん!」
そしてとても素直な感想の声を上げる。私は思わず、苦笑いを浮かべてしまった。
肩を優しく抱かれる感触がして、エルゥの胸に引き寄せられる。見上げたエルゥは柔和な笑みを浮かべているけど……気のせいじゃなければ、少し怒ってないか?
「そう。僕につり合わない、とっても可愛い彼女なんです」
エルゥはそう言うと、私の額にキスをする。柔らかでかさつきのない唇が、それなりに長い時間おでこに触れてから離れていった。この前の頬にキスといい、この男は人前で! しかも彼女というのを堂々と肯定するし。
「……エルゥ!」
そんな関係じゃないだろ! という意図を込めてエルゥの脇腹を肘で小突く。だけど彼はびくともしない。
「他の方々にも、ご挨拶をしてきますね」
エルゥは社長夫妻に会釈をしたあとに、私の手をぎゅっと繋いでから江村さん夫妻と井上君がいる方へと向かう。……なぜ、手を繋ぐ。
「嶺井さん、彼氏君! おはよう。……彼氏君、やるやん」
「……嶺井さん、おはようございます」
「おはようございます、江村さん、井上君」
ニヤニヤとしながら旦那さんの肩をバンバン叩いている江村さんと、なぜかどんよりと暗い雰囲気の井上君に挨拶をした。
「久しぶりやね、嶺井さん」
「はい、お久しぶりです!」
江村さんの旦那さん――たしか幸治さんというお名前だ――――に声をかけられ、私は笑顔で挨拶を返した。
幸治さんは短く刈り込んだ金髪の、大変ガタイのいい男性だ。彼は強面なので、そちらの印象の方が最初は強く残る。しかし少し話せば、すぐにいい人だとわかるのだ。
幸治さんの両足には双子のお子さんの美雨ちゃんと咲良ちゃんが、ぴったりと貼りついている。私が手を振ると、二人とも小さく振り返してくれた。エルゥが真似をして手を振ると、二人は真っ赤になってもじもじとしてしまう。三歳と言えど女なのだな、うん。
「彼氏君はじめまして。名前は?」
「エルゥと申します。フランスから来て、翻訳の仕事をしています」
……エルゥが、いつの間にかフランス人になっている。『設定』の打ち合わせを、事前にもっとしておけばよかったな。エルゥは抜かりなくやるだろうけれど、私の方にボロが出そうだ。
「翻訳家!? すごい、イケメンの上に仕事までお洒落!」
江村さんがきゃあっ! とはしゃいだ声を上げる。その隣で井上君は、なぜか苦虫を噛み潰したような顔をしていた。……井上君は、もしかしてエルゥが苦手なんだろうか。
「じゃ、三人はうちの車に乗って?」
幸治さんがくいっと車を親指で指す。車は黒のミニバンで、八人乗りの大きなものだ。
私とエルゥは車に乗り込もうとして……自分に向けられた強い視線に気づいた。
そちらに目をやると、更紗ちゃんが私を睨んでいる。
私が首を傾げると、更紗ちゃんの視線はふいと逸れた。
腑に落ちない気持ちになりつつも、私はエルゥと二列目シートに乗り込む。井上君は助手席で、江村さんは子供たちと一緒に三列目シートだ。社長たちも自分の車に乗り込んだようだった。
「バーベキュー場までは一時間だから。適当に楽にしててね」
江村さんが、チャイルドシートに子供たちを乗せながら言う。
「わかりました、ありがとうございます」
お礼を言って、私はシートベルトをしっかりと締めた。車に乗るのはずいぶんと久しぶりで、少しわくわくしてしまう。
「琴子、念のため酔い止め薬。水がなくても飲めるやつだから」
エルゥが薬をこちらに差し出してくる。……本当に、気遣いが細やかだな。
「ありがとう、エルゥ」
薬を受け取り、こくりと飲み込む。
そんなやり取りをしていると、背後から江村さんからの視線が突き刺さった。「羨ましいねぇ」なんてつぶやいてるけど、幸治さんもとっても優しいでしょうに!
「江村さんは、酔い止めはいらないですか?」
振り向いてエルゥが訊ねると、江村さんはぶんぶんと手を顔の前で振る。
「私は酔わない体質で……いや、イケメンの酔い止めください!」
江村さんはいつになくキリリとした顔で、両手を恭しく差し出した。
社長夫妻の後ろから顔を出したのは、高校生の娘さんの更紗ちゃんだ。
アッシュグレーに染めた髪にゆるいパーマをかけ、可愛い顔立ちが引き立つガーリーメイクをしている。
更紗ちゃんは元気で可愛い子なのだけれど……私は正直苦手である。おっとりとした夫婦に愛されて育った娘さんは、オブラートに包まずに言うと少しワガママなのだ。
昨年のバーベキューの時も『肉がまずい』だなんだと言って、ご夫妻を困らせていたっけ。
「更紗、嶺井君の彼氏さんだよ」
「は!?」
社長の言葉を聞いた更紗ちゃんは、正に驚愕という表情で私を見た。
「つり合ってないやん!」
そしてとても素直な感想の声を上げる。私は思わず、苦笑いを浮かべてしまった。
肩を優しく抱かれる感触がして、エルゥの胸に引き寄せられる。見上げたエルゥは柔和な笑みを浮かべているけど……気のせいじゃなければ、少し怒ってないか?
「そう。僕につり合わない、とっても可愛い彼女なんです」
エルゥはそう言うと、私の額にキスをする。柔らかでかさつきのない唇が、それなりに長い時間おでこに触れてから離れていった。この前の頬にキスといい、この男は人前で! しかも彼女というのを堂々と肯定するし。
「……エルゥ!」
そんな関係じゃないだろ! という意図を込めてエルゥの脇腹を肘で小突く。だけど彼はびくともしない。
「他の方々にも、ご挨拶をしてきますね」
エルゥは社長夫妻に会釈をしたあとに、私の手をぎゅっと繋いでから江村さん夫妻と井上君がいる方へと向かう。……なぜ、手を繋ぐ。
「嶺井さん、彼氏君! おはよう。……彼氏君、やるやん」
「……嶺井さん、おはようございます」
「おはようございます、江村さん、井上君」
ニヤニヤとしながら旦那さんの肩をバンバン叩いている江村さんと、なぜかどんよりと暗い雰囲気の井上君に挨拶をした。
「久しぶりやね、嶺井さん」
「はい、お久しぶりです!」
江村さんの旦那さん――たしか幸治さんというお名前だ――――に声をかけられ、私は笑顔で挨拶を返した。
幸治さんは短く刈り込んだ金髪の、大変ガタイのいい男性だ。彼は強面なので、そちらの印象の方が最初は強く残る。しかし少し話せば、すぐにいい人だとわかるのだ。
幸治さんの両足には双子のお子さんの美雨ちゃんと咲良ちゃんが、ぴったりと貼りついている。私が手を振ると、二人とも小さく振り返してくれた。エルゥが真似をして手を振ると、二人は真っ赤になってもじもじとしてしまう。三歳と言えど女なのだな、うん。
「彼氏君はじめまして。名前は?」
「エルゥと申します。フランスから来て、翻訳の仕事をしています」
……エルゥが、いつの間にかフランス人になっている。『設定』の打ち合わせを、事前にもっとしておけばよかったな。エルゥは抜かりなくやるだろうけれど、私の方にボロが出そうだ。
「翻訳家!? すごい、イケメンの上に仕事までお洒落!」
江村さんがきゃあっ! とはしゃいだ声を上げる。その隣で井上君は、なぜか苦虫を噛み潰したような顔をしていた。……井上君は、もしかしてエルゥが苦手なんだろうか。
「じゃ、三人はうちの車に乗って?」
幸治さんがくいっと車を親指で指す。車は黒のミニバンで、八人乗りの大きなものだ。
私とエルゥは車に乗り込もうとして……自分に向けられた強い視線に気づいた。
そちらに目をやると、更紗ちゃんが私を睨んでいる。
私が首を傾げると、更紗ちゃんの視線はふいと逸れた。
腑に落ちない気持ちになりつつも、私はエルゥと二列目シートに乗り込む。井上君は助手席で、江村さんは子供たちと一緒に三列目シートだ。社長たちも自分の車に乗り込んだようだった。
「バーベキュー場までは一時間だから。適当に楽にしててね」
江村さんが、チャイルドシートに子供たちを乗せながら言う。
「わかりました、ありがとうございます」
お礼を言って、私はシートベルトをしっかりと締めた。車に乗るのはずいぶんと久しぶりで、少しわくわくしてしまう。
「琴子、念のため酔い止め薬。水がなくても飲めるやつだから」
エルゥが薬をこちらに差し出してくる。……本当に、気遣いが細やかだな。
「ありがとう、エルゥ」
薬を受け取り、こくりと飲み込む。
そんなやり取りをしていると、背後から江村さんからの視線が突き刺さった。「羨ましいねぇ」なんてつぶやいてるけど、幸治さんもとっても優しいでしょうに!
「江村さんは、酔い止めはいらないですか?」
振り向いてエルゥが訊ねると、江村さんはぶんぶんと手を顔の前で振る。
「私は酔わない体質で……いや、イケメンの酔い止めください!」
江村さんはいつになくキリリとした顔で、両手を恭しく差し出した。
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