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インキュバス風炊き込みご飯と豚汁
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「エルゥ、いい匂いがする!」
台所から漂う炊き込みご飯の炊ける最中の香り。それは激しく胃袋を刺激する。それに重ねて味噌のいい香りまでしてきたのだからたまらない。
「琴子、我慢して」
「うー……」
私はクッションを抱えて、じりじりと夕飯の完成を待った。
……着々と、エルゥに胃袋を掴まれてるな。
エルゥがいなくなったら、また粗末な食生活に戻るのだと思うとゾッとする。
たまには私もご飯を作って、料理を覚えた方がいいのかな。簡単なものなら、作れなくもないんだけど。
でも、どうにも億劫なんだよなぁ。
一人でいる時は、ご飯を食べるのも億劫だった。
だけど今では……エルゥのご飯を食べるのが日々の楽しみになってしまった。
警戒心を持ち続けねばとは思っているけれど、この悪魔は居心地がいい場所を作るのが異様に上手い。くそぅ、負けないぞ。
「琴子、できたよー。テーブルの用意して」
「わかった!」
エルゥに声をかけられ、私は思考を打ち切った。
部屋の隅に立てかけている猫脚テーブルを、『いつものように』ラグの上に設置する。するとエルゥが『いつものように』ランチョンマットを敷いてから、『いつものように』夕食を並べていく。
エルゥとの生活が……私にとって『いつものもの』になりつつあることをしみじみと感じる。
……鼻歌を歌いながら炊き込みご飯を椀に盛る、頭に角がある絶世の美青年は本来ならば日常とは言い難いもののはずなんだけどな。
「三合炊いたから残ると思うんだ。だから明日の朝ご飯にも出そうね」
エルゥはそう言いながらことりと茶碗をテーブルに置く。炊き込みご飯の横には、具だくさんの味噌汁――いや、これは豚汁だな――がほかほかと美味しそうに湯気を立てている。
すりおろした生姜と茗荷を乗せた冷奴もテーブルに置かれ、食卓は完成だ。
「琴子、ビールでいい?」
「うん、ビールがいい。豚汁にはビールだよね」
異論は認めない。日本酒とでも美味しいけれど、私は豚汁にはビール派なのだ。
今日はめずらしく、エルゥも飲むらしい。グラス二つにビールを注いで、彼は一つを私に渡した。
「「いただきます!」」
二人でパン! と手を合わせる。そして私は、まずはご飯茶碗を手に取った。
薄茶色のご飯の米粒の隙間からは、薄紅色の鮭としめじ、そして細切りになったにんじんが顔を覗かせている。いい彩りだ。とても美味しそう。
箸で摘んでほくほくのご飯を口に入れる。するとふわりと、醤油の香ばしい香りが漂った。優しい味付けのご飯に、よく解された鮭が塩気を添える。その味の加減がまたちょうどいい。
しばらく無言で炊き込みご飯を食べてから、私はふーっと息を吐いた。そして今度は、味噌汁椀へと手を伸ばす。
まずはお汁を一口。それは、豚肉や野菜から染み出た旨味の濃厚な味がする。炊き込みご飯がさっぱり美味しいものなので、この濃厚さがちょうどいい。
豚汁の具材は、豚肉、大根、大根の葉、にんじん、じゃがいもだ。エルゥがご飯を作ってくれるようになって、私は大根が葉っぱまで食べられることをはじめて知った。
……むしろ、なんでエルゥが知ってるんだ。
「はー美味しい」
ほくほくのじゃがいも、ほどよく脂が乗った薄切りの豚肉。シャキシャキとした歯ごたえの大根とその葉っぱ。それらを頬張り、しっかりと味わう。
そして、冷たいビールを喉に流し込んだ。
「幸せ……」
「それはよかった」
思わず零れた言葉に、エルゥが嬉しそうに返す。そしてこちらに手を伸ばすと、私の頬に付いていた米粒を取って自分の口に運んだ。
それ、イケメンしかやっちゃいいけない仕草だからな! そしてエルゥはイケメンどころか絶世だ。つまり、無罪。
「そういうのは、しなくてよか」
「ん? そういうのって?」
エルゥは冷奴を口にしながら、きょとりとして首を傾げる。
……無意識なんだ。すごいな、インキュバス。
「……ま、いいけど」
なんだか頬が熱い気がする。私はそれをごまかすように、グラスに残ったビールをぐいっと一気に煽った。
「琴子、一気に飲むのはよくないよ?」
そう言うエルゥは、ちびちびとお上品にビールを飲んでいる。
「いーの!」
私はエルゥの手元にあるビールの缶を取って、自分のグラスに注ごうとした。……するとその手は、エルゥの綺麗な手でそっと包まれた。
「ゆっくり飲んで。琴子の体が心配だから」
青い大きな瞳で見つめられ、真剣な表情でそう言われる。
私はなぜか言葉に詰まり――ビールの缶からすごすごと手を離した。
「飲むなって、言ってるわけじゃないからね?」
「……わかってる。心配してくれたんやろ」
「だけどごめんね、うるさく言って」
大きな手が優しく頭を撫でる。ちらりと彼を見ると、その眉尻は悲しそうに下がっていた。
「……少しずつ飲むけん。ちょっとちょうだい」
「わかった」
エルゥはにこりと笑うと、グラスの半分にビールを注いでこちらに差し出す。
私はそれを受け取って、今度はちびちびと喉に流し込んだ。
台所から漂う炊き込みご飯の炊ける最中の香り。それは激しく胃袋を刺激する。それに重ねて味噌のいい香りまでしてきたのだからたまらない。
「琴子、我慢して」
「うー……」
私はクッションを抱えて、じりじりと夕飯の完成を待った。
……着々と、エルゥに胃袋を掴まれてるな。
エルゥがいなくなったら、また粗末な食生活に戻るのだと思うとゾッとする。
たまには私もご飯を作って、料理を覚えた方がいいのかな。簡単なものなら、作れなくもないんだけど。
でも、どうにも億劫なんだよなぁ。
一人でいる時は、ご飯を食べるのも億劫だった。
だけど今では……エルゥのご飯を食べるのが日々の楽しみになってしまった。
警戒心を持ち続けねばとは思っているけれど、この悪魔は居心地がいい場所を作るのが異様に上手い。くそぅ、負けないぞ。
「琴子、できたよー。テーブルの用意して」
「わかった!」
エルゥに声をかけられ、私は思考を打ち切った。
部屋の隅に立てかけている猫脚テーブルを、『いつものように』ラグの上に設置する。するとエルゥが『いつものように』ランチョンマットを敷いてから、『いつものように』夕食を並べていく。
エルゥとの生活が……私にとって『いつものもの』になりつつあることをしみじみと感じる。
……鼻歌を歌いながら炊き込みご飯を椀に盛る、頭に角がある絶世の美青年は本来ならば日常とは言い難いもののはずなんだけどな。
「三合炊いたから残ると思うんだ。だから明日の朝ご飯にも出そうね」
エルゥはそう言いながらことりと茶碗をテーブルに置く。炊き込みご飯の横には、具だくさんの味噌汁――いや、これは豚汁だな――がほかほかと美味しそうに湯気を立てている。
すりおろした生姜と茗荷を乗せた冷奴もテーブルに置かれ、食卓は完成だ。
「琴子、ビールでいい?」
「うん、ビールがいい。豚汁にはビールだよね」
異論は認めない。日本酒とでも美味しいけれど、私は豚汁にはビール派なのだ。
今日はめずらしく、エルゥも飲むらしい。グラス二つにビールを注いで、彼は一つを私に渡した。
「「いただきます!」」
二人でパン! と手を合わせる。そして私は、まずはご飯茶碗を手に取った。
薄茶色のご飯の米粒の隙間からは、薄紅色の鮭としめじ、そして細切りになったにんじんが顔を覗かせている。いい彩りだ。とても美味しそう。
箸で摘んでほくほくのご飯を口に入れる。するとふわりと、醤油の香ばしい香りが漂った。優しい味付けのご飯に、よく解された鮭が塩気を添える。その味の加減がまたちょうどいい。
しばらく無言で炊き込みご飯を食べてから、私はふーっと息を吐いた。そして今度は、味噌汁椀へと手を伸ばす。
まずはお汁を一口。それは、豚肉や野菜から染み出た旨味の濃厚な味がする。炊き込みご飯がさっぱり美味しいものなので、この濃厚さがちょうどいい。
豚汁の具材は、豚肉、大根、大根の葉、にんじん、じゃがいもだ。エルゥがご飯を作ってくれるようになって、私は大根が葉っぱまで食べられることをはじめて知った。
……むしろ、なんでエルゥが知ってるんだ。
「はー美味しい」
ほくほくのじゃがいも、ほどよく脂が乗った薄切りの豚肉。シャキシャキとした歯ごたえの大根とその葉っぱ。それらを頬張り、しっかりと味わう。
そして、冷たいビールを喉に流し込んだ。
「幸せ……」
「それはよかった」
思わず零れた言葉に、エルゥが嬉しそうに返す。そしてこちらに手を伸ばすと、私の頬に付いていた米粒を取って自分の口に運んだ。
それ、イケメンしかやっちゃいいけない仕草だからな! そしてエルゥはイケメンどころか絶世だ。つまり、無罪。
「そういうのは、しなくてよか」
「ん? そういうのって?」
エルゥは冷奴を口にしながら、きょとりとして首を傾げる。
……無意識なんだ。すごいな、インキュバス。
「……ま、いいけど」
なんだか頬が熱い気がする。私はそれをごまかすように、グラスに残ったビールをぐいっと一気に煽った。
「琴子、一気に飲むのはよくないよ?」
そう言うエルゥは、ちびちびとお上品にビールを飲んでいる。
「いーの!」
私はエルゥの手元にあるビールの缶を取って、自分のグラスに注ごうとした。……するとその手は、エルゥの綺麗な手でそっと包まれた。
「ゆっくり飲んで。琴子の体が心配だから」
青い大きな瞳で見つめられ、真剣な表情でそう言われる。
私はなぜか言葉に詰まり――ビールの缶からすごすごと手を離した。
「飲むなって、言ってるわけじゃないからね?」
「……わかってる。心配してくれたんやろ」
「だけどごめんね、うるさく言って」
大きな手が優しく頭を撫でる。ちらりと彼を見ると、その眉尻は悲しそうに下がっていた。
「……少しずつ飲むけん。ちょっとちょうだい」
「わかった」
エルゥはにこりと笑うと、グラスの半分にビールを注いでこちらに差し出す。
私はそれを受け取って、今度はちびちびと喉に流し込んだ。
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