上 下
31 / 71
番外編

月と獣の舞踏会5(マクシミリアン視点)

しおりを挟む
「マクシミリアン!よく来てくれたな!!」

 従者に連れられ陛下の元へ行くと、相変わらずの朗らかな声で話かけられた。
 この国の王であるチャーリー陛下は御年六十歳だがとてもそうは見えない。
 丸々とした体躯、皺の少ない艶々とした血色のよい頬、茶色の髪にくりくりとした好奇心豊かな瞳。
 溌溂とした雰囲気の陛下の口癖は『健康の秘訣は美食にあり』だ。

「陛下、このたびはお招きいただきありがとうございます」

 そう言って私が一礼すると、隣でビアンカも美しいカーテシーを取った。
 そのビアンカの姿を見て陛下は楽しそうに目を細めて笑う。

「マクシミリアンの掌中の珠は相変わらず美しいな。久しいな、セルバンデス夫人」
「ご無沙汰しております、陛下。お招きいただき光栄ですわ」

 ビアンカはそう言いながら、ふわりと花が咲くように微笑んだ。
 私達の様子を注視していた周囲の貴族達からたちまちに感嘆の吐息が漏れる。
 そしてそれは、陛下の横に立つ女好きだという噂のこの国の王太子……ルドルフ王子も同様だった。
 ルドルフ王子は陛下と同じ茶色の髪と茶色の瞳の持ち主だが、その筋肉質な体躯は陛下とまるで逆の印象である。彫りの深い整った顔立ちは日によく焼け、その陰影をさらに深めていた。
 私は妻を隠すように前に立ち、ルドルフ王子にも礼を取ろうとした。
 しかし王子は人好きのする笑顔を浮かべつつ軽く手をかざすとそれを退けた。

「そういう堅苦しいのはいいよ。……父上から聞いてはいたけれどマクシミリアンの奥方は本当に美しいのだな」
「ビアンカと申します。お褒めいただき恐縮ですわ」

 挨拶を返すビアンカを見つめるルドルフ王子の瞳は好奇心で輝いており、私は嫌な予感に密かに顔を顰めてしまう。

「君は本当に平民出なのか? 美しさもさることながら、まるで生まれた時から貴族のような美しい所作だが……。君の生い立ちについてじっくりとお聞きしたいな」

 ルドルフ王子は快活な口調で言うが、その内容はそこらの貴族が聞きたがっているゴシップそのものだ。
 会う機会も少なかったため今まで彼の人となりを知る機会はなかったが……意外に下世話な人物なのだな。
 今度はあからさまに不快げな様子で私が顔を歪めると、陛下が慌ててルドルフ王子と私達の間に割って入った。

「ルドルフ、不躾なことを聞くんじゃない! セルバンデス夫人に失礼だろうが!」
「……父上は、マクシミリアンに対して贔屓が過ぎませんか?」

 そう言ってルドルフ王子は面白くなさそうに肩をすくめる。

「当たり前だ! マクシミリアン一人で我が国の魔法師千人にも等しいのだぞ。お前の不始末で彼に逃げられたらどうしてくれる!」
「それは大げさでしょう、父上」
「……大げさですよ、陛下」

 私と王子は同時に似たような事を言いながら辟易とした顔をしてしまった。
 私を買ってくれているのはありがたいのだが、そこまで持ち上げられても面映ゆい。
 陛下が割って入ってくれたこのタイミングでこの場から退散しようと、私がビアンカの手を取った時。

「マクシミリアン、久しぶりだな。俺も奥方にご挨拶をしても?」

 出来れば一生聞きたくなった朗々とした声が耳朶を打った。
 私がそちらの方に目を向けると予想通りの人物が……私とビアンカが元いた国、リーベッヘ王国のフィリップ王子が悠然と立っていた。その横には、騎士ノエル・ダウストリアも控えている。
 ビアンカは彼らの姿を見ると僅かに顔色を変え、怯えたように私の手を握った。
 過去の自分のことを知る彼らは、ビアンカには悪魔にも等しく見えているはずだ。
 一対一の場でならともかくこのような公の場でビアンカの過去のことを話されでもしたら、私達のこの国での平穏な生活は下種な噂にまみれ崩壊してしまうのだから。
 ……そんなことがあれば、この国なんて捨ててやるが。

「フィリップ王子、お久しぶりです。ビアンカと会うのは初めてですね」
「初めまして、フィリップ王子。マクシミリアンの妻のビアンカと申しますわ」

 ビアンカは気丈に前に進み出て、フィリップ王子とノエルにカーテシーを取った。
 彼女を姿を眩しいものでも見るように目を細めて少し眺めた後、フィリップ王子も口を開いた。

「初めまして……セルバンデス夫人」

 フィリップ王子は優美な動作でビアンカの手を取り、その甲にゆっくりと口付けた。
 ビアンカの目が大きく見開かれ苦しげに、彼から逸らされる。

「フィリップ王子。平民出の下々の女の手に口付けなんて、恐れ多いですわ」

 ビアンカは震える声で息も絶え絶えというようにそう言うとそっと取られた手を外し、私の腕にもたれかかった。
 その体は酷く震えており私はこの舞踏会に妻を連れて来たことを激しく後悔した。

「皆様、私達はそろそろ失礼させて頂きます」
「待ってくれ、マクシミリアン」

 この場を後にしようとした私達を、フィリップ王子が何故か引き止める。
 私は軽く舌打ちをしてビアンカを背に庇いながら緩慢な動きで彼に向き直った。

「……彼女は決して傷つけない。だから、少し話をさせてくれないか?」

 フィリップ王子は真剣な面持ちで、懇願するような声音でそう言った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

【R18】悪役令嬢は元お兄様に溺愛され甘い檻に閉じこめられる

夕日(夕日凪)
恋愛
※連載中の『悪役令嬢は南国で自給自足したい』のお兄様IFルートになります。 侯爵令嬢ビアンカ・シュラットは五歳の春。前世の記憶を思い出し、自分がとある乙女ゲームの悪役令嬢である事に気付いた。思い出したのは自分にべた甘な兄のお膝の上。ビアンカは躊躇なく兄に助けを求めた。そして月日は経ち。乙女ゲームは始まらず、兄に押し倒されているわけですが。実の兄じゃない?なんですかそれ!聞いてない!そんな義兄からの溺愛ストーリーです。 ※このお話単体で読めるようになっています。 ※ひたすら溺愛、基本的には甘口な内容です。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

寵愛の檻

枳 雨那
恋愛
《R18作品のため、18歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。》 ――監禁、ヤンデレ、性的支配……バッドエンドは回避できる?  胡蝶(こちょう)、朧(おぼろ)、千里(せんり)の3人は幼い頃から仲の良い3人組。胡蝶は昔から千里に想いを寄せ、大学生になった今、思い切って告白しようとしていた。  しかし、そのことを朧に相談した矢先、突然監禁され、性的支配までされてしまう。優しくシャイだった朧の豹変に、翻弄されながらも彼を理解しようとする胡蝶。だんだんほだされていくようになる。  一方、胡蝶と朧の様子がおかしいと気付いた千里は、胡蝶を救うために動き出す。 *表紙イラストはまっする(仮)様よりお借りしております。

年上彼氏に気持ちよくなってほしいって 伝えたら実は絶倫で連続イキで泣いてもやめてもらえない話

ぴんく
恋愛
いつもえっちの時はイきすぎてバテちゃうのが密かな悩み。年上彼氏に思い切って、気持ちよくなって欲しいと伝えたら、実は絶倫で 泣いてもやめてくれなくて、連続イキ、潮吹き、クリ責め、が止まらなかったお話です。 愛菜まな 初めての相手は悠貴くん。付き合って一年の間にたくさん気持ちいい事を教わり、敏感な身体になってしまった。いつもイきすぎてバテちゃうのが悩み。 悠貴ゆうき 愛菜の事がだいすきで、どろどろに甘やかしたいと思う反面、愛菜の恥ずかしい事とか、イきすぎて泣いちゃう姿を見たいと思っている。

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

【R18】幼馴染の男3人にノリで乳首当てゲームされて思わず感じてしまい、次々と告白されて予想外の展開に…【短縮版】

うすい
恋愛
【ストーリー】 幼馴染の男3人と久しぶりに飲みに集まったななか。自分だけ異性であることを意識しないくらい仲がよく、久しぶりに4人で集まれたことを嬉しく思っていた。 そんな中、幼馴染のうちの1人が乳首当てゲームにハマっていると言い出し、ななか以外の3人が実際にゲームをして盛り上がる。 3人のやり取りを微笑ましく眺めるななかだったが、自分も参加させられ、思わず感じてしまい―――。 さらにその後、幼馴染たちから次々と衝撃の事実を伝えられ、事態は思わぬ方向に発展していく。 【登場人物】 ・ななか 広告マーケターとして働く新社会人。純粋で素直だが流されやすい。大学時代に一度だけ彼氏がいたが、身体の相性が微妙で別れた。 ・かつや 不動産の営業マンとして働く新社会人。社交的な性格で男女問わず友達が多い。ななかと同じ大学出身。 ・よしひこ 飲食店経営者。クールで口数が少ない。頭も顔も要領もいいため学生時代はモテた。短期留学経験者。 ・しんじ 工場勤務の社会人。控えめな性格だがしっかり者。みんなよりも社会人歴が長い。最近同棲中の彼女と別れた。 【注意】 ※一度全作品を削除されてしまったため、本番シーンはカットしての投稿となります。 そのため読みにくい点や把握しにくい点が多いかと思いますがご了承ください。 フルバージョンはpixivやFantiaで配信させていただいております。 ※男数人で女を取り合うなど、くっさい乙女ゲーム感満載です。 ※フィクションとしてお楽しみいただきますようお願い申し上げます。

処理中です...