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番外編

月と獣と新しい命4

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「ふふふーん、ふふーん」

 妻が愛らしい鼻歌を歌いながら、王宮へ行く準備をしている。子どもたちも楽しそうにビアンカの準備を手伝っているが、手伝っているのだか散らかしているのだか……主にローラが。どうしてこの子は、いろいろ雑なんだろうな。
 私は邪魔にしかなっていないローラの首根っこを掴んで鞄から引き離し、そのまま抱き上げた。

「お父様、お手伝いしてるのに!」

 するとローラは不服そうな顔をする。いや、荷物を引っ張り出して眺めたりしてたじゃないか。ユールは拙い手つきながらも鞄にちゃんと荷物を詰め込んでいるので、放っておいてもいいか。
 それにしても……ビアンカが大量の菓子を鞄に詰め込んでいるように見えるが、気のせいだろうか。
 ビアンカの手作りかと一瞬身構えたが、その包装は王都の高級菓子店のものである。

「ビアンカ、その菓子は?」
「これ? 職場の皆様へよ。メイドに買ってきてもらったの。夫がいつもお世話になっているのに、今までご挨拶の一つもしていないのだもの。差し入れくらい持っていって当然でしょう?」

 彼女の言葉を聞いた私の表情は、自然に憮然としたものとなる。職場の連中にビアンカを見せるなんて、とんでもない。

「そんなものは必要ありませんよ」
「ダメよ、わたくしのせいでご迷惑をおかけしているのだから。差し入れくらいさせて、ね?」

 ビアンカは可愛くそう言って小首を傾げる。ああ、可愛いな。うちの妻は本当に……どうしていいのかわからないくらいに可愛い。
 顔を片手で押さえて悶絶していると、もう片手で抱き上げているローラが「お父様はそういうところがダメなのよ」と小さく漏らしてため息をついた。愛妻家であることの、なにが問題なのだろう。

「差し入れ自体はかまいませんけれど。私が持って行きますからね」
「あら、ダメよ。わたくし社交にも滅多に出ないのだから、ご挨拶できる時にご挨拶しないと」

 そう言ってビアンカは頬を膨らませるが、女日照りの研究員も多いのだ。彼女を見せられるわけがないだろう。

「研究所には機密書類も多いんです。今回の私室に関しては例外的な措置を取って頂いていますけれど……基本的には部外者は入れないんですよ」

 私の言葉を聞いてビアンカは大きな目をパチクリとさせた。
 これは半分本当で、半分嘘だ。書類さえ出せば研究所への家族の入出自体は許可されている。

「そうなの。じゃあ、マクシミリアンにお願いするわね?」

 ビアンカは渋々といった様子でそう言うと、限界まで膨らんだ鞄をしっかりと閉めた。
 家族で馬車に乗り込み、職場へと向かう。窓の外はいつも通りの風景だが、家族といるだけで華やいだ景色に見えるのが不思議だ。
 隣に座るビアンカは、まだ膨らみの薄い腹を撫でている。その小さな手に手を重ねると、こちらを見て彼女は嬉しそうに微笑んだ。
 向かいの席では膝頭をきちんと揃えて座ったユールと、馬車の席に乗り上げ窓の外を見ているローラが目に入る。個性の違う子供二人を見ていると、口元に笑みが浮かんだ。
 ……ローラも、もうすぐ八つになるのだ。貴族であれば婚約などの話が出ても、おかしい年齢ではない。王宮で妙な輩に見初められないように、気をつけねば。中身はやんちゃだが、ローラはビアンカ瓜二つの美しい少女なのだ。
 ユールは思慮深く賢い子だが、少し引っ込み思案なところがある。少しずついろいろな場に連れ出さないといけないな。……そういう社交の場で、気の強い女に引っかからないといいが。親子の趣味が似ていないとも限らないのだ。
 どちらも可愛い子どもたちだ。幸せに、なって欲しい。
 肩にさらりとした感触が伝わる。そちらを見ると、ビアンカが私にもたれかかって大きな瞳でこちらを見つめていた。

「ビアンカ?」
「幸せね、マクシミリアン」
「……そうですね、ビアンカ」

 囁きあって唇を合わせると、ユールの「わっ!」という照れた声が聞こえた。

 ☆

 王宮に着き、私室へと向かっていると……

「や、マクシミリアン! セルバンデス夫人も」

 その途中で、ダスティンに声をかけられた。ダスティンの背後には数人の研究員がおり、その視線はビアンカに向けられている。彼らは一様に顔を真っ赤にして、ビアンカを凝視したまま固まっていた。
 ――誰だ、今日ビアンカが来ることを漏らしたのは。彼女の来訪がバレないように先週から私室で作業をしていたし、その時にはこいつらは寄り付きもしなかったくせに……
 いや、陛下しかいないな。陛下にしかビアンカの来る予定は伝えていないのだから。後で少し『お話』をせねば。

「ハムリー伯爵、お久しぶりです。皆様もはじめまして」

 ビアンカは笑顔を浮かべると、淑女の礼をする。それを真似してローラとユールもちょこんと頭を下げた。

「お久しぶりです、セルバンデス夫人。お会いできて嬉しいな」

 にこりと笑うダスティンを見て、私は苦虫を噛み潰したような顔になった。
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