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番外編
月と獣と新しい命8
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「さて、ベルナデッタ。今日の進捗を聞きましょうか」
夕方になり執務室に呼び出したベルナデッタに話を振ると、彼女はぶるりと身を震わせた。……本日の進捗は、あまり思わしくないようだな。
「マクシミリアンさん。その、納期……もう少し伸びませんかぁ?」
ベルナデッタは媚びるような甘え声で言うと、上目遣いで私を見上げる。そんな声や目をされても、納期を伸ばす気は一切ないぞ。
「伸びるわけがないでしょう、こっちは命がかかってるんですよ。しかも三人分の」
「だけど設計図の差し戻し、あれ鬼畜の所業ですよぉ! 修正箇所が多すぎます!」
「修正が無いような設計図を持ってくればいいでしょうが」
「……うへぇ、無茶振りです。横暴です! 横暴上司です!」
ベルナデッタは叫んでから涙目になると、部屋に響くくらいの大きなため息をついた。
そんな私とベルナデッタのやり取りを、子どもたちとビアンカは興味津々という様子で眺めている。ビアンカたちに見られていると……非常にやり辛いな。
私が若い娘を頭ごなしに叱っているように見えたら不本意だ。しかし理不尽ばかり言っているつもりはないし、横暴上司のつもりもない。そもそもが私たちは同じ職員同士で、私は上司などではない。
「マクシミリアン、ダメよ。可愛いお嬢さんをそんなふうに叱ったら」
こちらに近寄ってきたビアンカが、眉尻を下げながらそんなことを言う。
……うちの妻は天使のように優しいな。しかしこれは、私たちの未来のために非常に大事なことなのだ。
「ビアンカ。これがなにかわかりますか?」
設計図を示すと、ビアンカは小首を傾げながらそれを覗き込む。
「えっと……ナイフかしら? 光魔法で表面を覆うようにしているのね。こんな風に魔力を均等に流し込むのは大変そうね」
ビアンカは聡いな。昔はあんなに勉強嫌いだったのに人は変わるものだ。
私が屋敷に半ば閉じ込めるようにしているため、本を読んだり手芸をしたりくらいしかビアンカにはやることがなく知識が自然に増える……という理由もあるのだろうが。
「そうです。『もしも』があった時に、切開して子供を取り出すためのものです」
「……帝王切開用ってことね。それって、ふつうの刃物ではいけないの?」
帝王切開? 聞き慣れない言葉だな。ビアンカは時々、私の知らない言葉を口にする。
「帝王切開とは?」
「べ、別の国での、子供を取り出すための開腹の呼び方よ。本で読んだの!」
気まずそうに視線を逸らしながらビアンカが言う。なにかを隠しているのは丸わかりなのだが……追求はまた今度でいいだろう。今はこの器具の説明の方が先だ。
「今、この国には完全に痛みを取り去れる麻酔はありません。闇魔法で幻覚をかけて痛みを誤魔化すという方法もありますが、人によって相性があるので切開の最中に効果が切れるということもあり得ます」
「……それは、痛そうね」
痛みを想像したのか、ビアンカは苦しそうに顔を顰めた。
「痛いでしょうね、生きたままでその身を裂かれるのは。術中だけではなく、術後の痛みの問題もあります」
「マクシミリアン、痛い話ばかりして!」
少し怒った様子でビアンカが頬を膨らませる。そんな彼女を手招きをすると、ぽふりと胸に飛び込んできた。そして『しまった』という顔をする。ビアンカが手招きだけで抱きついてくれるようになったのは、私の日々の刷り込みの賜物だな。
「ビアンカ、あのナイフは痛みを与えずに切開をするためのものです。そして痛みを与えないだけでなく光魔法の効果で術後の痛みも減らすようにしようと、今苦心している最中なんです」
「……そうなの?」
「ええ、そうです」
この小さな腹に子供が二人も入っているのだ。自然分娩はなかなかに難しいだろう。
痛みを与えずに、そして出血を抑えつつで切開できる道具は最重要だ。
「すごいものを作っているのね。その……ありがとう、マクシミリアン」
「いいえ、愛しいビアンカのためなので」
微笑み合って額同士を擦り合わせる。日々の疲れもビアンカと接していると、どこかへ飛んで行ってしまうな。
「いや、マクシミリアンさん。締め切り……」
ベルナデッタがなにかをつぶやいていたが、私はそれを軽やかに無視した。
夕方になり執務室に呼び出したベルナデッタに話を振ると、彼女はぶるりと身を震わせた。……本日の進捗は、あまり思わしくないようだな。
「マクシミリアンさん。その、納期……もう少し伸びませんかぁ?」
ベルナデッタは媚びるような甘え声で言うと、上目遣いで私を見上げる。そんな声や目をされても、納期を伸ばす気は一切ないぞ。
「伸びるわけがないでしょう、こっちは命がかかってるんですよ。しかも三人分の」
「だけど設計図の差し戻し、あれ鬼畜の所業ですよぉ! 修正箇所が多すぎます!」
「修正が無いような設計図を持ってくればいいでしょうが」
「……うへぇ、無茶振りです。横暴です! 横暴上司です!」
ベルナデッタは叫んでから涙目になると、部屋に響くくらいの大きなため息をついた。
そんな私とベルナデッタのやり取りを、子どもたちとビアンカは興味津々という様子で眺めている。ビアンカたちに見られていると……非常にやり辛いな。
私が若い娘を頭ごなしに叱っているように見えたら不本意だ。しかし理不尽ばかり言っているつもりはないし、横暴上司のつもりもない。そもそもが私たちは同じ職員同士で、私は上司などではない。
「マクシミリアン、ダメよ。可愛いお嬢さんをそんなふうに叱ったら」
こちらに近寄ってきたビアンカが、眉尻を下げながらそんなことを言う。
……うちの妻は天使のように優しいな。しかしこれは、私たちの未来のために非常に大事なことなのだ。
「ビアンカ。これがなにかわかりますか?」
設計図を示すと、ビアンカは小首を傾げながらそれを覗き込む。
「えっと……ナイフかしら? 光魔法で表面を覆うようにしているのね。こんな風に魔力を均等に流し込むのは大変そうね」
ビアンカは聡いな。昔はあんなに勉強嫌いだったのに人は変わるものだ。
私が屋敷に半ば閉じ込めるようにしているため、本を読んだり手芸をしたりくらいしかビアンカにはやることがなく知識が自然に増える……という理由もあるのだろうが。
「そうです。『もしも』があった時に、切開して子供を取り出すためのものです」
「……帝王切開用ってことね。それって、ふつうの刃物ではいけないの?」
帝王切開? 聞き慣れない言葉だな。ビアンカは時々、私の知らない言葉を口にする。
「帝王切開とは?」
「べ、別の国での、子供を取り出すための開腹の呼び方よ。本で読んだの!」
気まずそうに視線を逸らしながらビアンカが言う。なにかを隠しているのは丸わかりなのだが……追求はまた今度でいいだろう。今はこの器具の説明の方が先だ。
「今、この国には完全に痛みを取り去れる麻酔はありません。闇魔法で幻覚をかけて痛みを誤魔化すという方法もありますが、人によって相性があるので切開の最中に効果が切れるということもあり得ます」
「……それは、痛そうね」
痛みを想像したのか、ビアンカは苦しそうに顔を顰めた。
「痛いでしょうね、生きたままでその身を裂かれるのは。術中だけではなく、術後の痛みの問題もあります」
「マクシミリアン、痛い話ばかりして!」
少し怒った様子でビアンカが頬を膨らませる。そんな彼女を手招きをすると、ぽふりと胸に飛び込んできた。そして『しまった』という顔をする。ビアンカが手招きだけで抱きついてくれるようになったのは、私の日々の刷り込みの賜物だな。
「ビアンカ、あのナイフは痛みを与えずに切開をするためのものです。そして痛みを与えないだけでなく光魔法の効果で術後の痛みも減らすようにしようと、今苦心している最中なんです」
「……そうなの?」
「ええ、そうです」
この小さな腹に子供が二人も入っているのだ。自然分娩はなかなかに難しいだろう。
痛みを与えずに、そして出血を抑えつつで切開できる道具は最重要だ。
「すごいものを作っているのね。その……ありがとう、マクシミリアン」
「いいえ、愛しいビアンカのためなので」
微笑み合って額同士を擦り合わせる。日々の疲れもビアンカと接していると、どこかへ飛んで行ってしまうな。
「いや、マクシミリアンさん。締め切り……」
ベルナデッタがなにかをつぶやいていたが、私はそれを軽やかに無視した。
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